義兄と兄、出会う プロローグ

 アスター学園。 全国でも屈指のマンモス絞であり、生徒達の地位や年収でも他校とは比べようも無いくらいに名門校である。


 その生徒たちも品行方正で、地域の人間たちからも評判も高い。


 だがここ最近学園は騒がしい。 それは不良生徒が暴れているわけではない。 


 ズガーーーーン! 学園全体に爆発音が響いた。 


 モクモクと上がる白煙。 その中心部には一人の人間が立っていた。


 白煙によく映える光沢の有る黒い肢体。 


 流線型をかたどったようなシャープなメットで顔を隠した怪人が集まってきた生徒達の前で声を挙げる。


「漆黒よりの使者、ブラックファントム!今日もまたこの学園に混沌を生み出すためにいまここに参上した!」

 

 生徒達から悲鳴が上がり、職員たちが怒声を発す。


 それらをまるで自身の賛美歌とでもいうように不適に笑いながらブラックファントムはその特注マイクにより何倍も増幅した声で周囲に自身の存在を更に喧伝する。


「愚かなるアスター学園の面々たちよ!私はここに宣言しようではないか!諸君らの愚かなまでにのぼせ上がった高慢な考えを破壊するために私はここに来たのだと!」


 生徒達は各々に声をあげ、そしてほとんどの者たちが自身のスマホを掲げては彼の姿を画像や動画で取ることに夢中になっている。


 ふふふ、今日も愚民の雛鳥たちがこの我の姿に恐れおののいている! たまらん! たまらんぞ! これだから謎の怪人は止められんのだ!


 興が乗ったのかブラックファントムはキャーキャー言いながら自身を取ろうとする生徒たちに自分が格好いいと思えるポーズを取りながらそれを満喫する。


 そんな眼下の騒動を楽しんでいたときにメットの内側に備え付けられた電子画面に反応が表れた。


「ふんっ、今日も今日とて来たか、まったく真面目な奴だな」


 ヘルメット越しに呟くと同時にそれもまた彼の眼前に着地した。


 白くキラキラと光る白銀の全身に騎士のような装飾を施された、最近では学園の守護者とも呼ばれている彼の宿敵とも呼ばれる存在は無言で立つ。


 それでもすでに臨戦態勢は整っているようで、僅かに腰を落として構えている。


「ふん、白いの。お前もよくよく暇な奴だな。毎度毎度飽きもせずに我の邪魔をするためにやってくるとは…」


「…それはこちらの台詞だよ。毎回毎回派手な演出で出てきては恥ずかしい台詞だけ叫んで去っていく。暇なのは君も同じだろ?」


「誰が暇だ!この俺…いや我はブラックファントム。この学園に混乱と恐怖を撒き散らすためにやってきたのだと何回言わせれば…」


 挑発したつもりがあっさりと言い返されて激昂する黒怪人に、学園の守護者の騎士は一つ溜息だけをはく。


「はあ、もういいよ。君のその子供向けアニメの悪役みたいな台詞は聞き飽きた。今日は色々と忙しいからね、さっさと片付けさせてもらう…よ!」

 

 十分に絞りきった筋肉とスーツの力を合計させた恐るべき速さで白銀の騎士は黒怪人に蹴りを放つ。


「わっ、ま、待て…まだこちらの台詞は終わって…」


「またどこかで聞いたような台詞なんでしょ?」


 呆れて脱力したような台詞だったが、すぐさまに避けられた蹴りの軸足を機転に回し蹴りを放つ。

 

 そしてそれは強かにブラックファントムのヘルメットを正確にぶち当たった。


「ぐっ…!おのれ…だからお前は嫌いなのだ!」


 ファントムもすぐに体勢を戻して自身の拳を突き出して白騎士の胸の辺りに強烈な一撃を叩き込む。


 それを受けながらも白騎士は右拳を出して反撃をし、今度はブラックファントムが両手で防御した。


 その間、数秒。 しかし両者の暴虐な余波によって校舎の壁面にヒビが入り、なおも止めない二人の闘いによって給水搭が一つ破壊されて中の水が無数の水滴となって目撃する生徒たちの上に降り注いだ。


 謎の黒怪人、ブラックファントムの出現とそれを退治しようとする白騎士の定期的な闘いによってアスター学園の内部は大騒ぎとなっている。


 主に喝采を挙げる生徒たちとそれを押し留めようとする職員たちの怒声と悲鳴。

 

 そしていち早く避難しつつも『やめてくれ~』と騒ぐだみ声によって今日も今日とて学園内は騒々しいのだった。



  

