第五章 星が導く美しき未来_3
カーティスに続き、アンドリューとレイモンドも芸術棟に戻って来た。食事の席は一転、
「昨夜行ったバース侯爵の屋敷に、贋作はなかった。探偵のようにあちこち探ってみたが、それらしきものはまったくなかった」
カーティスが言うと、レイモンドは疲れきった様子で視線を遠くする。
「ブーリン伯爵の屋敷にもありませんでした。彼は絵画よりも彫刻を好んでいるらしく、天井に届くほどの天使像を自慢していました。繊細さに欠ける作品で、なにがいいのか私には理解できませんでしたが」
そんな二人に対して、紅茶を口に運ぶアンドリューは、勝ち誇った笑みを見せた。
「ヘンダーソン家の令嬢が、ローズカットのダイヤのブローチを付けていた。訊けば、恋人が誕生日に贈ってくれたのだと言った。あのカットができる職人はそういない。かなり高価なものだが、彼女の恋人は借金で火の車のバーネル子爵だ」
アンドリューならではの指摘に、レイモンドがはっとする。
「バーネル子爵は、女優や俳優にも顔が広い。歌劇好きで有名で、私も何度か見かけたことがあります」
「どの派閥にも属さない借金だらけの青年に、ローズカットのダイヤを手に入れられる財力があるとは思えない。シンプルなエメラルドが関の山だろう。誰かが彼に賄賂を渡したと考えるのが妥当だ」
アンドリューの言葉に、カーティスが重ねる。
「お前が見聞きした新人女優の友人は、バーネル子爵なのではないか。レイモンド?」
「ええ……。そういえば彼女の楽屋には、バーネル子爵から贈られた花束がありました。間違いなく親交はあります。おそらく……いや、確実にそうでしょう」
レイモンドが嘆息すると、アンドリューはカーティスを見て言った。
「俺の勝ちだな、カーティス」
「しかたがない。認めよう」
カーティスが苦笑いで腕を組んだとき、ライナスが話しはじめた。
他界した無名の画家のパトロンが、バーリー卿で間違いがないこと。その娘であるグレンダが、トーマスをそそのかしたことも含めて語ると、三人は同時に目を
「……なんだと? 本当か!?」
もっとも怒りをあらわにしたのは、アンドリューだ。
「それを調べてくれたのはジルだ。僕たちに内緒でね」
ライナスに突然名前を呼ばれ、恐縮したジルは身を縮ませた。
「勝手に申し訳ありません。ですが、どうしても放っておけないことでしたので……」
「なぜ謝る? お前の悪い癖だぞ。やめろ」
アンドリューが冷たく言い放つ。だが、その目に鋭さはない。隣に座っているカーティスが、彼の心を代弁するかのように笑った。
「やるじゃないか」
無言のレイモンドは、すまし顔で紅茶を口に運ぶ。だが、その口角はかすかに上がって見えた。
(ライナス様には叱られてしまったけれど、でも、彼らの役に立てたんだわ)
ジルがそっと微笑んだとき、レイモンドが会話の筋を戻した。
「バーネル子爵のほかにも、賄賂を受け取っている者はいるでしょう。しかしあまりにも多岐に渡りすぎており、このまま探り続けても
「たしかにな。そろそろバーリー卿ともども、地獄の底に落とす場を設けたほうがよさそうだ」
主たちが考え込む。ジルもまた、思案した。
(たくさんの貴族を、一カ所に集めなくてはいけないわ。でも、いまは社交シーズンで、彼らの予定はすでに決まってしまっているはず)
その予定に必ず組まれている場所といえば、どこだろう。
(あっ……そうだわ!)
