page3 路地と街灯 —3
野球部のマネしてるって聞いたんだけど」
「元気――です、よ」
部長がちらりとわたしに視線をやって、それから溜息を吐いて答えた。その一瞥でわたしの肩は震えようとするが、何とか抑え込む。
茉緒先輩は、びっくりするほど自然に部長と会話を続ける。当たり前か、茉緒先輩の方が先輩なんだから、怖がる謂れはない、分かってはいるけれど、怖くない部長というのは、どうしても想像が及ばない。
野球部のマネージャーさんなんて、運動部のアイドルみたいなきらきらした人と個人的にお喋りできる人だったのかなんて、失礼なのは分かっていながらも、内心わたしは部長を窺った。部活以外での部長なんて想像したことなかったけれど、クラスでも同じように振る舞っているのであれば、友人なんてできようもない。ということは、あんなに冷たい態度を取るのは文芸部だけということか。
どうして? そんなにわたしたちのこと嫌い?
「茉緒――先輩、ハルと連絡取ってないんですか」
「遠慮されてるっぽい」
「まあ、するでしょうね、受験生だし」
「ひどいー、あたしだって寂しいー」
「いつだっけ、本命」
「二週間後――っていうか」
今度は会話から外されていたのはわたしの方だった。いや、部長と言葉を交わさなくていいのであれば、それは喜ばしいことなのだけれど、しかし足は進めていないので、何の時間稼ぎにもなってはいない。
「歩こうよ。寒いし」
この会話の間に、何人もの桜名生に追い越されていた。茉緒先輩の言葉で、わたしたち三人は、やっと歩みを再開した。
「ねえねえ、今度部室遊びに行っていいー」
親し気に部長にじゃれつく茉緒先輩と、相変わらずの無表情で応じながらも無下にはしない部長。わたしは、もしかして、と思い始めていた。
だって、いくらなんでも普通の先輩後輩関係にしては、近すぎる。
茉緒先輩は今日で会うのも二回目だから何とも言えないが、部長の方は、明らかに態度が違う。
まず、さっきからところどころ敬語が外れている。敬語を使う方に、むしろ苦労をしてるみたいだ。文芸部では、先輩後輩間で敬語を使わないのが普通だったのだろうか――いや、そんなことはない。学祭のときに、今の部長が三年生にちゃんと敬語を使っていたのを憶えている。
それから、その顔。無表情ではある、ぶっきらぼうではある。でも――その目に、見覚えがあった。
迷ったような伏目。さっき、部室で『木星日記』を見つけたときと、同じ目で、部長は茉緒先輩を見ていた。
茉緒先輩はきっと、部長の特別なんだ。
部長にも、特別なひとがいるんだ。こんな表情をするんだ。わたしは気付かぬ内に、部長の顔を見つめてしまっていたらしい。
不意に顔を上げた部長と、必然的に目が合って、慌ててわたしは地面を見た。
怒られる。
……いや、部長は何も言わずに茉緒先輩との会話を続けていた。当たり前だった。茉緒先輩を前にしたら、私の存在なんてどうでもいい。
そのとき、茉緒先輩が唐突にわたしに話を振った。
「ね、いいよね、一回ぐらい」
やばい、話聞いてなかった。
「そ、そうですね」
とりあえず頷くと、痛いほど鋭い視線が脳に刺さってわたしは部長を見た。
あ。
部長がこちらを睨んでいる。
どうしよう。やってしまった。
部長は固まってしまったわたしを放置して、自然に溜息を吐いて茉緒先輩に言った。
「一年生に迫るのは狡いでしょ。駄目、受験終わるまで待ってください」
「えー」
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