女王の友達作り⑦
それがきっかけとなったのか?
あるいはせめてもの贖罪なのかはわからないが、麻理沙とシャンティは少しずつ会話をするようになっていた。
その間にも卿哉が妙に突っかかってくるが、そのたびに麻理沙の強烈な一言や透火の実力行使めいた制止によって大事にはなっていなかった。
むしろ麻理沙の会話でことあるごとにでてくる双子の兄の卿哉の行動に妹である彼女がいかに困っているかを自ら証明してくれるようであった。
そう思えば愉快ではない卿哉の行動もオチがつくことを考えれば楽しいとすら思えてくる。
何度目かの卿哉が壮絶にひどい目にあっているのを見たときに彼女は自身が麻理沙と共に笑っていることに気づいた。
楽しい? この私が? そう思ったのはどれくらい前だろう?
そう考えたところでもはや思い出せない。
子供の頃…、そう、暗殺者としての道を歩む以前はあったような。
思い出せる一番古い記憶。
おぼろげでただただお腹を空かしていて、生傷の耐えない日々。 思い出したくも無い辛い記憶。 それでも楽しいと思えることはあった。
歳の離れた弟や妹達、ゴミと泥に塗れながら雨でも降れば乗り捨てられた廃車の中で寒く無いようにくっつきあった。
同じ親が居ないという共通点を持った家族と。
うまく食べ物にありつければ誰からともなく聞いた昔話を彼ら、彼女らにしては笑いあっていた。
ときには靴磨きや信号で停車した窓を勝手に洗って怒鳴られながらも、たまには気のいい金持ちがくれるチップで買ったお菓子を一緒に食べたこともあった。
でもそんな日々はいつまでも続けられない。
必然的に、あるいはそれすらなく唐突に消えていく家族。 そんなことを何度と繰り返していくうちに私はとある組織に拾われた。
それは私達の街ではよくある選択肢、果たして誰かに売られて行方知らずになるか、犯罪者として暮らすか、それとも今までと同じようにゴミを漁っては殴られる生活。
その数少ない選択肢の中で私はそれを選んだのだ。
そして私は今までの家族たちと同じように唐突に家族の前から姿を消した。
そういう生活に嫌気が差していたのも事実だったし、いつまでも変わらない未来を少しでも変えたかったのだ。
だから私は家族を捨てた。 そうしなければ私には未来など存在しないのだと心で理解していたから。
組織での生活は辛かったが、それでも今までとそう違いがあったわけでもないし、技術を磨くことを諦めなければ少しずつだが良くなっていく。
それが希望だった。 そのためにがむしゃらに腕を磨いた。 どんなに辛くてもこれを続けていけば昔みたいにお腹を減らしてただ寝ているだけの生活になることはないのだから。
訓練で仲間が死ぬ事だってあった。 それもまた今までの生活では当たり前だ。
ただ不運なくじに当たらないように祈り、避けるために努力をしていく日々。
あとからあとから入ってくる子供たちの中で互いに蹴落としあい、時には訓練として殺し合いながら自らの優秀さを証明した私は訓練所から抜け出すことが出来た。
そしてそこでマスターとであった。
私の居た組織は暗殺者を養成し、依頼ごとにそれらを派遣していくビジネススタイルで、マスターは依頼人と組織を繋ぐ役目を持っていた。
何度目かの仕事の際に私を助けようと怪我をして、仕事柄医者にかかることが滅多に出来ない生活をしていた彼を私は懸命に看病した。
それは私自身の失敗を挽回しようとする行為だった。 なぜなら彼が死んでしまえば私も始末されることをあの人自身から説明されていたからだ。
けれどそれだけじゃなかった。
彼は決して優しくはなかったが、たまに機嫌が良いときには外の屋台に食事に連れて行ってくれる。
それが仕事を円滑に進めるための懐柔行為だとわかっていても、食事を懸命に平らげようとする私を見るマスターの顔は優しかった。
それだけが私にとっての救いだった。
楽しみを忘れて、ただただ人を殺すことだけに頭を絞り、ときには大怪我をして痛みに呻く生活の中でそれさえあれば努力することが出来た。
いま私はそれと同等の喜びを感じている。 喜びであると同時に楽しいと思えている。
だがいずれは私は彼女の頭に銃弾を、あるいは首をナイフで掻っ切るのだ。
だからこの感情は邪魔だ。 決してこれ以上味わってはいけない。
クスクスとした笑いをする彼女の真似をするように同じように笑みを表情に浮かべながら心を冷徹に、無感動に、押さえ込まないと。
ああ…それでも…無理とわかっていても…そんな日が来ないことを祈ってしまう。
けれどその日はやってきてしまった。
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