先進科学講座 総論

1.先進科学者って?

「みなさん、私の研究室へようこそ。先進科学者アドヴァンスト・サイエンティストのテレスです」

「アリスでーす!」

 黒板の前には二人の女性。

 右側のすらっとした長身で、ロングヘアーがテレス博士。

 隣にいる、もう一人のちびっこいツインテールがアリスである。アリスはテレス博士のところに転がり込んできた押し掛け助手だったりする。


「コホン」と一つ咳払いをしたテレス博士の眼鏡がきらりと光る。

「本日より、私ことテレスが先進科学アドヴァンスト・サイエンスについてのお話をすることになりました」

「で、博士、今日は何のお話をするんですか?」

 アリスは後ろ手に首を傾げる。

「いい質問ね、アリス。今日はこれ」

 人差し指を立てたテレス博士はくるりとその場でターンすると、かっかっかっとチョークを滑らせ、程なくぱんぱんぱんと両手を払う。

 黒板には——


 先進科学者アドヴァンスト・サイエンティスト


と書かれていた。


「まずはこれ。これを説明しないと、私たちが何者かってことも分からないでしょう?」

「なるほどぉ、自己紹介を兼ねてるってワケですね!」

「そうね。……先進科学者アドヴァンスト・サイエンティストっていうのは、現在の科学の範疇から逸脱した研究や発明、発見を行っている科学者たちのことをいうの。……まぁ、私もそうだけど、世界中には案外と沢山の先進科学者がいるのよね」

「フツーの科学者とは違うんですか?」

 テレス博士の言葉に、アリスが首を傾げる。

「違うって言うよりは、物事に対するスタンスの違いかしら。……例えば、私たちの間では時間は時粒子タキオンに支配されているとか、重力は重力子グラビトンに支配されているってことは、至極当然の事実でしょ? でも、アリスの言う『フツーの科学者』さんたちには、『何言ってンだ、お前』って言われちゃうワケ」

「ふーん」

「時粒子は今から約30年前、重力子に至っては約50年前に発見されているのに、未だに現在の物理学会じゃ認められていないのよ。……まぁ、これにはちょっとした事情もあるんだけど」

「事情? ……ねぇ、テレス博士、その事情って何なんですか?」

「……」

 テレス博士は中指で眼鏡のブリッジを押し上げたまま黙っていた。


「博士ってばぁ」

「……ま、それは追々話していくわよ」

「えーっ! そんなぁ。だって、先進科学者アドヴァンスト・サイエンティストの技術を使えば、色々と便利になったりするんでしょ? だったら、どーしてフツーの科学者さんたちは認めてくれないんですか? そんなの絶対おかしいよ!」

 アリスは頬を膨らませて不平タラタラである。


「だからぁ、後から話すって言ってるでしょ! ……でもまぁ、じゃぁ、一つだけ。理由の一つは『現在の自分たちの立場を守る為』かな?」

「それって?」

「それはね、今迄自分たちが築いてきたもの、守ってきたものが壊れて無くなってしまうから。言ってしまえば保守的衝動ね。……藪から棒に出てきたものに自分たちの領域を侵されたくないのよ。これは人間……いや、生物学的に考えても間違っていない。でも、それ以上に大きいのは利害も絡んでくるからかもね。もっと簡単な言い方をすれば、『儲けがなくなってしまう』からかしら?」


 首を傾げたままのアリスにテレス博士が続ける。

「昔々のことだけど、日本って国であった薬のお話をしましょう。アリス、『丸山ワクチン』って知ってるかしら?」

「知らないでーす」

「……でしょうね。この『丸山ワクチン』って抗がん剤としてはとても優秀な臨床成績を収めたにも関わらず、認可されることがなかったの」

「どーしてですか?」

「それはね、それまで発売されていた抗がん剤が売れなくなってしまうから」

「……」

「丸山ワクチンが認可されて市中に出回ると、その元々あった抗がん剤が売れなっちゃって、それを作っている人たちが困るってわけよ」

「……うわぁ、大人の事情だぁ……」

「そうよね。……ちょっとアリス、そんなにどんよりしないの。例えがちょっとアレだったけど、私たち先進科学者アドヴァンスト・サイエンティストの技術も似たようなものなのよ」

「うう……だからテレス博士はご近所さんに『狂科学者マッド・サイエンティスト』とかって呼ばれてるんですね……不遇だぁ」


 肩を落とすアリス。その肩に手を置いたテレス博士が、ウインクしながら人差し指を立てた。

「でもね、アリス。それだけじゃないのよ。私たちの技術が日の目を浴びないのは他にもちゃんとした理由があるの」

「——!」


 俯き加減だったアリスの顔が、勢いよくテレス博士に向き直った。

「よし、いい子! ……でも、それはまたこの次ね!」

「えー、つまんないの!」

「そう言わないの。ちょうどお別れの時間にもなっちゃったし」

「はぁーい。……それじゃ、みなさん、まったねー!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る