4.技術進化の壁理論 その2

「みなさん、私の研究室へようこそ。先進科学者アドヴァンスト・サイエンティストのテレスです」

「……アリスでぇす」

 今回も黒板の前にはアリスとテレス博士が立っているが、黒板は前回のままであった。つまり、テレス博士が「技術進化の度合いを表した」といった曲線が描かれていた。

 そして、心なしかアリスが俯き加減だ。

 そんなこんなの4回目。さてさてどうなりますやら——


                 ◇


「アリス、どうしたの? 随分とテンション低いじゃない。いつもの元気は何処へ行ったのよ?」

「だって……いっつもいいところで終わっちゃうんだもん。ずーっと、さぁ盛り上がって参りましたってところで『また来週!』みたいな感じじゃないですかぁ……。今回もそんなだったら、嫌だなぁって。昨日の夜だって、気になって眠れなくって寝不足なんですよぉ」

「あら、そうだったの。でも、今回は大丈夫だと思うわよ? ま、保証はできないけど。……それじゃ、気を取り直して、早速前回のおさらいから始めましょう。アリス、この曲線は何だっけ?」

「それは『技術進化を具現化した曲線』です。水平軸を時間、垂直軸を技術進化の度合いとしたときに、描かれるものでーす」

「ハイ、よくできました。……で、私がこの垂直線のことを話そうとして時間切れになっちゃったのよね」

 テレス博士は前回同様、曲線にすれすれに立てられた垂直線をこん、と叩く。

「そーですそーです! ……はかせぇ、結局その線って何なんです?」

 テレス博士がいきなり生真面目な顔になって、アリスの耳元で囁いた。

「……人類滅亡……」

「はいっ? ……どどど、どーゆーことですか!」

「言った通り。人類が滅んでしまう瞬間——」

「がーん! 世界の終わりだぁ!」

 更に言葉を続けようとしたテレス博士の言葉を遮って、アリスが目をまん丸にして大騒ぎし始める。

 わぁわぁわめき続ける助手に、さしもの博士も苦虫を噛み潰したような顔になり、手にした一斗缶を見舞う。

 ぐわん——

「……はかせぇ、一体何処からそんなもの出したんですかぁ?」

「ヒ・ミ・ツ。……それより、人の話を聞けぃ、このおてんこ娘! よく見てご覧なさい、この曲線とこの垂直線は接していないの。だから、この垂直線は技術進化曲線の漸近線と考えると分かりやすいと思うわ」

「ぜんきんせん……。じゃ、限りなく近付くけど、接することはないんですよね?」

「それは分からない。アリスも言ったけど、限りなく近付いては行くわよね? だとすると、極限を考えるとそこに収束してしまうんじゃない?。……限りなく垂直に近付いていく技術進化曲線、危ういとは思わない?」

「思いますぅ」

「そうよね。今まで話してきたのがアインシュタインの提唱した『技術進化の壁理論』なの。文章で表すとこんな感じ」

 テレス博士は黒板に触れる。

 前と同じように黒板の一部が反転して白くなると、そこに文字が浮かび上がった。


『——文明及び技術の進化を曲線、時間を直線と表した場合、それに対して急激な加速度を伴う増加を示し、時間の定点xから垂直に伸ばした直線を漸近線に捉える可能性がある。時間が限りなくxに近付くとき、文明と技術の進化曲線は限りなく垂直に近付く。しかし、時間の定点xには確実に到達する。そのとき、文明と技術の行く末は如何なることになるのか。進化曲線はxを超えては存在し得ない。故に、これは文明の終焉を意味する可能性が高い——』


「……はかせぇ、長すぎますよぉ……」

「そう言わないの。……これは奇跡の年1905年にアインシュタインが発表した『文明と技術に於ける時間による加速度と終末の考察』という論文の中で提唱されたもの。原文のままよ? ……この論文も相対性理論も発表された当初は鼻にも掛けられなかった。相対性理論の方はマックス・プランクによって引き上げられ、次第に認められていった。でも、もう一方の技術進化の壁理論は余りにも荒唐無稽すぎて、誰にも受け容れられなかったの」

「ありゃりゃ」

「そりゃ、そうよね? いきなり、文明の終焉とか論文に書かれても、読んでる方は『何書いてんの、コイツ?』になるのも無理ないわ。……でも、転機は訪れた。それは1908年、ライプツィヒの分析哲学者ヴォルフラム・ガングがこの論文を掘り起こし、アインシュタインに連絡を取ったことが発端となり、科学者ではなく哲学者を中心にじわじわと広がっていったの」

「え! 科学者じゃなくって哲学者たちに?」

「ええ、そうよ。ちょっと面白いでしょ? で、アインシュタインとヴォルフラムが立ち上げたフォーラムが『技術革新の隠し場所inovation cache』だったの。そこには哲学者に混ざって科学者たちもいたわ。表だっては賛同できないけど、興味は尽きないってね」

「へぇぇ」

「『技術革新の隠し場所inovation cache』が立ち上げられたのは1909年、『別に秘匿活動をしていた訳でもないのに、何だか秘密結社のような感じだった』——後年、ヴォルフラムはこんな風に述懐したらしいわ。そうなった理由は技術の進化をコントロールしようとしていた、からかしら」

「どうして、そんなことを? ……ていうか、そんなことできるんですか?」

「理由は単純よ。『進化が早すぎるというのなら、それを遅らせればいい』……シンプルでしょ? で、コントロールの方法も簡単。発見者、発明者が今の時代にそぐわない、と感じたものが一旦ここに集められた。彼らは先進科学者アドヴァンスト・サイエンティストと呼ばれた。ただ、これは自己申告だったから、名声を浴びたい科学者たちは『技術革新の隠し場所inovation cache』なんかまるで無視して発表したそうだから」

「そっかぁ! 彼らが私たちの先輩たちに当たるんですね! ……あれ、もしかして、その『技術革新の隠し場所inovation cache』って……」

 何かを考えついたようなアリスだったが、テレス博士がその口を後から塞ぐ。

「もが……もが! ええうああえーテレスはかせぇ!」

「ダメよ、アリス! それはこの次話すんだから!」

「ぷはぁ! んもー、わかりましたよぉ! ……でも、今回は一区切り着いたんでよし、としますっ!」

「そう言ってくれると助かるわ。それじゃ、みなさん、ごきげんよう!」

「まったねー!」

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