有原兄妹の義兄 『有原兄妹と義兄、スーパー銭湯に行く エピローグ』

 月曜日。 前日のわずかな精神的疲労とすっきりとほぼ消えた肉体的疲労を抱えた宗雄が会社の前にさしかかると、いつも早くに出社する社員達が箒とちりとりを持って入り口の清掃をしていた。


「おはようございます」


「おはよう佐脇君、昨日はずいぶんとお楽しみだったようだね」


「…?は、はあ…」


 どこかで聞いたことのある言葉に曖昧に返事をしながら会社に入ると、


「な、なんだこりゃ~!」


 すっとんきょうな大声を上げてその場に卒倒しそうになる。


 普段と同じ職場。 その最奥、かつては無味乾燥な白い壁があった場所いっぱいにはプリントアウトされた一枚の写真がでかでかと貼り付けられており、それは無防備に寝入っていた自分と弟妹達の姿だった。


「だ、誰がこんなもん持ってきやがったんだ!」


「そんなこと言わなくたってわかるでしょう?」

 

 宗雄の後ろから涼子があきれ顔でやってくる。


「と、とにかく…早く剥がさないと…」


 そう言って壁に走りよるが、


「無駄よ。それ、直接壁に描かれてるから」


「ノ、No~~!」


 宗雄の悲痛な叫びが早朝のオフィスに響くのだった。




 早朝の街中を黒塗りのリムジンが走っていた。 その車内に座っていた少年が不意に顔を上げてキョロキョロしだす。 

 

「…どうしましたお兄様?」


「…いや、誰かに呼ばれた気がしたんだが…」


 少年の隣に座っている少女が彼に問いかける。

     

「気のせいか…しかし今日会社に行くのが楽しみだ、きっと宗兄も喜ぶだろうな。望外ではあったが、お前のメイドも中々に気が付くな」


「…それはありがとうございます」


 彼の向かいに座るメイド服の少女が何の感情もこもっていない表情で会釈する。


「早速学校が終わったら向かうとしよう、麻理沙も共にくるだろ?」


「もうしわけありません、お兄様…今日は少しやぼ用がありまして、お兄様だけ行ってもらえますか?」


「それは残念だ、それにしても本当に楽しみだな…きっと宗兄は崇高なる兄弟愛を見てきっと感激してくれるだろう」


「ええ、そうですわね、きっと今頃は顔を真っ赤にして喜んでいると思いますね…麻理沙も用事が無ければご一緒したかったですわ」


「ふっ、な~に、お前の分まで賛意を貰っておく」


「その場面を想像したら…ふふっ、笑いが堪えられませんわ」


「…? なにか引っかかる言い方ではあるが、まあいいさ、さて…退屈な学び舎へ向かうとしよう!」


 少年は夕方にこっぴどく叱られる未来を想像すらせずに無邪気に笑い、少女はその時を想像して今から笑みを漏らす。


 そしてそんな兄妹のズレっぷりに飽きれつつも、メイドは表情を崩さず沈黙していた。


 そして夕方には消せと厳命されるであろう秘密の写真は後で主である少女の部屋にだけ飾られるためだけに彼女のスマートフォンに保存されていた。


 束の間の休息。 その一枚だけが。

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