page12 頼まれごと ―2
「でもまあ、今は自由に読ませてもらってるし。結果オーライってとこ? だからって推奨してるわけじゃないけどね」
「…………」
「じゃ、またね、よろしく」
わたしが何か言う暇もなく、真澄先輩はグラウンドに走っていってしまった。
えー……。
と不満げな声を上げたとて、もうわたしに選択肢は残されていない。
ため息をつきつつ、わたしは取り敢えず桜の樹のところまで行くことにした。地面は乾いている。制服で座っても、まあ、問題ないだろう。樹の根元に腰を降ろす。
さて。
……どうしよう。
わたしは真澄先輩に渡されたファイルに目を落とした。
何の変哲もない、ルーズリーフのバインダーだ。表紙と裏表紙には白紙が挟んであって、外から透けて見えないようにちゃんと配慮がされている。
もちろん、勝手に見るのはよくない。それは理解してる。
でも、と琴花は校舎の方をちらりと窺った。
部長、来ないし。
真澄先輩は、部長はこれがなければ困ると言っていた。つまり、これは校正に必要なノートなんじゃないだろうか? だとしたら、来年には引退してしまう部長に代わって今後校正と雑務をしていかななければいけないわたしたちが、部長のやり方を見て学んでおくというのは、必要であって、合理的であって、むしろ今まで後輩に何も教えてこなかった部長の方が悪いということに――
もう一度だけ校舎の方を見る。
まだ部長が来る気配はない。
わたしはそのノートを、恐る恐る開いた。
――『海原琴花』
それがはじめのページだった。部長の字。いつも部室に〆切日の貼り紙がされているのと、同じ筆跡だ。
「え」
思わず声が漏れた。もちろん誰も聞いてはいないけど。
どうして私の名前?
名前の下にいろいろ書き込んであるのを後回しにして、慌ててページをめくる。
『城島明季』
その後も、一人につき一枚以上のルーズリーフがあてがわれているようだった。ページは部長の字で真っ黒になるまで書き込みがされている。わたしは先頭のページに戻った。
『海原琴花 1‐A(4)』
ああそうか、クラスと出席番号の順に並べられているから、わたしが先頭なんだ。
特別な意味があるんじゃないかと、一瞬期待してしまった頭を振って、わたしはページに目を落とした。
次から書かれているのは、わたしが今年一年かけて書いた小説のタイトル、それから、登場人物の相関図だった。そのキャラクターひとりひとりから吹き出しや線が伸びて、雑多に情報が詰め込まれている。
走り書きながらも、さすが部長、整った崩し文字。
ヒロインは、しっかりもので、気配りが上手くて、頑張りすぎてしまうところがある、ショートヘアの女の子。
彼女が恋をした相手は、ぶっきらぼうで、人と関わるのが苦手だけれど、実はヒロインが無理をしているのにいち早く気付いてしまうような、優しいひと。
それから、その周りを取り巻く友達や、家族や、部活の仲間、などなど、ほんのちょっとした場面でしか出て来なかったヒロインのお母さんまで、わたしが文章中に書いた情報は、ひとつ残らず書き留められていた。
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