対称的な二人
「ふんふ~ん♪」
「……はあ」
前の会合から一週間が立った。
毎週恒例の生徒会の会議日であるというのに、参加する面々たちは異様な光景に誰もが口を開けずにいた。
普段は毒づいて、文句ばかり言う卿哉がものすごく上機嫌であまつさえ珍しく鼻歌さえ歌っている。
対していつもキリっとした態度で会議に臨む透火が表情は暗く、たまに冒頭のようなため息をついていて、発言も内容もいつもと違い精彩を欠いていた。
会議はそんな有様なので、いつも以上に長く、そしていつも未満に進まなかった。
「ずいぶんと機嫌が良いですわね、お兄様」
会議が終了し、他の面々が気味悪い空間から逃げ出すように居なくなったころを見計らって問いかける妹に、兄は『別になんでもないさ』と返しながらも、たまに我慢しきれないのか笑いを零す。
「一方…その…透火お兄様はどうしたんでしょう?」
「いや…麻里沙、なんでもないよ…ただ…いや…本当に何も無いんだ」
いや明らかに何かあるでしょう。
そうツッコミたかったが、珍しく口ごもる透火にそれ以上何も言えない。
「ああそうだ!生徒会長……おい!透火!」
卿哉が珍しく自分から声をかけたが、透火はなにやら考えこんでいたようで気がついていない。
「透火!おい!」
傲岸不遜な性格のわりに無視されるのが嫌いな卿哉が声を荒げてもう一度呼びかけると、
「うん?な、なにかな?」
これまた普段は溌剌とした透火がやっと気がついたようで返事を返す。
「れ、例のパーティの件だけどな……参加してもいいぞ?」
「はあ…、まったく君というやつは…だから少しは有原家としての義務というものを…!本当かい?」
「ああ本当だとも。宴は何時からかな?」
「よかった…やっと君も自覚を持ってくれたんだね…おっと長々と話してる場合じゃないね、パーティは来週の19時からだから」
「わかった。いまから宴が楽しみだ」
「そこまで自覚を…最近はろくでもないことばかり起きてて滅入っていたんだがおかげで…グスッ、い、いかんな…目に埃が入ってしまったよ。それじゃ早速主賓の理事長達に連絡をしておくからさ」
予想外の弟の言葉に嬉しさが隠せないのか、いつもの調子を取り戻した透火がやや早足で駈けて行く背中を見送りながら、笑顔を維持したままの麻里沙が問いかける。
「どういった風の吹き回しですか?有原関係のパーティなんて今までご出席なさったことなんて無かったじゃないですか?」
「うん?なに、気が変わっただけさ。お前もその日の宴を楽しめ…ふふ、今から楽しみでしょうがない……ちゃんと夜、寝れるか心配なくらいだ」
「はあ…それなら期待しないで待ってますわ」
「つ、冷たくないか?」
様子を見て、また何かくだらないことを考えついたことを予測しながらも興味無さげな態度をとる妹は傷ついた兄の抗議をいつものように聞き流しながら『さて今日は宗兄様のところへ行けるかしら?』と実兄よりも慕っている義兄のことを考えていた。
有原透火は有原家の子供たちの中で一番年若である。 正確にはであったというのが正しい。
彼がアスター学園の中等部の頃に自分には弟と妹が居たということを知った。
一族の中で最も小さいということで彼は子供の頃から弟か妹が欲しいとよく母や父にねだっていたのだが、それは父が死んだことでその夢を叶えることは諦めざるを得なかったのだが、唐突にそれは実現した。
それも弟と妹が同時に出来るという彼にとって満点の意味で。
はじめて顔を合わせる日、その数週間前からまだ見ぬ弟と妹のことを想像しながら自分は兄として彼らに立派に接しなければと彼はますます勉学や運動に今まで以上の情熱で猛進することを誓い、現に現在までそれを維持し続けている。
だが初対面である兄と妹は彼が思っていたような関係になることを拒んだ。
兄はいつも敵意のある態度で接してきて、妹はその後ろに無表情で兄の影に隠れている。
有原の家の子としてそんな態度をとられたことの無い彼は最初こそ混乱したが、やがて成長していくうちにつれ、弟妹達の出生の秘密を知る。
それは誠実で真面目な彼にとっては些かショックなことではあったが、それでも彼はそんな弟妹達をやはり肉親として見ていた。
他の兄弟達がそう見ていないことに内心で心を痛ませながら、それでも自分だけはと弟妹達に接し続けていた。
その努力が実を結んでいるかどうかはわからない。
だが有原透火にとっては有原卿哉も有原麻里沙も彼にとっては大事な弟と妹なのだ。
その心根はいまだ変わらずに彼の中でしっかりと根付いている。
