page11 携帯電話 ―2

 その声が思ったより尖っていて、真っ直ぐわたしに突き刺さってきて、咄嗟にかわすことができなかった。

「私、今、結構傷ついたから。琴花が軽い気持ちだったとしても」

「え、何、明季、怒ってる?」

 まさかと思いながら訊いたのに、

「怒ってる」

 全くの想定外。私のどの言葉がそんなに明季を怒らせたというのだろう。

 明季が目の前で深呼吸をして、控えめな胸を上下させた。瞼を閉じて数秒動きを止めて、

「ごめん、落ち着いた」

 そう言った。

「……ごめん」

 とりあえず謝ってみると、明季は小さく頷いた。

「あのね、私が恋愛したり、恋愛小説書いたりするのが意外なら、それ以上に琴花が文芸部員なことが意外だからね」

「え?」

 ……どこが、どう?

「分かんないんだ」

 明季が目を丸くする。

「琴花、いつもクラスで仲良くしてる人たち考えてみてよ」

 わたしは教室にいるときだいたいずっと一緒にいる友達を思い浮かべた。

「学校の図書館の場所も知らないタイプじゃない?」

 まあ……図書館で見かけたことは一度もないし、聞いたら入学してから一回も行ってないとか言い出しそうだ。

「そういうタイプ」

「何が?」

「琴花がだよ」

「え、わたしは本好きだよ」

「だからさ」

 明季が呆れたように首を振った。

「そういうタイプに見えるんだよ、琴花。私とも、部活が同じだったから喋るけど、そうじゃなかったら殆ど喋ったことなかったと思うよ」

「そんなことないよ」

「琴花、私のいつも一緒にいる子たちと、喋ったことある?」

「別に、喋れないことないよ。話すことがあったら普通に、」

 そんな、スクールカーストみたいな話されても。

「話すことがなかったら喋らないでしょ?」

「……まあ」

 現に、体育の時間の準備片付け以外で話した記憶があまりない。

「でしょ?」

 話が読めなくなってきた。

「結局、どういうこと? わたしが本好きなの似合わないってこと? 文芸部にいるタイプじゃないって言いたいの?」

 そんなこと言われたって、わたしは本が好きだ。小難しい明治の文豪とか全然読めないし、むしろ二秒で寝るけど、青春小説とか、恋愛小説とか、明季が書くようなやわらかいファンタジーとか、心が景色になって広がる詩とか、綺麗な文章で描かれている文学作品が、好きだ。自分でもやりたいと思うくらい、好きだ。小説を書くのが好きだ。文芸部が好きだ。

 わたしが苛立って口調を荒げると、明季はむしろ冷めた声で、でしょ? と言った。

「ムカつくでしょ? そんなこと言われたら」

 似合わないとか。

 らしくないとか。

 ――ああ。

「ごめんね」

 わたしが今度こそ心から謝ると、明季はほっとしたような表情を浮かべた。明季は、こんなふうに人と意見をぶつけたり相手に物申したりする質じゃない。それなのに、わたしに対して、こうやってちゃんと話してくれたのが嬉しかった。

「琴花なら大丈夫って、思った」

 恥ずかしそうに俯いて明季が言う。そのとき、携帯のバイブが鳴った。わたしは胸ポケットに手を伸ばした。

「あ、違う、私の」

 明季がわたしを手で制しつつ、携帯を確認する。

 そして、言った。

「えーっと、じゃあ、私そろそろ部活行くね」

「え、ああ、」

 気付けばもう十五分以上立ち話をしていた。

「うん、じゃあね」

「また明日」

 明季が携帯をちらちらと気にしながら歩いて行こうとする。普段あまり携帯を触る子じゃないのだけれど……むしろ紙の本が好きな方のはずだけれど。パソコンが使えるのにわざわざ原稿用紙に小説を書くぐらいに。

 もしかして、真澄先輩から連絡かな? なんてちょっとにやにやしながら、わたしは自分の下駄箱に向かった。

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