あぶくの日々へ

朝日奈 宙

第1話 煙草

 難波、時刻は0時過ぎ。仕事を終えて、まだ少し残っている今朝つけた香水はアルコールの匂いと交わって台無しだ。雨の後の風はすこし生暖かい。私は家まで送ると言った同僚を断って、少しほろ酔いになって火照った体を右へ、左へと揺らしながら歩いて、近くにあるコンビニへ歩を進めた。


 何か胃に入れないと眠ることさえできない。だからこうやって、毎日コンビニによる。右手にカップラーメンを一つ、左手にミネラルウォーターを一本を手にし、会計に向かう。毎晩のように会うレジの眼鏡の男はやはり今日も冴えない。欠伸をしながら私の夜食を袋に入れた。


 雨の後の都会は私にとっては汚い。そこら中にはビニール傘が折れてぐちゃぐちゃになって捨てられている。電線や看板に残ってしまった雨粒は都会の汚れた空気を含んで、風が吹くたびに頭上へと落ちて来る。雨のせいか、酔いのせいか、辺りは淡くて白いフィルターがかかったようだ。きっと今の私に運転させるとパトカーや救急車が駆けつける大惨事になるだろう。それで死ねれたら、こんな朦朧とした幸せの中で、この世から消えることができたら、それはそれでいいのかもしれない。そんな冗談を頭で巡らせていると、セーラー服の女子高生が私の横を追い抜いていった。


 こんな時間に出歩くのは家から飛び出したのではないかと考えながら、私は遠ざかっていく女子高生の削れたローファーをじっと見つめていた。スクールバックについたピンク色の大きなくまのキーホルダーは恋人とおそろいでつけているのだろうか。それとも、友達と一緒に買ったのだろうか。私にはわからないが、頭が悪く見えるのは確かだ。


 私は最近を生きる女子高生は好きになれない。みんなSNSを使って誕生日を祝ったり、学校のイベントで集合写真を撮って載せる。卒業式になると「みんなに感謝」、恋人と別れたりすると「応援してくれてありがとう」とか思ってもない訳のわからないことつぶやいて思い出に浸り続けているような奴ばかりだ。自分より年上の者の言葉を聞かず、「大人はなんにもわかってくれない」と反抗する。十分に楽しく、大事な日々なのに大切にしない。文句ばかりたれる。大きい夢を語るだけで、一人では怖くて何もできない弱虫ばかりだ。私はそんな奴らの生態に虫唾が走る。


 私はそんなことを考えながら煙草に火をつけようとした。オイルが切れかけた使い捨てのライターはなかなか点火しない。何回もボタンをカチカチと押すが、火花を飛ばすだけだ。私は苛立ち、四本だけ中に残っている煙草の箱を握り、コートのポケットへと入れる。それでも私の煮詰まった思いは収まらず、握った煙草の箱に更に潰すように手に力をこめた。


「うっ。」


 手のひらに走る痛みに驚いて声を漏らした。ポケットから手を開いて出して見るとくっきりと爪の痕が残っていた。どうやら強く力を入れすぎて爪が深く食い込んだらしい。しばらく私は街灯にもたれ、自分の手をひっくり返したり、結んだり、宙にひらひらとかざしたりして眺めていた。皮膚が薄くなり青白い血管の浮いたその手は、赤いネイルで飾られて、夜の光に照らされて艶やかに光っていた。

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