かつての人形少女は厨二隠蔽を決意する

 かつて私は世界で一人でした。 


 大きなお家に大きなお庭に私達にかしづいてくれるメイド達。 そこには沢山の物で溢れてはいましたけれど、それでも私は一人だったのです。


 家族は居ました。 兄が一人。 しかし兄は自身の産まれを忌み嫌い、それを体現するもう一人である私を疎んじていた。


 それでも唯一の肉親である彼と私は常に一緒だったのです。 


 そうしていなければ私自身が何者で、どうして生きているのかを実感することができなかったのです。


 迸放に感情を吐露する兄と共にいることで、同じ思いを共有する彼に私自身の感情を任せていたのでした。


 そして私は兄とは対照的に感情を封じ込めます。 


 私にはそれが必要無い。 それは兄であるあの人が代わりに表現してくれるのですから。


 そうしているうちに私の精神は徐々に萎えていき、そして死んでいきました。


 人形のように。 心を無くし、感情を無くし。


 あのまま行っていたらどうなっていたのでしょう?  


 時々想像することはありますが、怖くなって途中でやめてしまいます。


 だって私はもう一人ではないのですから。 もう一人の兄と出会ったことで私は人形になることをかろうじて回避し、また移し身である本当の兄もまた人へと戻れました。


 あの人はまるで物語に出てくるヒーローであり、御伽噺に出てくる騎士様のようでもありました。


 私達を捕えていた檻から解き放ってくれたのですから。


 もっとも最初はそれに抵抗しました。 兄は特に…ね。


 解き放たれた私達と彼はその後何年も共に過ごし、人形へと代わりつつあった私を少しずつ癒し、人間へと変えてくれたのです。


 この甘やかな日々をどうか永遠に…。 


 そう願う私に運命は過酷でした。 


 ええ、他の方たちから見れば何を夢みたいなことをとお笑いになるでしょうが、当時子供であった私にはそれはそれ意外に思えなかったのです。


 お父様の死。 一度か二度、もしかしたらもう少し多かったかも知れませんが、あったことのあるあの方の死など遠い出来事のように現実感がありません。


 ですがそれは現実に私達の周囲を変えていき、お家のメイド達がひそやかに話していた噂を聞きつけた私はそれから逃れる為に家を飛び出しました。


 『卿哉様達は有原の家に迎え入れられるそうです』


 『それではここから離れるのでしょうね』


 有原の家がどこにあるかは存じていませんでした。 しかしここから離れることになるという言葉に私はひどく怯えました。


 ここから離れる。 それは宗兄様とも離ればなれになる。 


 なんて恐ろしいこと。 そんなことは絶対にしたくない。


 しかしまだ子供である私や兄、そして宗兄様にはどうしようもできないことだということも理解していました。


 だから私は逃げたのです。


 愚かで無垢である以上、それくらいのことしか出来なかったことを当時は悔しく思ったものです。


 私が逃げた先は近所の公園。 よく兄様と宗兄様と遊んだ公園の砂場に設置された小さなトンネルの中でうずくまっていました。


 か細い気持ちと理不尽な現実への悲しみ。 そこでへたり込んでいる私を最初に見つけてくれたのはやはり宗兄様でした。


「ここに居たのか…」


 夕日をバックにトンネルの入り口を覗き込んだ宗兄様。 すぐ後ろには私を駆け回っていたのか息を切らした卿哉兄様。


「ここから離れたくないの…お兄ちゃまと一緒に居る!」


 そう泣きじゃくって宗兄にしがみつく私を卿哉兄様も泣くのを必至で耐えんがら見ていました。


 でもそれは無理。 いずれ大人の誰かが来て私達を引き離してしまう。


 わかるからこそ慟哭する私と、兄である責任感を持ち始めていた卿哉兄様も拳を力一杯握り締めて何も言えないでいました。


「わかったよ」


「えっ?」


「俺も一緒にいくよ。ひとまず真理沙も卿哉も有原さんちのお家に行こう。お父さんに最後に会いにいこうよ」


「はい…」


 それがどれだけ当時の私達を救ってくれたか。 


 なんでもないことのような宗兄様の物言い。 不思議と宗兄様にそういわれると勇気が湧いてきて、私は素直にそう返事が出来ました。


 そして遅れてきた有原の使いの者に同じような子供であった宗兄様は同行を願い出ました。


 私達もそれをお願いしました。


 あんなに誰かに強く願ったのは生まれて初めてであまりにも興奮しすぎて気絶しそうになった私に使いの者も渋々と受け入れました。


 そしてその後に私達の関係を永遠にしてくれたことがあったのです。


 それは強い絆。 他の誰にも邪魔の出来ない私達とあの人を繋ぐ強固な鎖が。





「宗兄さま…怒ってらしたわね」


「気にするな、やがて宗兄も気づいてくれるだろう。第一、奴らなど信用できんのだからこれは仕方ないことだ」


 そう言いながらもパソコンのキーボードを打つ卿哉の顔は渋い。


「そうですわね…涼子さんの仲間である社員達が協力してくれるとは思えません」


「その通りだ、他人など信用できん。それがわからんから宗兄はいかんのだ。俺がこの世で本当に信頼できるのはお前と宗兄だけだからな…」


「ええ、私も同じですわ。人は簡単に裏切ります。利益以外にも感情で」


「そうだ、だからこそ信用などしてはいけないのだ。宗兄はそこが甘い。本当にあの人のことを考えてるのは俺たちだけだと知らしめなければ」


「だからといって露骨に態度に出すのは早計ですものね」


「しかり、愚民どもはせいぜい楽しませてやればいい。そこが面倒くさいとこだがそれゆえに面白い……早く本番がきてほしいものだ」


「ですがお兄さまの趣味は前面に出しすぎませんようにしてください」


「何を言う妹よ…この有原卿哉の演出に間違いなどない。せいぜい愚民のタマゴどもを熱狂させてくれるわ」


「だといいのですけれど…お兄さまの趣味は子供っぽいんですから…あっ、お兄さまその巨大ロボに搭乗する案は却下ですわ、予算がまるで足りないです」


「……まったく、金はあるのに使えんとは業腹だな。こんなはした金では俺の理想を体現するにはほど遠い」


「ですがそれを貫徹してこそのお兄様なのですから、頑張ってくださいまし」


「うむ、この程度のことが出来ないようでは有原卿哉の名が泣くと言うものだ。仕方があるまい別の方法を考える。資材の調達はお前に任せるぞ?妹よ」


「お任せください、いまは手の者に声をかけていますから」


「はっはっは本番が楽しみだ!あの熊原とかいう女も排除でき、なおかつ宗兄に我が実力を見せつけられるのだからな!」


 会社の2階に作らせた特注の仕事部屋兼社長室に卿哉の笑いが響く。


 時間が足りなかったですからいまはしょうがないですが、早く防音に改良しませんとね。 お兄さまのこの病気が社員に知られてしまえば士気にも関わりますから。


 自信満々に騒ぐ兄を横目に内心のため息を耐えて真理沙は優先事項のトップに『社長の厨二病の完全秘匿』を脳内に書き記したのだった。

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