page1 壁向きの席
page1 壁向きの席 —1
部長が、自分の席から振り返る。一瞬、部室内の空気が固まる。
誰の名前が呼ばれるか。
「
あ。
わたしだ、やばい、返事しないと、行かないと、できるだけ早く、
「はいっ」
自分じゃないと分かった瞬間ちょっとほっとしたような他のみんなを恨めしく思いながら、でも、十五分の十四の場合わたしだってそっち側だ。文句を言おうものなら、ブーメランが返ってくる。
まあ、文句なんて言えるわけがない。
部長に対する敬遠も。
会話の無い部室も。
呼ばれた瞬間の緊張も。
はじめから存在しないはずのものなのだから――
「お疲れ様でした」
壁向きの席から、部長が振り返る。
一瞬だけ、視線が交わり、そしてまた部長は壁に向き直る。
正確には、壁向きの部長の机に置かれた、ノートパソコンに。
薄っぺらくて、綺麗で、なんとなくスペックが高そうな黒いノートパソコン。部長の私物だ。未だにうぃーんと音を立て起動に数分掛ける、学校の備品のパソコンとは格が違う。
浮いている。
埃っぽい部室の中で、ひとつだけ鮮明に。
そのパソコンに、しかしちょこんと刺された赤いUSBメモリはわたしのもので、これが、部長と部室を唯一繋ぐものだったり、するのだろうか、どうなんだろう、わかんないけど。
とりあえず今の心境としては、早く伝達事項を終えてもらってこの場を離れたい、それだけだ。
「いつもみたいに、誤字脱字は印付けといたから見て、あと」
あと、とは。
わたしは咄嗟に体を強張らせてしまったのがバレなかったかと部長を窺ったが、大丈夫、まず部長の視界にわたしが入っていない。
入っていても、見てなんかいないだろう、この人は、見ていないんだから、いつも、何も。
「みことさん、完結おめでとう。よかったよ」
……え。
え!?
硬直するわたしを他所に、部長は適切な手順でUSBを外すと、パソコンを閉じた。
「海原?」
立ち上がった部長が、首を傾げる。見ると、右手でわたしのUSBを差し出している。
「あっすみません」
わたしが慌てて出した手に、赤いUSBが落とされる。
動揺したせいで、いつもより声が大きくなってしまった。数人の部員が、自分の席から顔を上げる。わたしは肩を縮める。浮いている。場違いだ。
この部室では。
部長はそのまま立ち上がり、脇にノートパソコンを抱えてわたしの横を擦り抜けた。肩が触れた。
「ごめん」
部長がわたしにだけしか聞こえないような無声音で言った。わたしは咄嗟に反応できなかった。
いつもと違う、
それでも、部長が部室を出て引き戸を閉めた瞬間、部室内にほっと安堵の空気が漂うのはいつもと同じだった。
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