page1 壁向きの席 —2

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 我が桜名さくらな高校文芸部の部長が部室にいるのはだいたい、部活が始まってから十五分間と、部員の三分の二が帰った午後四時半だ。その間、部長はノートパソコンだけ持ってどこかに行き、そして日が暮れる前に帰ってくる。

 どこに行っているのかは知らない。

 部員の中には、部活開始時刻から十五分、図書室や教室で時間を潰し、部室に来て活動したあと、四時半になる前に帰る人もいる。

 つまり、部長を避けている。

 もともとこの部活は、出席を取らない。来たければ来ればいい。来たくなければ来なくていい。原稿さえ提出できれば執筆スタイルは問わない――それが我が文芸部。

 だから、部室の鍵だけ開けて消える部長のことも、部長と顔を合わさないように時間をずらす人のことも、そもそも部室に来ない人のことも、咎めることはできない。

 部長を避けているなんて、そんなわけはない。たまたま時間が合わなくて、顔を合わせるタイミングが無いだけで。

 という、言い訳。

 暗黙の了解。

 誰も口には出さないけれど、みんな心の中で思っていて、みんなが心の中で思っているということをみんなが分かっていて、でも誰も共有しようとはしない。

 わたしは、いつもホームルームが終わると、同じクラスの明季――城島きじま明季あきと一緒に部活に来る。それから、部長が帰ってくるまで部室にいることが多い。

 明季は、体験入部から一緒に来ていた親友だ。部内で唯一のクラスメイト。そして、一度スイッチが入ると周りが見えなくなって、イヤホンをしたままいつまでもいつまでもパソコンの前に座ってしまうわたしに、そろそろ帰るよって声を掛けてくれる大事な存在だ。

 明季がいなかったら、文芸部に入部することさえできなかっただろうと思う――文芸部室を見つけ出すことさえできなかったと思う。

 わたしと明季じゃ、タイプが違うよねとはよく言われる。確かに、部活が一緒でなければ、きっと教室ではただのクラスメイトで終わったことだろう。でもわたしは明季と友達になれてよかったと思っている。

 その明季が、

「部長って怖いよね」

 ざわつきだした部室で、唐突に呟いた。

「……は!?」

 部屋の空気が凍った。

 明季は平然と原稿用紙に文字を綴り続ける。

 いつもなら、部長が部室を出て行った頃から、部員のみんなは雑談を始め、和やかな雰囲気が戻るはずだった。それなのに今、まるで部長がいるときのような、緊張感。

 当の本人は気付いてすらいないかのようにしれっと顔を上げる。

「そういえば、こないだ瑞崎駅の、琴花が教えてくれたブックカフェ行ってきたんだけどさ」

 それは、ごく普通の雑談だった。

 その雑談が、あまりにも不自然に捻じ込まれたことを、指摘することはできない。そうすれば、雑談すらできない部室を認めることになるから。文芸部室に雑談が存在しないのは、たまたま、話題がなくて沈黙が訪れてしまっただけだから。決して、部長が怖くて喋れないなんてそんなことはありえないから。

 明季の雑談を契機に、部室全体にも、いつもの空気が戻ってくる。ぎこちなくも雑談と、笑い声が戻ってくる。

 いつもとすっかり変わらない部室に戻ったとき、明季はわたしと喋りながら、ため息を吐くように笑った。

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