19.「いいから人を寄越せ」

 比良賀さんに窓口を一本化するという件はその後、上層部を通じて発注元企業に要望として伝えられ、承認された。


 もちろん、会議などには伊佐崎も出るし、他の担当者もこれまで通り出席をする。しかし、これまでのように各部門の担当者が個別に話をする形は避け、俺と比良賀さんがそれぞれの会社の意見をとりまとめるという形が取られた。


 この時、比良賀さんもあれこれと根回しをしてくれていたらしい。個人的に連絡を取ったところによれば、DMプロジェクトを問題視していた対立派閥から圧力をかけさせたとか。比良賀さんは伊佐崎の直属ではあるが、生え抜きというわけではなく、あちこちに顔が効くようだ。


 そしてその間に、こちらでは開発チームの編成を決めていった。


 α版の時に続いて、これを機会に退職するという者もいる。派遣社員も一旦契約を終了することとなった。


 プログラムチームは眞山、デザイナーチームはミノさんがリーダーとして指揮を執るとして、人員の補充を行わなくてはならない。


 俺は橋多さんにその旨を相談していた。



「……特にプログラムチームには、ベテランが欲しいです。設計丸ごと任せられるレベルの人でないと。例えば山田さんとか、鈴木さんとか、プロジェクト終わったところですよね?」



 そもそも、俺がこのプロジェクトになったのも自分の担当プロジェクトが完了したからなのだ。山田さんや鈴木さんは、その時お世話になったベテランプログラマだった。



「それなんだけどね……」



 橋多さんは言いにくそうにしている。



「なにか? まさか、また退職とか……」


「いや、そうではないんだけど、その……」



 橋多さんは目を一瞬閉じ――開いて言った。



「……やりたくないって」


「……はぁ!?」


「なにしろ曰く付きのプロジェクトだし、それに、眞山みたいな若手がチーフプログラマじゃあ、下につくのは嫌だって……」


「なんすかそれ!? 子どもかよ!!??」



 俺は思わず上ずった声を出し、頭を抱えた。



「……業務命令として出すことも出来なくはないけど」


「いや、いいっす……そんなんなら来てくれない方がいいわ」



 橋多さんはすまなそうにしながら、1枚の紙を差し出した。



「これ、アサインが可能なスタッフのリスト」


「……新人ばっかりじゃないですか」



 そのほとんどが新卒1年目か2年目の若手。中には優秀さの片鱗を見せている者もいるが、とても設計レベルから任せられるような人員ではない。



「……これで『絶対に赤字を出すな』とか、ふざけてんですか!?」



 思わず声を荒げてから、後悔する。



「……派遣や外注の出向も含めていろいろ手だては打ってみる」


「すいません、よろしくお願いします」



 橋多さんはそう言って立ち上がった。


 俺は頭を下げる。橋多さんに対して声を荒げても仕方ないことはわかっているのだ。いずれにしろ、手持ちの駒でなんとか戦う方法を考えなくてはならなかった。


 * * *


 その後、橋多さんから追加で人員アサインの話があった。


 まず、サーバーエンジニア(※)に関してはフリーランスのプロフェッショナル人材を確保することができたこと。


 そして、ゲーム本体部分の開発に関しては、やはり経験のある人がいないこと――



「……なんだけど、例えばこういう人、どう?」



 提示された人員は郷山さん――ガモノハスの社内SEとして働いていた人だ。社内の開発環境整備(※)、ネットワーク環境の整備などを一手に引き受けている。



「郷山さん、ゲーム開発経験はないんだけど、もともと業務用アプリケーション開発会社で管理職もやってた人なんだ。Zエンジンについても詳しい」


「なるほど……」


「今なら、若手プログラマも追加でつける。眞山の手足として使ってくれ」



 つまり、サーバーと開発環境にプロフェッショナル人材を置くことで、眞山の負担を軽減し、眞山をプログラム設計に集中させる。そして、実際の実装に関しては若手を動かす、というスタイル――


 俺は会議室に眞山を呼び、この案を説明した。眞山はひと通り聞いたあとで訝し気な顔をした。



「……つまり、俺は手を動かすな、と」


「そういうこと」



 俺自身も橋多さんに言われたことだった。


 それでも眞山の負担は大きいが、一方で設計を一人で手掛けることによるメリットもあった。旧プロジェクト体制で頻発したような、仕様の不整合が起こらないことだ。



「これはお前にとってもチャレンジだと思ってくれ。ワンランク上のプログラマになるための」



 橋多さんからそう言われ、眞山は眉間の皺を解いた。



「……わかりました。やってみます」



 中堅プログラマに基礎設計を集中し、周囲をベテランで固めつつ実装を若手に任せる、というスタイル。


 翌週、比良賀さんにDM2プロジェクトの体制図を見せると、比良賀さんはにやり、と笑い、言った。



「いいと思う。この際、全部あたらしくしていこう」



 DM2版、リリースまであと11ヶ月と3週間。


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※サーバーエンジニア

…ソーシャルゲームでは、プレイヤーの情報をインターネット上に保存するのが一般的。またマルチプレイやイベントランキングなど、インターネットを通じてリアルタイムなゲームが遊べるようにするため、ゲームそのものを作る「クライアントエンジニア」とは別に、ネットワーク上の機能を構築する「サーバーエンジニア」が必要になる。


※開発環境整備

…先述の「ROMを切る」という作業や、作中のZエンジンなどの開発用ソフトウェア管理、バージョン管理ツールといった集合開発ツールの管理など、プログラム以外に専門的な知識を使ってやることは想像以上に多い。

 大抵プログラマが片手間にやるが、この仕事の時間は見積もりから漏れがち。

 専任の人員がいるとかなり楽になる。

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