2章『黒怪人と銀色騎士 プロローグ』


「さあ我が精鋭たちよ!持ち場に着け!そして作戦を開始するのだ!」


 そのスラリとした体型に合うように顔が小さいため、サイズの合っていないヘルメットを抑えながら少年は高らかに宣言した。


 後ろには資材がきちんと整頓して置かれ、少年の前には同じようにヘルメットを被った作業者たちが立ちすくんでいる。


「むっ?どうしたお前たち、そんなキョトンとしていては我が深遠なる計画を達成させることは出来んぞ!今一度言おう! さあ我が忠実なる部下たちよ、戦いに赴ブキュッ!」


 突然後ろから叩かれて少年は空気で音を発するおもちゃのような声を上げる。


「な、何をするのだ!宗兄よ、これから出撃だというのに…これでは士気が高まらんでは無いか!」


 ヘルメットがズレて視界をすっぽりと覆われながらも彼は誰が叩いてきたかを正確に気づき、抗議の声を上げる。


「お前こそアホか!たかが設営の準備の為にどれだけ仰々しい朝礼をかましてるんだ!」


 少年を叩いた男は、彼や彼が部下と呼んでいた者達と同じ作業着をつけ、しかしヘルメットはキッチリとアゴ紐で固定している。


「し、しかし…こういうことは士気を高めるためにも重要でボスとして…」


 また無言でヘルメットの上から遠慮なく叩かれる。


「誰がボスだ!今日の現場責任者は俺!お前は今日は見習い研修として作業に従事してもらうと言っておいただろう!」


「お、俺はトップなんだよ、指示する側じゃないか!」


 二度も叩かれたことで普段の厨ニめいた振る舞いを忘れて、完全に兄貴に怒られている少年になってしまっている。


「確かにお前はわが社のトップだけどな、現場に入ったことのないトップなんてそうそう居ないんだよ!ただでさえうちは社員少ないんだから、全員現場に入れるようになってもらうことになってんだ」


 そうなのだ。 確かに若干十七歳でありながら少年こと有原卿哉は会社の取締役である。


 少し前に少年の兄貴分である佐原宗雄が働いている倒産寸前だった会社を彼と彼の妹が買い取り、自らそれを率いることにしたのだ。


 その並外れた行動の影にはそれを可能とする資金力と行動力を兼ね備えた彼は類まれな人間であることは間違いないだろう。


 だが今はその兄貴分である宗雄にガチ説教されて少し不貞腐れはじめている少年だった。


「そうよ、取締役として現場に立たなければと言うから少しは見直したというのにまさかいきなり総監督として登場しようとするなんて、本当に豪快というか無鉄砲というか…」


 宗雄の横に立った女性が困ったように目を瞑りながら腕組みをしている。


 彼女は卿哉達の会社の同僚である熊原涼子で、会社内では卿哉に宗雄以外で唯一渡り合える存在である。


「あら、確かに他の業者さん達にも監督としてやらせろと言い出したことは困ったものですけど、少しでも宗兄様のお役に立ちたいと言うのは殊勝な心がけだと思いますわ」


 涼子の逆隣にはウエーブの掛かった長い髪をした美しい少女がその柔らかい表情で口を挟んでくる。


 卿哉の双子の妹である麻里沙である。


「手伝ってもらうのはありがたいと思うわ。手伝っても・ら・う・ならね!でもいきなり現場にしゃしゃりでて他の会社にも迷惑かけてもらっちゃ困るのよ」


「それを言われると…さすがに私も何も言えませんわね」


 昨日、急に自分も現場に出るといった卿哉は恐るべきことに今日の現場で共に働く業者達の会社に直接赴いて、自分に指揮をさせろと直談判しにいったのだ。


 それを当日別の業者から聞かされた宗雄達はすぐに卿哉が出向いた会社に謝罪行脚をする羽目になってしまう。


 幸いなことにどの業者もさほど怒ってはおらず、むしろ卿哉の熱弁と彼自身が持ってきた作業計画を見たことで中々頼もしい新人さんですねと言ってくれる人もいた。


 だがそれは許されないことだ。 


 仮にそれが今日の現場にプラスに働くことになるとしても、そんな常識はずれが許されるはずもなく、いま現在、卿哉は宗雄達にものすごく怒られていた。


「もういいよ!宗兄のバカーー!そしてお局の年増~!」


 半泣きで現場を走り去ってしまう。


「なんでやることは豪快なのに、へんなところでガキっぽいんだ」


 あきれ気味の宗雄の袖口を誰かがちょいちょいと引っ張る。


「申しわけありません宗兄様、兄には私からよく言っておきますので…」


 大変もうしわけ無さそうに麻里沙が身を縮めて謝ってくるので、宗雄もそれ以上は何も言えず、困ったようにため息をつく。


「まあ、あいつにはしばらく頭を冷やしてもらうとして、涼子さん…すいません、あいつが迷惑かけた分は自分が働きますのでどうか許してやってください。それとあとで他の業者さんたちにもあらためて謝罪に行ってきます」


「大丈夫よ、もうあの子の極端な行動に慣れてるから、切り替えて作業を始めましょう」


 そう言うと涼子はテキパキと指示を出し始める。


 作業者達もすでに涼子と同じように取締役の奇行には慣れきっているので、特に大きな混乱も無く作業を開始する。


 宗雄も仕事に取り掛かかろうとしたところで、


「ああ、それと佐原君」


「はい?なんでしょう?」


「二十代後半は年増って言うのは間違ってるってことはあの子には絶対に伝えておいてね!」


「は、はい…わかりました」


 卿哉よ、微妙な年齢の女性にやはり年増は不味いだろう。


 涼子さんの機嫌がなおるまではしばらく会社に卿哉を来ないように言っておいた方がいいな。


 そう決断する宗雄の後ろで、


 『まあ年増というのもあながち間違いではないと思うのですけど』という言葉が聞こえた気がしたがきっと気のせいだろう。


 うん、きっと気のせいだ。


 そう思い込んで彼は今度こそ仕事に取り掛かるのだった。

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