そしてパーティ当日。
卿哉と麻里沙は会場である学園内にある多目的ホールの入り口に立っていた。
「疑問に思うんですけど、学園主催とはいえお酒も出るパーティを学園内で催すというのはどうなんでしょうか?」
「ふん、学び舎で酒宴なんぞ、その程度の不道徳なんて何とも思っていないさ。どいつもこいつもくだらない業突く張りだからな」
あらかじめ透火が用意しておいた衣装を着た二人は忙しく会場内に入っていく人々を横目に見ながらそんな会話をする。
今回のパーティは理事会主催なので十分に着飾った紳士淑女達ばかりだが、その中でも学生の身分で参加するのは卿哉達だけだ。
だがその井出立ちはどの出席者達にも劣らない。
麻里沙は肩の見えるパーティドレスで上質な生地にセンスの良い刺繍がスカートに縫いこまれている。
見る人がみればパーティ主催者のどの参加者よりも金のかかっている代物だとわかるものだ。
一方卿也の方もシックな黒の仕立ての良いスーツを来て前髪をきっちりと固めている。
通りがかる女性客達がほうっと感嘆の声を上げるが、彼がそれに気づくことは無い。
隣にいる麻里沙と相まった美男美女の二人組を誰もが一度はチラリと視線を流していた。
「それにしてもお兄様がおとなしく透火さんの用意した衣装を着るとは思いませんでしたわ、てっきりいつもの珍妙な…いえご自身の趣味の服を着てくると」
「ふん、不本意だがドレスコードとやらで入場すら出来ないのではつまらんからな、何よりあの暑苦しい男にやいのやいの言われることがわかってることをおこなうのは面倒くさい…くそっ、入り口で待っているぞ」
言葉通り、透火がパーティ会場の扉の前に立っていた。 卿哉とはまた違うセンスの良い白スーツはそのスラリと均整の取れた身体によく似合っていた。
透火が二人を確認して駆け寄ってくる。
「よかった、ちゃんと僕の用意したのを着てくれたんだね、予備を用意しておいたけど無駄になったな…嬉しい誤算だけど」
「やはり予測されてましたね」
「…?何のことだい?」
「ちっ、なんでもない…それで俺たちの席はどこだ?」
自分のことを予測されていたのが腹立たしかったのか、それとも単純に恥ずかしかったのか卿哉が急かすが、
「待ちなよ、これが今日のプログラムだから確認しておいてくれ」
「なんだこれは?」
「なにってプログラムさ。今日のパーティの予定だよ…えっと、最初は理事長からの挨拶とその後に副理事長の挨拶、それとOB会の代表からの挨拶…それから来賓者代表の挨拶が続いて…」
「何回挨拶するんだ!まったくもって無駄の波状攻撃だな」
「まあこういったパーティじゃよくあることだよ、とはいってもそれに関しては僕も内心ではそう思うときもあるけどね」
「まったくこれだから形式主義ばかりで中身が無いんだ!」
「卿哉、それは違うよ。僕達の学園の理事長が学園の為に色々な人を呼んで感謝を表す。そうすることで色々な方からの応援が来るんだ。確かに煩わしいこともあるかもしれないけれどこういったことも大事なことなんだ。そもそも僕たち有原家だって…」
「ああわかった!わかったよ!」
また説教が始まりそうな雰囲気を察して卿哉が強引に話を打ち切る。 その姿を見て麻里沙が内心で苦笑する。
同じように透火も麻里沙とは違って表情でそれを表現している。
「あら、透火お兄様もご挨拶なさるんですね」
「あ、ああ…ま、まあね…一応…生徒会長だからさ、本当はこういった大人の方々達の前でするなんて恥ずかしいんだけど」
顔を少し赤らめながら照れ笑いをする透火の手から強引にプログラムを卿哉が奪いとって内容を確認する。
「ふん、学園生徒たちのトップに立つのだから仕方あるまい。そういったことをするのもまたリーダーの義務なのだからな」
「そ、そうだね…頑張るよ、卿哉達も見るつもりなのかい?」
珍しく卿哉が興味を持ったことが少し嬉しかったのか先程よりも喜びの勝った笑顔の透火に卿哉はニンマリと笑いながら、
「ああ生徒会長の晴れ舞台を生徒会の一員として拝見させてもらうさ」
「…!本当かい?これはますます緊張しちゃうな~」
「なに緊張する必要など無い、いつもどおりの高飛車な態度ですればいいさ」
「高飛車ってのは違うと思うけど…うん、頑張るよ!」
『絶対何か悪巧みを考えてますよね~』
長年一緒にいた妹でなくてもわかるくらいの悪そうな笑みを浮かべる卿哉に気づかないで素直に張り切っている透火の両方を見比べながら、
