シュバルツ・ザ・ファントムは闇と共に現れる
パーティは順調に進んでいく。
たまに麻里沙の美貌と卿哉のルックスに牽かれて幾人かが挨拶をしにくるが、麻里沙は愛想良く接するのだが、隣で憮然とした表情を浮かべる卿哉のおかげで短時間で済んでしまい、パーティの中頃を過ぎる頃には誰も近寄ってこなくなった。
透火が居れば卿哉の無礼を怒るだろうが、幸か不幸か彼は忙しく会場を動き回っていて二人の所に来ることはない。
ただ気にはなるようでチラリチラリと近くを通るたびに卿哉達を見ている。
もっともあとで説教されることは確実だが。
「そろそろ透火さんの挨拶ですわね」
手元にあるプログラムに視線を落としながら麻里沙がそんなことを呟くと、
「そうか、妹よ…俺は用が出来たから場を離れるぞ」
「あっ、お兄様…ちょっと…」
ワクワクとした顔で返事も聞かないで離れていく。
「一体何をする気なのかしら…ふふふ、でも少し楽しみですわね」
そんなことを考えているとパーティ会場内にゴトリとマイクのスイッチが入る音が響く。
「え~、皆様ご歓談中ではございますがしばし注目を。今回のパーティを祝して我が学園の生徒会長から、ご挨拶がございます、どうか壇上前にお集まりください」
酒焼けしたようなだみ声の中年の男が壇上からマイクで皆を集める。
彼の後ろには透火が立っており、緊張するとは言っていたが、それが信じられないほどに堂々と起立していて、会場のあちらこちらから『ほう彼が生徒会長ですか』『凛々しい青年ですな』と言う声が聞こえる。
やがて短く中年の男が透火のことを褒めつつ紹介しながら透火にマイクを渡すと、凛とした声が会場内に響き渡った。
「皆様、始めまして先程理事長にご紹介された有原透火です。若輩の自分が一段高いところから挨拶させていただきますのは大変緊張しますが、どうかお聞きください……」
透火の挨拶が始まる。 それは大変初々しくはあるが、堂々とした立派な口上だった。
「まったく、お兄様ったらどこに行ったのかしら…もう挨拶が終わってしまうというのに…」
思わず呟いた瞬間、会場内が暗転する。
演出だろうか? だがそれはマイクを通して聞こえてきた透火の戸惑ったような声で違うということがすぐにわかった。
「なんだ照明の故障か?」
「早く直してくれ!」
ざわざわと騒ぎ立つ会場内。 その瞬間にホール全体に声が響き渡り、一筋のスポットライトが天井の一角を映し出す。
そこに居たのは一人の怪人だった。
全身を黒く染め上げたスーツに同じような黒マントをはためかせ、顔は全体をすっぽりと覆うようなメットで隠している。
まさに変身ヒーロー物に出てくるような怪人だった。
「なんだあれは?」
「やはり演出なのか?」
「それにしてはあまりにも子供染みてないか?」
あちこちで挙がる声を掻き消すような大音声が響き渡る。
「馬鹿げた宴にお集まりの皆様方、私の名はファントム…シュバルツ・ザ・ファントムと言います」
おそらくはメット内に仕込んだマイクに僅かのボイスチェンジがされているようで、やや違和感のある声で名乗りを上げたシュバルツ・ザ・ファントムはそのまま天井から飛び上がって会場内へと着地する。
戸惑う人々を一度見渡した後、
「もう一度自己紹介をしましょう、私の名はシュバルツ・ザ・ファントム、この馬鹿げた宴を破壊しにきた漆黒からの使者です」
「…………」
「…………」
会場内は静まりかえっている。 当たり前だ。 いきなりわけのわからないコスプレした人間が登場したのだから。
「どうやら皆様はこの状況をわかっておられないようだ。それも当然でしょうな、金だけ持ったことでのぼせ上がった皆様には私はどうにも滑稽に写るでしょう。よろしい、それならばまずはのぼせ上がった頭を冷やしてごらんに入れましょう」
そういうとファントムがパチリと指を鳴らす。 すると突然会場の一角から悲鳴が上がった。
「キャー!冷たい!」
「水だ!スプリンクラーが突然発動したぞ!」
天井に設置されていた防火設備のスプリンクラーから水が降り出して下に居た人々の服を濡らしていく。
「これで私が余興では無いことは理解できたはず!さてさて皆様方、お早く外に出てその煮え立った思い上がりを夜風で冷やしてください。大丈夫、お怪我をしないように会場の照明は点けてあげましょう!」
今度は両手でパチリと指を鳴らすと消灯していた会場の照明が着いた。
