弟妹の反発、そして対決へ

「熊原さん!すいません、解雇のことは必ずあいつらに撤回させますから!」


 無言で乗り込んだ涼子の車の助手席に転がるように入ってきた宗雄は開口一番、そう言ったが彼女の強張った顔は直らない。


「いまは仕事に集中しましょう。佐原君、行くわよ」


「は、はい…」


 走り出した車の中は無音だった。


 宗雄の方でも何か言おうとはしたが、彼女に理不尽な解雇を告げたのはある意味自分の身内なのでどう口を開けばわからないので、何か言おうとしては止め、またなにか言いかけてまた閉じる。


「佐原君、大丈夫よ…でも今は何も言わないで」


「……わかりました」


 窓を閉じた車の中は気まずさで満たされ続ける。 しかし宗雄はなるべく平静な態度を崩さないように努力する。


 せめてそれくらいはしていないと罪悪感に耐えられそうになかったからだ。




「槙原さんとこの案件、キャンセルされなくて良かったわね」


 交渉の帰り道、まだまだ重苦しい雰囲気の中で彼女はそう呟いた。 先程二人が向かっていた場所は近所の商店街で、槙原という男はその商店街の中で代表をつと止めている。 


 年齢は四十台になったばかりの高齢化が続く商店街の店主の中でも比較的若い人間で、少し前までは大手のデパートで働いていて、自分が育った場所が荒廃していくのに耐えられず仕事をやめ、親の店を継いだばかりながら精力的にかつての活気を取り戻そうと努力を続けている人だ。


 熊原と佐原は会社が事業を停止すること、その後は新しい社名と経営陣で依頼を引き継ぐことを知らせると残念そうな顔を浮かべながらも


「でも熊原さんとか他のスタッフさんも居るんでしょう?それならきっと大丈夫ですよ」


 逆にこちらを励ますようなことを言ってくれた。


 しかし今までに彼と何度も打ち合わせをしてきた涼子が解雇されるということを言うことが出来ず、二人とも出来るだけ平静な態度で、


「もちろんです…全力でバックアップさせていただきます」


 とだけしか答えられなかった。


 その帰り道、胃がキリキリとしてくる感覚と弟妹達の自分勝手に悩む宗雄に涼子が先程の言葉を発した。


「そ、そうですね…頑張っていきましょう!……俺達二人で…」


 最後の言葉は小さかった。 


 しまったもっと明るく言えばよかったと後悔したが、すでに遅く痛恨な顔をした宗雄を見て、


「馬鹿ね…気にしなくていいのに」


 と優しく笑ってくれた。 


「す、すいません…」


 宗雄は謝罪する。 それは何について謝ったのか? 


 自分の身内の傍若無人だろうか? それとも気の利いたことすら言えない自分にだろうか?


 わからない。 ただ泣きそうな顔をしている宗雄に苦笑しながら


「大丈夫よ、これで全て終わりじゃないもの…私、結構たくましいのよ」


 逆に励まされるようなことを言われ逆に恐縮してしまう宗雄を一度見た後、前を向いて、


「思い出したのよ、前もこんなことあったななんてことを…ね」


「そ、そんなことが…?」


 まだ短い間でしか付き合いは無いが、意外に思えた。


 確かに彼女は気が弱い方ではないが強情な依頼者との交渉でも穏和な態度を崩さず粘り強く交渉を続けていき最終的には相手を納得させられる人間だからだ。


「一番最初に入った会社でね、パワハラが横行しててそれが原因で私の後輩が会社を辞めたの…若かったのね、上司や社長に直談判したらあっさりと懲戒解雇されちゃってさ…後輩の子にも迷惑かけちゃったし、同僚達にも余計なことをするななんて言われちゃって……あの時は参っちゃったわ」


 そうおどける様な言い方がかえってその時の心情が見て取れた。


「ねえ…佐原君、仕事って何なんだろうね?」 


 寂しそうなその問いかけに彼は何も答えられない。


 彼も彼女も仕事をしていくうえで少しくらいの理不尽や納得いかないことはいくつもあったが、それでも仕事を円滑に進めていく上で飲み込み、我慢してきた。


 だが今回は仕事を任してくれる会社から言われたことだ。 正確に言えば彼の弟妹達にだが、社長と取締役として言われているので同じことだろう。


「大丈夫ですよ…俺がなんとかします」


 決意を持って出した宣言に、彼女は


「……そう」


 とだけ返しただけだった。




「……お前ら言いたいことはわかってるよな?」


 宗雄の自室の床に兄妹は正座して座っている。 


 二人とも大人しく座ってはいるが、彼に対して決して視線をあわさず、納得がいかないという不満を全身で表現していた。


「……宗兄様がなぜ怒っているのか理解できません」


 悲しそうに俯きながら、少し涙目にもなっているように見えるが普段のことを考えると嘘泣きの可能性が否定できないところがつらい。


「……そうだ、理由は明白、解雇後のこともちゃんと配慮した。あの女に感謝こそされ、こんな風に怒られる覚えなんて無い」


 宗雄が睨みつけるが、平素とは異なり逆に睨み返す。 この状況がよほど腹に据えかねているようだ。 


 これは普通に言っても聞かないなと判断した宗雄は座り込む。 そして視線を彼らと同じ高さにして懇々と諭すような口調へと切り替えた。


「会社のことはもういいよ、なっちまったものはしょうがないしな、しかし熊原さんの解雇だけは撤回してくれないか?」


「断る!」


「…そこが一番譲れないところです」


 二人ともにべも無い。 そんなに彼女の態度が気に入らなかったんだろうか? 


「……何でだよ、ただでさえうちは忙しかったのにあの人が居なくなったら業務まわらないんだぞ」


「業務がまわればよろしいのですね」


 弱りきった宗雄が出した言葉を目ざとく真理沙が拾う。


「い、いや…そういう問題では…」


「確かに聞きました。あの方が居なくなると業務が滞ると…お兄さま、聞きましたよね?」


「うむ…確かに聞いた!なればあの女が居なくても業務がまわれば問題ないのだな!」


 くそっ! 言葉尻を捕らえられた。 どうやって説得すればいいんだろうかと思ったところでふと待てよと思う。


 これはある意味好都合じゃないだろうか? どうせ口で言ったってこの弟妹達は彼女の解雇を撤回しないだろう。 


 そうなるとこういう方法で折れさせれば渋々ながらも認めるだろう。


「…まあ、そうかもな」


 宗雄の肯定を聞いた二人の顔が輝く。 


「だが条件はある。仕事である以上絶対に最後まで投げ出さないこと、それにちゃんと利益も出すことだぞ…いくら金をかけたところで利益が出なければ会社として成り立たないんだからな」


「望むところだ!経営者である以上損失を出さずに利益を出すのは当たり前のことだからな…だてに会社をこの歳で経営しておらんわ」


「私も同じ気持ちです。それでは負けても恨みっこなしということでよろしくお願いしますね」


 一応釘を差しておくが、それすら自分達にとっては都合が良いと言わんばかりな態度に少し軽率だったか? という不安も湧くが仕方が無い。


 それに少しこいつらにも頭を冷やさせないとだし…。 あとはあの人がどういうだろうか?


 当人不在のうちに勝手に決めたことを明日どう報告しようかとすでに買った気でいる弟妹達を尻目に彼は頭を抱えていた。

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