対決方法の決定、そして彼は無視される。

「別に構わないわよ、私は」


 どう説明しようかと悩んでいたのが馬鹿らしいと思えるほどに涼子は彼の提案にあっさりと乗った。


「い、いいんですか?」


「ええ…よくよく考えてみればあの子達の言いなりになるのも諦めるのも癪だしね…それに私自身が頑張れば状況を変えられるなら乗らない手はないわね」


「ほ、本当にいいんですか?」


「そっちが言い出したことじゃない。それに佐原君が頑張ってその条件を引き出してくれたんですもの私だけ逃げ出すことなんて出来ないわよ」


 強気に笑う涼子に何か胸が熱くなるのを感じ、彼自身も迷いを捨ててこの勝負に全力をかけることをあらためて誓った。


「わ、わかりました…俺も全力でサポートさせていただきます」


「ええ、よろしくね」


 お互いに手を差し出して固く互いの手を握り合おうとするが…、


「だがさせんぞ!ていっ…わぁ~!」


 阻むように誰かが身体ごとなだれ込んできて…二人の間に倒れこむ。


「うわっ!」


「きゃあっ!」


「ぐっ…、ふっふふはははは!邪魔してやったぞ邪魔してやった!」


 魔王のように狭笑するが実際は二人の間でまるで土下座するように地面に横になっているだけなのだが、それでも彼にとっては痛快だったようで足元で大笑いしている。


「お兄さまったらほんとにどじっ子さんなんだから」


 そんな兄の痴態を微笑ましい表情をしながら真理沙がやってきた。 手にはいくつもの書類を入れたクリアファイルを持っていた。


「女よ…我等が兄と手を繋ごうなどはこの有原卿哉の目が黒いうちは絶対に揺るされぬモノと知れ!……ああというわけで宗兄手を貸してくれないか?」


「いや、自分で立ち上がれよ」


 弟の厨二的言動に顔を赤らめながらにべもなく言い放つと、


「そ、そんな…宗兄が俺を見捨てただと! 嘘だ…嘘だ~~!」


「あの…佐原君、してあげてくれる?」


「あっ、わかりました」


 往来のど真ん中で端正な美少年が叫んでいる姿は通行人の耳目を集めているようで人だかりができつつあった。 


 このままでは会社の評判が落ちるということと、自らが恥ずかしかったのか、困ったように顔を赤らめた涼子の願いに宗雄も仕方なく応じる。


「何なんだよ、その顔は…」


 仕方なく卿哉の手を取って立たせてやると、彼はこれでもかと言わんばかりのドヤ顔を涼子に見せつける。


「どうだ女よ!三千世界を探してもこの兄に手を取ってもらえるのは広く俺一人…むぎゅっ!」


「話が進まねえだろうが!」


 調子に乗りすぎな弟に宗雄の教育的指導の拳骨が入った。


「はい、それでは茶番が終わったところで勝負の方法を話しはじめましょうか」


 悶絶する兄を無視して妹の方は二人に資料を手渡す。


「な、なんだというのだ…この有原卿哉を妹までかような扱いをされるとは…」


 大げさな態度で嘆く卿哉を尻目に三人は資料に目を通す。 チラリとこちらを見るが、すでに彼の存在を誰も歯牙にも触れていない。


「な、なんだよ…くそっ!もう知らんからな!」


 三人に背を向けていじけるが、それでも三人は何の反応を示さなかった。


「場所は比企戸小学校の運動会でステージを二つに分けるのね」


 資料に目を落とした涼子がそう呟くと、


「はい、ちょうど赤組と白組に分かれますので、勝負としてはわかりやすいかと…」


 ニコニコ顔で真理沙がそれを補足する。


「なるほど…そして運動会終了後に児童達にどちらが良かったかを投票してもらうわけだな」


「さすが宗兄様、その通りですわ!」


 胸の前で手を組んで、彼女の尊敬する兄を褒めちぎる。


「勝負の方法はわかったわ、投票は児童だけというわけね」


「はい、子供達は大人と違って義理も空気も読みませんから公平な勝負になりますわ」


「もちろん演出はこの俺が担当する!これでいくら宗兄が相手だろうと俺達は必ず勝つだろう!」


 散々いじけアピールをしても誰も相手してくれないことにやっと気づいた卿哉が自分の出番だと言わんばかりにここぞと話に入ってくる。


「それでは詳しい内容は会社の中で話しましょう」


「ああそうだな…」


 ぞろぞろと社内に入る。 ふんぞり返った卿哉を置いて。


「お、おい…お前達、特に女や宗兄だけじゃなくて麻理沙まで俺をなぜ無視する!」


 若干涙声の卿哉が抗議するが宗雄は反応を返さない。 妹の真理沙でさえ。


「ね、ねえ…あの子に少し返事してあげたら…」


「相手にすると調子付くので」


「お兄さまがいると話の腰が折られ続けますから…」


「く、くそっ…覚えてろよーーーー!」


 やられ役のような台詞が沢原企画の前でむなしく木霊した。

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