page3 路地と街灯 —2

 わたしは思わず足を止めた。

 質問の意味を脳内で咀嚼。

「……っ!? いやいや、何言ってるんですか!? 怖いなんて……」

 慌てて両手を振って否定するわたしが、ふと部長の顔を見ると、半分ネックウォーマーで隠れた彼の口元は、しっかりと横に引き結ばれていた。

 わたしの語末はしゅるしゅると勢いを失う。それにとどめを刺したのが、

「そう」

 部長の冷たい声だった。

 ちっとも肯定なんてしていない、かといって不服そうでもない、感情のない声でぴしりと会話に終止符が打たれた。

 窄まったわたしの言葉はこれにてゼロに帰着した、だけでなく、それ以上の弁明も言い訳もフォローも一切許されていなかった。

 沈黙。

 再び。

 気まずい。

 部長がまたスマホを取り出す。

 その光る画面に照らされた顔は、心なしかさっきより険しく見えて、顔を上げることすらもう怖くてわたしは視線を爪先に固定して、部長のあとをついていく。じっと時が過ぎるのを待つ。ほら、大通りはもうすぐだ、本当にどうして部長はわたしと、

「女の子と歩いてるときにスマホばっか見てんじゃない!」

「いっ」

 斜め前を歩いていた部長が、急に前方につんのめる。突然の出来事にわたしが思わず足を止めると、部長を玉突いてわたしの隣に並んでいた小柄な女の子が同じように足を止めてわたしを振り返った。

「あ」

 その顔に見覚えがあった。

「部長さん……?」

 えっと、部長は部長で、わたしと一緒に帰っていた彼だから、この人は部長ではないのだけれど、わたしが咄嗟にそう呼んでしまったのは、わたしが彼女を部長さん、つまりわたしの文芸部入部当時、先代の部長として認識していたからだった。

 一方彼女はわたしのことを憶えていないようだった。怪訝な顔をされる。無理はない、一年近く前の話だ。胸に手を当てて自己紹介。

「えっと、文芸部員の」

「はじめに体験入部来た子?」

 先輩の顔がぱっと明るくなった。わたしも思わず声のトーンを上げる。

「そうです!」

「わー、久し振り! 元気してた?」

「元気してますー、部長さんこそお元気そうでなによりです!」

「あー、うーん、あたしもう部長じゃないから」

 先輩がちょっと首を傾げる。その仕草は一年前から全く衰えをみせない愛らしさだった。

「そうか、えっと……じゃあ、茉緒まお、先輩」

 今三年生の先輩とは全く交流がないが、前部長の名前は去年の学祭のときに教えてもらった記憶がある。茉緒先輩は腰に手を当てて、満足そうに頷く。で、とそこで茉緒先輩が後ろを振り返って、わたしは漸くそこに取り残されている存在を思い出した。

「諒輔は、女の子をほったらかして、一体何をしてたのかな?」

 茉緒先輩が腰に手を当てたまま、部長にはっきり向き直る。部長はその質問文に、答えられずにどもる。

 ……へえ、部長でも、どもるんだ……。

 あんなにいつも鉄壁を張って、綻びを見せない部長でも。

「何って……ハルから連絡が来て……」

「えー、ハルちゃん! あの子も元気してる?」

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