それを合図に人々が出口へと殺到する。 幸いにも出口は複数あるので一つの場所に人々が集まって将棋倒しになることはないが、会場内はパニック状態に陥っていた。
「なんだあいつは!」
「捕まえろ!」
ここに来てやっと警備員たちがファントムを取り押さえようと集まってくるが、
「遅い!」
「うわっ!」
「貧弱!」
「ぐわっ!」
「そして弱い!」
「ア~ッ!」
あっという間に警備員たちを倒してしまう。
「なんだあれは!」
「最新のパワードスーツか何かか?なんでそんな奴がこんなところに?」
「何でもいいから奴を止めろ!」
いまだ会場内に居る参加者たちが叫ぶが、その他の警備員たちは先に倒された者達を見ているので近づくことはしない。
ただジリジリと一定距離を開けてファントムを取り囲むだけだった。
「フハハハハ!どうしたのかね?私はいまだここに立っているぞ!君達の職務を存分に果たしたまえ!だがそうするならばここに倒れている仲間達と同様にさせてもらうがね」
やがて緊張感が切れたのか一人の大柄の警備員が飛び出す。
今度の彼はどうやら何かしらの格闘技をやっていたようで、幾重ものフェイントをかましてその体格とは不釣合いな速度でタックルするようにぶつかっていく。
いくら何がしかの強化を施したスーツではあっても体格差は明らかで誰もがその重戦車めいた強烈なぶちかましで吹っ飛ぶことを予測したが、それは起きなかった。
地面に突き刺さった巨大な鉄柱にぶつかったようにファントムはビクともしない。
驚愕の表情を浮かべる警備員を片手で持ち上げるとそのまま投げ捨てる。
彼はまるで小石のように飛んでそのまま壁に叩きつけられてしまった。
完全に延びてしまったようで、うめき声一つ挙げない。
「悪くは無い…スーツの性能検査にはちょうど良かったよ」
パンパンと手袋の着いた手を叩きながら一度大きく息を吸うと、
「さあ!次は誰が来る?」
マイクで増幅されたことによってビリビリと鼓膜が震えるような声が響く。
「に、逃げろ~!」
仲間の中で一番強いと思われる人間がアッサリと負けたことで残っていた警備員たちもあっという間に逃げ去っていく。
「お、おい!お前たち…に、逃げるな!…おい!給料払わんぞ!」
最後まで会場内に残っていた先程、壇上でマイクを使っていた中年男が叫ぶが、彼らは振り向かず去っていく。
「まったくさもしい奴だ。命までかけるほどの金など払う気など無いくせな」
「う、うるさい…真っ黒なのにアカいこといいおって」
「さて、あなたはどうするのかね?この誰も居ないパーティの主催者殿は?」
「お、おのれ…お、お前なんぞに…」
「それではあなたはどうする?私に挑むかね?その酒と脂肪が詰まったビア樽で向かってくる勇気があるのならくればいい!」
悔しそうに歯噛みする姿を愉快そうに嘲りながら一歩一歩近づいていく。
「…おっと、まだ居たようだな」
ファントムに気圧されて後ずさる中年男をかばうように一人の男が彼の前に立つ。
「……僕が相手をします」
「おおっ!有原君か…いやしかし君が怪我をされては…有原家が…」
「そんなことを言っていてもしょうがないでしょう。今日はその有原の人間である僕が責任者として参加しているんです。すでに有原の面子は潰されてますよ」
片手に木刀を持ちながら、ゆっくりと前に進み出てファントムと正対する。
「少年、私の前に立つのかね?尻尾巻いて逃走した方が身の為だと思うがね、そこに転がっている者と同じ目にあいたくなければ」
「ええ、本当なら逃走したいところですけどね、そういうわけには行かなので、逃走じゃなくて闘争します」
「…それはどういう意味かね?」
透火が無言で指を刺す。 その指の先には少女が居た。 他にもいまだ残ってる人間は居たが彼の指先は明らかに彼女を指していた。
やや複雑な間柄とはいえ彼が妹と思っている少女を。
「……ふむ、なるほど。勇気があるということは認めよう…だが蛮勇だな」
「それでも僕は妹を守るために戦わなければならない!」
「妹だと?お前が兄だと名乗るのか!よろしいそれではその思い上がった心を叩き直してあげようじゃないか…さあ、来たまえ」
ゆっくりと右手を前に差し出しクイっと動かす。
透火は数度息を吐いて、裂帛の気合で駆け出した。
「有原透火…参る!」
「来い! 愚物が!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます