有原兄妹の義兄 『有原兄妹と義兄、スーパー銭湯に行く ②』
「…それで、そのまま二人ともサウナに入り続けてのぼせたんですか?」
卿哉に対してはいつものことだが、今回は宗雄に対しても同じようなあきれ顔をした麻里沙がうちわを仰いでいる。
「ま、まだ…弟にま、負けるわけにはいかないからな」
「ぐ~、次…こそは勝つ…ぞ」
休憩所の畳の上で真っ赤な顔をしながらグッタリと二人は横になっている。
「意地をはるのも大概にしてくださいね、二人とも…はい、お水です」
「あ、ああ…サンキュー」
「お、俺にも水を…くれ」
「あら、そちらに給水機がありますからご自由にどうぞ」
「さ、さすがに冷たすぎるぞ…妹よ」
「ええ、ですから冷やしてあげようと思いまして」
「心を冷やしてどうする…さすがに涙が出てくる」
「こんな時くらい意地の悪いことしないでいてやれよ…ほれ」
「……っ!ゴクゴクゴクゴク…っぷは~、生き返る」
宗雄が自身の飲んでいたペットボトルに入れた水を渡すと一気に飲み干す。
「もう、意地悪なんかじゃありませんわ…私なりの可愛がり方ですのに」
「…相撲部屋かよ」
麻理沙の仕掛けた現金掴み大会の混乱も納まり、休憩室には何人かの客達がいた。
その隅に座り込んだ宗雄達のことなど誰も気にかけず、予想外の幸運に誰もが笑顔になっていた。
「…しかしアレだな、日頃の疲れを癒しに来たはずなのに余計に疲れちまったな」
「そうですわね、毎日お局様のお説教と激務に疲れていらっしゃるのに反省しないといけませんわ…ねえ?卿哉兄様」
「さ、さすがにはしゃぎすぎたかも…な。少しな」
どちらかといえばお前らの起こす騒ぎのせいなんだけどな。
さすがに体力が戻っていないので口に出すことはしない。
ただその真意を麻理沙の後ろに立つシャンティだけがこっくりと気づかれないように頷いていたのは見逃さなかったが。
「まあ、たまにはこんな休日も悪くはねえけどな」
「ああ、そうだな…結局宗兄の背中を流すことは叶わなかったが…」
「さすがに男に背中洗ってもらって喜ぶ趣味はねえよ」
「それなら私がしてあげましたのに…」
「お前はまず男湯に入ってくるんじゃない!」
「ぶ~、それならどうしたらいいんですか!」
「そんなに怒るところじゃないだろうが…」
「そうだな、こればかりは男同士がゆえの特典というやつだ…素直に諦め…ぶぎゃわっ!」
強かにひっぱたかれた卿哉がそのまま壁にもたれかかって動かなくなる。
一瞬の沈黙の後に、
「あらお兄様ったらはしゃぎ過ぎて疲れてしまったのですね、眠ってしまいましたわ」
「い、いや…ああ、もういいわ」
突っ込み疲れた宗雄がそう言うとニッコリと笑った麻里沙がそのまま隣に座りこむ。
「麻理沙も今日は疲れてしまったので少し休憩させてくださいね~」
「それはいいけどよ?あんまりくっつくなよ、まだ身体がのぼせてるんだから暑くてしょうがねえ」
「む~、宗兄様はお兄様と裸で水入らずで私は追い出したんですから、それくらい我慢してください!」
「わ、わかったよ…」
そう言い切られてしまうと何も言えない。 下手なことをいえばさっきの弟分のような目にあわせられるかもしれないからだ。
「いやですわ、宗兄様にはそんなことしません」
「人の心を読むな!」
麻理沙の逆隣では卿哉が気絶したまま宗雄の肩に倒れ掛かっており、妹分もまるで哀願動物のように精一杯身体をくっつけている。
そのまま水分補給をしながらしばらく我慢していると耳元に寝息が聞こえてきた。
「寝ちまったよ、参ったな水を補充しにいこうと思ったのに…」
手元のペットボトルはすでに空になっており、だが身体は失った水分を求めている。
「では私が代わりに補充してきましょう」
それまで気配を消すように沈黙していたシャンティが手を差し出す。
「あ、ああ…ありがとうな」
「いえ、これも任務ですから…それと宗雄様」
「うん?なに?」
弟妹とは違う優しげな口調で問いかける宗雄にシャンティはじっと彼の瞳を見据えながら、
「麻理沙様は今日は随分と楽しげでありました、それは宗雄様と一緒に休日を楽しんでいたということなのです、どうかそれを忘れないでください…まあ、その…多少はしゃぎ過ぎた気はしますが…」
「ああ…わかってるよ、君も大変だよな」
「いえ、それなりに楽しい…こともありますから…」
声は楽しげではあったが、表情は幾分苦笑に近い。 それが正直な感想に思えて宗雄も同じような思いを浮かべて笑いあう。
そうなのだ。 まだ短い間ではあるが何度も主人には度肝を抜かれ続けた。 そしてその怖さも…同時にその危うさも何度も感じていた。
だがそれは主人とはまた違う破格さを持った主人の兄。
そしてその弟妹の破格さと真逆を持っている彼女らの兄貴分によってそれが彼女の主人の危うさを緩和しているということもなんとなく理解していた。
水飲み機からペットボトルに水を移しながらさらに考える。
あのお方は危うい。 そしてあの男も。
裏社会に生きてきた自分が今まで見てきた人間達と同じ素質を持っている。
だからこそ、あのお方にはもっと頑張ってもらわないと…。
たっぷりと水を入れたペットボトルを持って戻ったが…。
「あらあら…」
戻ってきたシャンティが見たものは大好きな兄貴分の両肩にそれぞれの顔を乗せて、スヤスヤと寝ている主人たち。
そしてその真ん中で普段とは違う生真面目な表情を崩して年齢不相応、両隣の少年少女達と同じ、幼い顔で瞳を瞑っている宗雄が居た。
「起こしては悪いですね…私も少しは気が休まりそうですし、せっかくですから…」
従者としての気遣いとわずかな本音、少しの悪戯心を抱えた褐色の肌をした少女は主人とその兄、そして兄貴分三人の寝顔をいつまでも見つめているのであった。
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