「あの、ここにしてはいかがでしょうか」
「ここ?」
ライナスが聞き返す。ジルはうなずいた。
「はい、この銀王宮です。社交シーズンの幕引きは、ここで開かれる大舞踏会です。その予定を外す貴族の方はいらっしゃいません。たとえばですが大舞踏会の前に、〝
大舞踏会は、一月後だ。準備をするにしても、ぎりぎり間に合う。
「……なるほど。しかし、〝催し物〟では弱いですね。それでは単に、私たちがお説教をする場になってしまいます」
レイモンドはにんまりと、黒い笑みを見せた。こんな表情もするのかと、ジルは目を丸くする。とたんに、彼が続けた。
「〝品評会〟にしては? 陛下や王太子殿下に、自慢の芸術品を鑑賞していただける場だと伝えたら、皆なにかしら持って来るでしょう。そこで芸術への造詣が浅い者たちを一網打尽にしつつ、エドガーの贋作を見せて断罪するというのは?」
「芸術院大臣もいることだしな。血湧き肉踊る時間の到来だ」
アンドリューの視線が鋭くなった。カーティスもうなずく。それがいいとジルも思う。けれど、そのままだとスターリングは、〝贋作を手がけた無名の画家〟で終わってしまう。
(せっかくの場だもの。陛下や王太子殿下、芸術院大臣の皆様にも、彼の本当のよさを知っていただけないかしら……)
沈痛な面持ちでうつむくと、どうしたのかとライナスに訊かれた。
言っていいものかジルは迷う。そんな様子に業を煮やしたかのように、早く言えとアンドリューが急かした。ジルはおずおずと口を開いた。
「スターリングは、進んで贋作を手がけていたわけではありません。もう他界した画家ですが、彼の絵が僕はとても好きです。そんな彼の本当のよさを伝えないまま、〝贋作家〟としてだけ、お披露目したくはないと思ったのです」
しんと食堂が静まった。出過ぎたことを言ってしまったかもしれない。深くうつむいたジルに、レイモンドが声をかけた。
「……まったく、あなたには驚かされますよ。まさか、そんなことを言い出すとは」
びっくりして顔を上げると、主たちがこちらを見ている。
「天国のスターリングは、お前に感謝するだろうな」
そう言って、カーティスは続けた。
「真の芸術家を世に広めるのも、私たちの役目だ。近頃は忙しくて、あらたな才能を見出す時間もなかったがな」
声にはしないが、レイモンドもアンドリューも同じ思いでいることが、瞳の輝きで伝わった。そして、ライナスも。
「君の言うとおりだ。当日はスターリングの絵のよさも、ぜひ皆に知ってもらおう」
一瞬口を閉ざしたライナスは、視線を鋭くさせた。
「……そのほかにも、罠をしかけたい」
「罠? それはなんだ」
アンドリューの問いかけに、ライナスは薄く笑んだ。
「バーリー卿へのとどめは、僕に任せてくれないか。君たちを満足させられる余興になると思うから、楽しみにしていてくれ」
主たちが顔を見合わせる。と、カーティスが笑った。
「いいだろう。お前に任せる」
賄賂の件で得た情報を、さっそく宰相に伝えるとライナスは席を立った。
午後間近になってから、レイモンドは品評会の了承を得るべく、国王に会いに行った。アンドリューも王太子に伝えるため、早々に出掛けて行く。
彼らを見送ったジルは、カーティスが挙げていく貴族の名前をもとに、招待状の作成をはじめた。
(皆を満足させられる余興の罠って、なにかしら)
考えてもわかるはずもない。当日を待ち遠しく感じながら、ジルは広間のテーブルを前にして座り、ペンを走らせた。
――お気に入りの作品を、ぜひお披露目ください。
招待状のすべてに、そう添えて。
*
宰相のオドネル卿は、ライナスから聞かされた事実に驚き、嘆息した。しばし無言で思案してから、椅子に座るライナスを視界に入れる。
「陛下はさぞ、お嘆きになることだろう」
「心中お察しいたします。ですが、そのお嘆きの分まで、僕たちが鉄槌を下しますとお伝えください」
「……なるほど。では、私は貴君らに任せる所存だと伝えよう」
オドネル卿の鋭い視線が、かすかに和らいだ。
「嬉しそうですね」
「悪者退治は掃除と同じだ。
私は掃除が好きなのだと、オドネル卿は笑みを浮かべた。
「もしも私が病に倒れたら、次期宰相は貴君しかいないと考えている」
ライナスは苦笑をもらす。
「僕は死ぬまで芸術家でありたいので、辞退させていただきますよ」
「そうか。残念だ」
「あなたにはまだまだ、宰相の座に就いていていただかなくては」
微笑むオドネル卿を視界に入れながら、腰を上げたライナスは執務室を出た。
自分が宰相など、ありえない。苦笑をもらしたライナスは、メイデル伯爵家に向かうため、銀王宮をあとにした。
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