page11 携帯電話
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『明季、マスミ先輩って、知ってる?』
『真澄先輩?』
そこで初めて、マスミ先輩の漢字を知った。
『うん』
『琴花、真澄先輩って呼ぶんだね』
『え、真澄って自己紹介されたから……間違ってた? 実はペンネームとか』
『いやペンネームとかないからね!? 本名だし合ってるよ、真澄先輩で』
『真澄先輩と、知り合いなの?』
そこからしばらく返信がなかった。
答えが返ってきたのは、夕飯を食べて、お風呂に入って、寝る直前だった。
『付き合ってるの』
え。
『真澄先輩と?』
『うん』
『明季が?』
『うん』
『どうして言ってくれなかったの』
それが責めるような字面に見えてしまったのは、送ってから気が付いた。
『ごめん』
謝らせてしまってから後悔する。
『別に明季悪くない、ごめん。でも、言ってほしかったんだ』
正直、ショックだった。
でもそれはたぶん、明季が言ってくれなかったショックじゃなくて、明季に彼氏がいたショックだと、布団の中で、わたしはそう考えながら、眠りに就いた。
お陰で寝不足。それでもなんとか寝坊することはなく、わたしは今朝も朝練に行った。
しっかりと去年の『初夏』を抱えて。
明季の返事を待ちながら、奥付を照らし合わせてみたのだけれど……思ったよりも簡単ではなかった。毎回違うペンネームを使う人もいれば、どうやら総数が合わないので、すっぽかした人もいるらしい――もしくは、足りないんではなくて多すぎるのであって、誰かが違う人として複数作品を出したか。
それでもまあ最終的にはいくらかに絞れて、わたしはその中にいちばんのお気に入りが残ったのが嬉しかった。詩一篇のみの、『鯨木(くじらぎ)しん』さん。ちょっと字面が『神木諒輔』に似てないか? と思うのだけど……詩、かあ、とは思う。あの部長が抒情詩を書くとは思えない。残った中には巧妙なサスペンスと、いかにも理系って感じの論理で固められた私小説があったから、たぶん、そのどちらかだろうと思う。
その自己分析結果を部長に話したのだけれど、結局部長は口を割ってくれることはなく、茉緒先輩ももう下手に口を出そうとはしなかった。昨日の凄みが効いているらしい。ただ、否定もされなかったから、きっと当たっていたのだと思う。
まだ諦めていない宣言はしておいたので、そのうち折れてくれるんじゃないかと密かに期待している。
――「俺ってそんな怖い?」
――「仲良くしたいとは思ってるんだよ、ね、諒輔」「……黙れ」
わたしはちょっと思い出して、ふふっと笑ってしまった。
「どうしたの、琴花」
私の目の前で携帯をいじりつつ壁に凭れている明季が、怪訝な顔をした。
帰ろうと思っているわたしと、部室に行こうとしている明季の分岐点である下駄箱にいる。明季は、例の新しい小説を提出しに行くらしい。わたしはもう原稿が完成してしまったので、部室に行ってもやることがない。ちなみに今日が〆切日当日で、明日は部活が休みだ。
勝手に休んでいい文芸部の、年に三回の公式な休み。〆切の翌日、催促日と言われている。去年までは、〆切に原稿が間に合わなかった部員を缶詰めにする日として使っていたらしいけれど、今の部員はそんな無駄に部長と関わらなければいけないようなことはしないので、ただの休日になる。
ここで、部員全員で街に遊びにいこうみたいなパリピ展開にならないのは、さすが文芸部といった感じだ。
「あ、ううん、何でもない。――ところでですね、明季、私は明季と真澄先輩の馴れ初めを根掘り葉掘り聞こうと思ってですね」
「喋んないよ、馬鹿じゃないの」
明季にしては珍しく言葉が乱れた。頬を紅く染めて、視線を廊下の向こうに逃がす。へえ。明季でもそんな顔するんだ。
「正直意外だったなー」
「何が」
「だってさあ、いかにも恋愛とか興味ありませんみたいな顔してさ。あ、もしかして初めて恋愛で小説書いたのも、真澄先輩の影響?」
「別に」
明季が、顔をわたしの方に戻した。そして、言った。
「私が恋愛興味ないとか言ったことないと思うけど」
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