scribble 窓の外

scribble 窓の外 ―1

 見えるのは、いつもの景色。

 グラウンドの半分をサッカー部が使い、もう半分を野球部が使う。俺が今膝にノートパソコンを広げつつ座っている桜の樹は、野球部側にある。

 校舎の外側に小さな芝生の空間があって、桜の樹が一本象徴的に生えていて、そのままグラウンドに繋がっている。

 室内履きのまま。しかし、構わない。だいたいいつもこんな感じだ。風もちょうど遮られるようで、コートとマフラーを装備しておけば、そんなに寒いということもない。

 嘘だ。

 少し寒いが、あの場所よりはずっといい。

 この桜の樹の影に身を隠してさえいなければ、振り返るとすぐそこにある、文芸部室。俺がいれば、空調をつけても一年中真冬の空気が立ち込める場所。俺がいるとき以外はいつも、賑やかで、楽し気な場所。

 別に文句があるとか、羨ましいとか、そういうわけではない。

 嘘だ。

 文句はない。羨ましくは――、

「ったく毎日よく来るねぇ」

 頭上から声を掛けられ、俺は顔を上げた。

「寒くないの」

 呆れた声を出し、俺の幼馴染みは俺の隣に腰を下ろした。野球部の部員と同じジャージで、ストップウォッチとホイッスルを首に掛けたハルは、野球部のマネージャーをしている。

「寒くない」

 意味が無いと分かりつつ、俺は一応そう答える。だいたいこいつには全部お見通しなのだ。

「お前もお前だよ。別に俺が来たからって、いちいち練習抜け出して来なくたっていいんだぞ」

 俺が隣に向かって――近すぎる故に顔は正面に向けたままだけれど――言うと、ハルはいつもと同じように、

「暇だった」

と一言答えた。

 マネージャーだからといって、元来許されることではない。しかし、咎める奴はいない。こいつが誰より有能で、野球部に必要で、誰より野球が好きで、誰より野球に必死で、そして、こいつが誰より苦しんでいることを、野球部員の誰もが知っている。

 そして俺も知っている。

 中学まで一緒に野球をやっていた、いちばんのライバルで、いちばんの親友。高校から俺は文芸部に所属し、野球をやめた。ハルはマネージャーに転向して野球に関わり続けているけれど、やはり、野球をやめた。

「新しいのある?」

 ハルは俺が脇に放置してあったルーズリーフをファイリングしたノートを手に取り、勝手に繰り始めた。

「ひとつだけ――〆切前で、忙しくて」

「お疲れ様。だよね。はじめから読もうかな……」

 そう言いながら、ハルはファイルの最初のページを開き、そして読み始めた。

「昨日も読んだだろ」

「うん」

「また読むのかよ」

 まだ、それを隣で読まれる気恥ずかしさが完全に拭えたとは言えない俺は、野暮な質問をする。

「好きだもん、諒輔の詩」

 このファイルを開くことを許しているのは、今のところ、ハルだけだ。俺が未だに書き続けていることを知っているのも。

 俺は顔を伏せる。

 数秒そうして、そして俺はまた、顔を上げてパソコンに向き直る。

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