「本当に困っているのだよ~、透火く~ん」


「ハア…そうですか…」


 ここはアスター学園の校長室。 無駄に防音性能が高いため、校庭で騒ぐ生徒達の声も、隣に隣接している職員室での職員たちの喧騒すら聞こえないくらいに静かな室内。


 その中で弱りきった中年男性のだみ声と弱ったような空返事だけが響いている。


「最近、出現しているあのファントムなんとかいう怪人がことあるごとに学園に現れては騒動を起こすせいで学園内外が騒がしくてね、弱っているのだよ」


「それなら…その…ブラックファントムに対抗するためにもう一人の謎の人物がどうにか抑えていると思うのですが…」


 透火の言葉は遠慮がちだった。


 ブラックファントムの正体は知らないが、そのもう一人の人物の正体は知っているので…それゆえに言葉が重いのではあるが…。


「だからこそ余計に困っておるんじゃないか!あの二匹の怪人共が暴れる所為で施設が壊れたりしてその度に修理代を捻出することにわしは困っておるのだよ!」


「そ、そうですか…」


 心当たりのある透火と呼ばれた少年はただそう答えることしかできなかった。


「とにかく…この件は生徒会に一任するから、早くどうにかしてくれたまえよ」


「ちょっ…!どうして僕達生徒会が…」


 当然の抗議ではある。 だがそれを言われた校長は冷や汗をかきつつ視線を逸らしながら…、


「が、学園に警察などを入れるわけにはいかんのだよ…だってわしの責任になりそうだし…と、とにかくだ! この件は生徒会長である君を筆頭に任せることにした!頼むぞ生徒会長!」


「……はい」


 無言で校長室から出るときにさえ学園長は『君たちだけが頼りなんだぞ~!』と叫び続けている。


 そんな生徒会長を職員の誰もが同情の目で見ていた。


 言葉と言葉の間に僅かに漏らした本音を強引にごまかしながら、大人の卑怯さでなかば無理矢理に命令されてしまったのだ。 


 可哀想にとか。 そりゃ無茶だろとかいう言葉が彼の耳に入るが、それでも彼はそれを表情に出さず、真っ直ぐにピンと張り詰めた姿勢でその場を去っていく。


 校長の命令はもはや無理難題である。 というかもはや滅茶苦茶だ。


 それでも生徒会長である透火は最終的にはそれを受任した。


 それは生徒会長としての勤めと義務感もあったが、彼にもこの騒動に対して大きな負い目が合ったからだ。


 そう、ブラックファントムと対決し、被害の一端を担っている白騎士。 


 正式名はアルジェント零式を装着して戦っているのは透火自身なのだから。




「別に佐原君が悪いってわけではないんだけどね…」


「はあ…すいません」


「でもね…うん、本当で・も・ね?アレはあなたの身内なんでしょう?だったらアレの無茶苦茶な行動に対して多少の責任があると思うのよね…監督責任ってやつ」


「はい、すいません」


「毎回毎回、アレが問題起こすたびに私がフォローしなきゃいけないの、わかるかしら?わ・た・し!もういい加減限界なのよ、今月私の残業が何十時間になったかわかる?」


「そ、それは…もちろん…お、俺…いえ私も毎回注意してはいるんですけど…」


「わかってる…わかってるのよ佐原君が一番大変だってことは…ね、でもせめて今月くらいは家でゆっくりさせてちょうだい…本当にお願い、でないと私…そろそろ…」


 そろそろの後の言葉は続かなかった。 だが面前で彼女の表情を見ている佐原宗雄には痛いほどよくわかった。


 寝不足と疲労でギンギンになった瞳の奥に本気の殺意が見て取れたことを…。


「わかりました。今月は絶対に問題を起こさせません!」

 

 だから彼は冷や汗を書きながらそう答えることしか出来なかったのだ。


 先輩である熊原涼子に。 そして彼もまた責任を感じていた。


 そう、彼女がアレと表現する存在。 それは彼の弟であり、この会社の取締役である有原卿哉は彼の弟なのだから。



 

 夕日が沈む。 住宅街の中にある公園は昼間とは違って騒ぐ子供達や散歩する老人たちも居ない。


 そのベンチに座ってどくれらいたっただろう?


 まだかろうじてビルの向こう側から漏れる陽の光りは徐々にそれを薄めていって反対側を向けば自身の心象風景のように暗い世界が迫ってきている。


 それでも家に帰る気がしない。


 帰ったところで昼間に言われたことをどうにかできる術が見つからないのに自室に居たらそれだけで息が詰まってしまうことがわかっているからだ。

 

 ただただ項垂れながらベンチに腰掛けている。


 公園の中心にある大型のベンチにはもはや自分だけ…いやもう一人座っていることに気づいた。


 だがそんなことはどうだっていいと思ってまた視線を足元へと投げる。


 様々なことが浮かんではただどうしようもないという徒労の感情だけがズシリと全身に湧いてくる。


 そしてそれが限界を超えたことで内側から言葉となって漏れた。


 『…とは言ってもどうすればいいんだよ』


「んっ?」


「えっ?」


 互いに顔を上げて横を向く。


 そこには同じように悩みを抱えた『兄』が居たのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る