prequel 一昨春
prequel 一昨春 ―1
「えっと……」
目を泳がせる。喋るのは苦手だ。特に、一対大勢は大嫌いだった。
「神木です。よろしくお願いします」
とりあえず、噛まないようにそれだけ言って、即、座る。他の生徒は、入りたい部活や、好きなものや、少なくとも出身中学ぐらいは名乗っていた。
教室の向こうで、ハルが大げさにため息をついてみせた。
入学早々から、だれが好き好んで知らない人の注目浴びたいっていうんだよ。
俺にとっては、受験よりも自己紹介の方が遥かに怖い。
桜名高校に行きたいということをはじめてハルに教えたとき、
「んじゃ、おんなじとこにしよっと」
軽いノリでさらっと放たれた台詞に、俺は思わず声を出した。
「え、そんな簡単に決めちゃっていいの?」
「諒輔に言われたかないし。どうせ、茉緒ちゃんがいるからでしょ」
そう返されて口をつぐむ。いろいろと言い訳は考えていたが、確かにそれがいちばんの動機だった。
「まあ、受かるかどうかは賭けだけどねー」
肯定してはいけないのかもしれないが、それは事実だ。俺だったら桜名は余裕があるほうだが、こいつには確か、ぎりぎりだ。でも。
一緒に来てくれたら。
そう期待せずにはいられない。
後に、ハルが進路希望表に桜名の名前を書いたと聞いたときも、まだ半信半疑だった。
「あれ、本気だったのか」
そう言う俺に、ハルが口を尖らせて言う。
「今まで、冗談でもの言ったことあった?」
存在そのものが冗談じゃねーか──と思ったことは胸の内に押し留める。
「でも、あんまり期待しないでね」
「誰がするか」
憎まれ口を叩きながらも、自分の思いはすべて知られてるんじゃないか、と俺は感じていた。ときどきそういうことがあるから、こいつは怖い。
結果的には、なんとかふたりそろって合格することができた。ハルは推薦、諒輔は一般入試。中学のときキャプテンとして野球クラブを県大会まで引っ張っていったのが大きかったんじゃないかと睨んでいる。
同じ学校に来ることはできたが、まさか同じクラスになるとは思ってもみなかった。
クラスが解散になると、ハルが諒輔の席にやってきた。
「諒輔、ほんっとにこういうのダメだなー」
諒輔の肩に体重をかけられて、軽く振り払う。言われなくても分かっている。
隣の席の女子が、声を掛けてきた。ハルがにこやかに応じ、俺は席に座ったまま聞いている。
ハルがしばらく相手のことを聞き出したあと、唐突にこっちに話をふった。
「こいつ、シャイだけどいいやつだから、仲良くしてやって」
完全に他人事として聞いていた俺に、笑いながら言う。
「相手から話しかけてくれれば、だいぶ楽だよねー」
「……うっせ」
顔を背ける俺に、隣の女子も一緒になって笑う声が聞こえた。
結局、教室を出たのは、教室の人口密度がだいぶ減ってからだった。コンクリートの廊下が、さっきまでより心なしか温かく見える。
下駄箱で、明らかに一年生じゃない生徒たちがたむろしているのが遠くから見えた。
「……何やってんのかな」
「部活の宣伝じゃないの」
「入学初日からかよ」
お疲れ気味の新入生に、はたして逆効果じゃなかろうか。
近くへ行くにつれて、俺は見知った顔に気づいた。
隣でもハルが、あ、と声をあげる。
「文芸部おもしろいよー! 本好きな人、詩集とか好きな人うぇるかむ文芸部! C棟一階突き当たり! あれ、諒輔じゃん! ハルちゃんも!」
「同じ声量で言わないでくれますか」
「そのあだ名、高校で広めないでもらえますか」
そこに、茉緒がいた。――約一年ぶりの、茉緒だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます