prequel 一昨春 ―2
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茉緒は、掲げていたプラカードを放り出してふたりを文芸部室に連れ込んだ。
どうでもいいけど、文芸部室はずいぶん辺鄙な場所にあるんだな、ときょろきょろしながら歩く。
それにしても、茉緒が文芸部、ね……。流れでついてきてしまったが、かなり意外だ。茉緒は、活字とか読めません、携帯なら可、みたいな典型的現代っ子だと思っていた。そして、ハルもそうだ。俺が来たからくっついてきたが、たぶん、入るとかいう話はしないだろう。
「ふたりは、本とか読むの?」
長い廊下を大股で突っ切りながら、茉緒が訊いた。
「本はまあ、読……みますよ」
一応敬語を使う。完全に桜名生な茉緒に、一ヶ月前まで中学生だった自分がすごく幼く感じた。というか、同級生と比べてスカート丈がまず違う。
ハルが、ちらりと俺を見て言う。
「好きですよ。町の図書館、通ってたこともあるし」
――え。
「……知らなかった」
何年も一緒にいたのに。こいつとは本の話ができないとずっと思っていた。
似合わない、と一瞬思った。こいつはずっと体育会系のイメージだったから、
「うん、意外だった。諒輔、本読むんだね。諒輔は野球一筋のイメージだったわ」
ハルが笑った。
「もっと、本の話とかすればよかった」
あー、負けた。
その笑顔を見た瞬間、その台詞を聞いた瞬間、そう思った。
部室に入った俺とハルは、十人を少し超えるぐらいの部員に盛大に歓迎された。
嬉々として部活の説明をする茉緒は、楽しそうで、きらきらと輝いていた。
文芸部、いいかもな……。
隣を伺うと、新歓のために用意してあったカントリーマアムを食べながらハルがやけに神妙な顔をしている。
思わず声をあげた。
「ハル?」
「ん?」
ハルがこっちに顔を向けた。からっと晴れた顔が俺を見た。
見間違いだったのかと思えるほど。
いや、今のが見間違いなはずがない。
「どした?」
きょとんとした顔で聞いてくるハルに、俺は首をふった。
「……いや、なんでもない」
「どうどう、おもしろそうでしょ文芸部」
部誌を広げプレゼンを終えた茉緒に圧され、俺は後ずさりながら答えた。
「まあ、はい。楽しそうです。入ってもいいかなって……」
きっとハルも――この先野球を続ける訳にはいかなくなってくるだろうし。また昔みたいに、三人でいられたら。そう思って。
「ほんと!? やった! じゃあ、ここにサインをお願いしまーす」
茉緒が一枚の紙を取り出した。一番上に書いてある文字は、『新入生用入部届』。
「なんで茉緒が……茉緒先輩が持ってんすか」
一年にすらまだ配られていない代物だ。
「印刷室に落ちてたからもらってきちゃった」
えへ、とわざとらしく笑う茉緒に不覚にも可愛いと思う。この時点で、俺の文芸部入部は確定していた。
「ハルちゃんは? どうする?」
「えっと……、」
横目で俺を見る。
「すいません、他も見てから決めたいです」
「……まじ?」
「ごめん、まじ」
後日譚。
俺は文芸部に入り、ハルは結局文芸部には入らなかった。
「まあ、茉緒ちゃんいるし大丈夫だよね?」
そう冗談めかされて……今まで自分がこいつを縛ってたのかな、と思い当たった。
ごめん、とか謝ってもきっととぼけるんだろう。
じゃあ、といって代わりに俺ができること……。
「これからは、もっと本の話とかしたい」
そう言うハルに頷き返すことくらいしか思い浮かばない自分の小ささが悔しかった。
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