それにしてもどうして卿哉お兄様は透火さんとどうしてここまで気が合わないのでしょう? 少なくともこちらの損にはならないのですから表面上だけでも仲良くしてくれればいいのに。
多少は血がつながっているのだから似ているところもあるというのに。
たとえば鈍いとか鈍いとか変なところで鋭いくせにやはり鈍いとか。
内心のため息を隠しつつも二人の会話を黙って聞いている。
「そ、それじゃ僕は…色々と裏方の仕事があるから…挨拶のときにまた!」
会話もそこそこに切り上げて透火がその場を離れていく。
「…透火様も忙しい方ですわね、もう少し肩の力を抜いてもよろしいと思うのですが…」
生来の生真面目さなのか生徒会長としての立場もあるのか、麻里沙の言うとおり透火は学園の様々な仕事をこなしている。
それも誰かに頼まれたからじゃなく、自ら率先して。
特に虚栄心が強いわけでもなく、目立ちたがりということでもない。
有原の家に引きとられてから、ほとんどの兄弟に無視されてきた麻里沙達だが、透火だけはことあるごとに二人に話しかけてくる。
最初は無視をしていたのだが、あまりにもしつこいので会話をする程度の仲にはなっていた。
特に卿哉とは出会った時から喧嘩ばかりしている。 それでも妾の子と蔑んだり威張り散らしたりはしないので麻里沙にとっては有原の家の者たちの中では付き合いやすい人間ではあるのだが…。
そういえばこのアスター学園に来るように一番熱心に言ってきたのは透火さんだけでしたね。
あまりにも説得してくるので根負けして二人で学園に入学したのだ。 とはいってもこの学園が一番宗雄の家から近いというのが一番の理由だったが。
それにしても一体何が目的なのかしら? ああいう人間が一番利用しづらいんですよね。 何をすれば操れるのかわからないので。
「おい、妹よ」
「はい?何でしょうお兄様?」
「あまり透火のことをお兄様と呼ぶな。あいつは有原の人間なんだぞ」
いつになく真剣な顔の卿哉にやや戸惑いながらも、
「う~ん一応お兄様に当たりますからね~」
柔らかく言いながら受け流す。
「お前にとっては兄は複数いるかもしれんが、俺にとっては兄は宗雄兄だけだ。有原の家の人間は皆が敵だ。それを覚えておいてくれ」
「私にとっても兄は卿哉お兄様と宗雄お兄様だけですよ?」
「…ふん、わかってるのならばいい」
ああそういうことですの。 麻里沙は一人納得した。
私達は生まれてすぐに捨てられた。 いいえ、お母様のお腹の中にいたときから。
そして私達を見捨てた有原家。 私達を妾の子と蔑む有原家。
卿哉お兄様は本来なら有原の苗字を名乗ることすら腹立たしいのでしょうね。
もちろん私とて同じことですわ。 でもね?
少女は静かに目を瞑る。 横に居る愛すべき兄の心中を慮って。
でもそれ無しでは私達は生きていけなかったということも事実なのです。 有原という強大な権力とお金で私達は様々なモノを得ることが出来た。
それらによって私達はこうやってここに立っている。 普通の暮らしでは得ることの出来なかった有益なことを。
そしてそれらのおかげで本当に私達が愛しているたった一人のお兄様のお役に立つことができているのです。
…まあ、もっともどうにもやりすぎてしまうのであまり伝わってないんですけどね。
そして少女は閉じていた瞳を開く。
だからといって有原の人間として生きるつもりなど毛頭ありませんけどね。
私達はあくまで有原を利用していけばいいのです。 その財力を、組織を、そして全てを。
そして全てを利用し尽くしたら有原の家自体を潰せばよろしいのですから。
そう思えば隣にいる彼女の兄はやや直情的過ぎる。
それでも彼は少女にとってはこの世で数少ない愛する人であり、大切な人でもある。
それは血筋でも無く、生まれたときから一緒にいるという情ではなくて真っ直ぐすぎる性格であるがゆえに有り余る能力とそのカリスマ性を持ち、自らの力で立つ稀有な存在である彼の一番の理解者は実は少女自身でもあるのだ。
その孤高とも言える生き方に魅了されている少女はそっと隣の兄の指に自身の指を絡ませる。
「…色々と言い過ぎたな、すまん…お前が心配なだけなんだ」
それだけでわかってしまう兄の横顔を見て少女は一つ気づいた。
ああもう一つ透火さんと似ているところがありましたわ。
性格は真逆かもしれないが、根本のところでは素直で、妙に可愛らしいところがあるということに。
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