女王の友達作り⑥
もしかしたら私は間違ってしまったかもしれない。
それなりに経験を積んだ暗殺者であるシャンティは自身の誤算の可能性について考えていた。
とっさに出た言い訳として食堂を探していたということは別段大きな手落ちだったとは思えない。
むしろ標的と近づくきっかけとなったのだから結果オーライという奴だろう。
だがこの状況は予想外だった。
食堂のテーブル。 細やかな彫刻と染みもシワ一つも無いテーブルクロスの上には彼女が頼んだ料理がある。
食堂とはいっても丼やうどんなどといった庶民的な物ではなく、いくつかあるコース料理を生徒が選んで注文するスタイルで、いま彼女の目の前にあるのは前菜の魚料理で量としては決して多くは無い。
だが彼女の食事は進んでいない。
その理由は二つあった。
一つは好奇と驚き、そしてわずかな嫉妬のこもった食堂に集まっている生徒たちの視線と彼女の前でニコニコと両手で頬杖を付いた少女だった。
「麻里沙さんが食堂に?」
「珍しいね、いつもはお兄さんたちと生徒会室で食べてるのに」
「それよりも一緒に居るのは誰?」
「転校生の女の子だよ、たしかシャンティって名前の」
暗殺者としての最低限の鉄則。 決して目立つことはしてはいけない。
注目されればされるほどに行動を見られ、その中で目敏い者に怪しまれる可能性が在るからだ。
なのに今の彼女の状況は目立っているというレベルではない。 まるで自分だけが異質だということを自ら宣伝しているかのようだ。
その原因もまた目の前に居る少女だった。
どうやら標的である有原麻里沙が兄達以外と居ることが大変珍しいようで、まるで切り取られたかのように彼女達の座っているテーブルを中心に皆がこちらを見ている。
本来ならばすぐにでも食事を切り上げてこの場から逃げ出したいが、それはそれで目立ってしまう。 しかしだからといって急いで食べてしまえばそれはそれで上流階級の子女が集まったこの学校では出自を疑われるかもしれない。
この学校に転入する前に、食事マナーや仕草を徹底的に仕込まれたせいで、彼女は逃げることも急いで終わらすこともできない。
こんなにピンチに陥ったのは久しぶりだ。
初仕事の際にどうにか標的を始末できたが捕まってしまい拷問染みた尋問を受けたとき以来だろう。 そのときには彼女のいうマスターが助けに来てくれたことで命を失わすにすんだ。
泣きじゃくりながら任務失敗を謝る彼女を傷だらけになったマスターが優しく頭を撫でてくれたのを思い出す。
そのときに言われたことはなんだっただろう?
あれは…たしか…。
「食事が進んでいないようですね」
緊張のあまりに昔の良かったことを思い出していた彼女は唐突にその言葉によって現実に引き戻される。
「い、いえ…そんなことはありません」
彼女の答えを嘘と判断したのだろう。 少女はハァとため息を付くと立ち上がり、
「皆様、申しわけありませんが彼女が困っているようですのであまりジロジロと見ないでいただけますか?私も…少し困っているので」
その口調はとても柔らかいものだったが、有無を言わさない何か威厳というか圧力が込められていた。
それを聞いた周囲の生徒たちもそれを感じ取ったのか、バツの悪そうな顔で食堂を後にする。
中には顔を青くして「麻理沙さまに嫌われてしまいました」とフラフラと去っていく女生徒もいた。
「ほら、これで静かになりましたね。慌てないでゆっくりとお食べください」
「あ、ありがとうございます」
静かどころじゃない! 標的である彼女が一声かけた事で食堂に居た全生徒達が居なくなってしまったのだ。
それどころか料理を運ぶ近侍も全員奥に引っ込んでしまい、食堂内にはシャンティと麻理沙の二人だけになってしまった。
この女、何者なんですか?
ただの金持ちの娘だと思っていた。 無垢でありながら遺産相続の邪魔になる為に死を願われた哀れな少女だと思っていた。
だがその実はそんなか弱い存在ではなかったのだ。
本来なら美味であるはずの食事が味のしなくなるほどに驚いたシャンティは義務的に咀嚼しながら心中で呟いた。
「大変静かで厳かなお食事でしたね」
「そ、そうです…ね、お気遣い…ありが…とう…ございました」
何とか出された料理を食べきり、物音一つしなかった食堂を後にしながら麻理沙の放った一言にそう返すしかなかった。
本来ならお礼を言ってからそそくさと離れたがったが、残念なことに彼女とシャンティは同じクラスであるので、当然の帰結として二人で(はた目には)仲良くクラスへと向かっていた。
「あれ?麻理沙じゃないか!隣にいるのは…ああ、転校生の」
横合いから声をかけられて振り向いた先には生徒貴重の透火で、その後ろからは
「妹よ、誰かと居るのは珍しいな」
彼女の双子の兄である卿哉だった。
「あらお兄様方、ごきげんよう。彼女が迷っていたので食堂に案内してましたの」
「そうなのかい?それは良いことをしたね」
朗らかに返す透火の視線は反比例するように厳しい。
この男。 やはり警戒している? やはり警戒すべきはこの男ですね……っと?
気が付くと自分の横に卿哉が立っていた。 視線には透火と同じく…いやそれ以上に敵意が込められている。
「ふむ…ふむふむ…ふ~む」
「あの…なにか?」
ジロジロと観察するような行動にさすがに不快感を感じる。
「お兄様…初対面の方にそれはさすがに失礼かと」
「そうだぞ、女性をそんな風に見ることはアスター学園の生徒として相応しくない行動は止めろ」
それでも卿哉はシャンティを値踏みするように見るのをやめない。 そして一通り舐めまわすように見た後に、
「不合格だ。麻理沙と共にいるのには…な」
「お兄様!」
「卿哉!」
兄妹二人の声にもめげず、鼻をならし、そっぽを向いて、
「駄目だ!やはり不合格だ!麻理沙の近くに置くべきではない!」
どうやらシャンティが麻理沙と共に居るのは不釣合いだと言いたいようだ。
確かにシャンティはこの学園に通うどころか、関わることすら本来はばかられるような出身の人間ではあるが、ここでは身分詐称とはいえアスター学園の生徒である以上はこのような態度をされる覚えなど無い。
……この男、むかつきますね。 標的にするとはまだ決まっていませんが、決まったのなら真っ先にやってしまいましょう。
「もうしわけありません、兄には私から言っておきますのでどうか許してください」
「僕からも謝罪するよ、本当にすいません、こいつはちょっと人見知りする性質なので」
「人を幼児みたいに言うな!麻理沙、こんな女を傍に置くのはやめるべきだな…そもそもだな…こいつは…むがむぐむご!」
さすがにこれ以上の暴言を看過できなかったのか透火が強引に卿哉の口を塞いで連れて行ってしまう。
そんな状態でも卿哉は言葉にならない声で何事かを叫んでいる。
「本当に本当に申しわけありません」
何度も頭を下げる麻理沙にシャンティも内心の不快さはともかく表情の上では穏やかに笑みを浮かべながら、
「大丈夫、気にしてませんよ」
と答えながら心の中の絶対いつかぶっ殺すリストに有原卿哉の名前を刻んでおいた。
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