第38話

 浮遊都市アルカディア魔物キメラ襲撃の警鐘で騒ぎになった後。太陽と別行動を開始したメリッサは、一人で近隣の都市国家へと接近していた。


「さて、やっていますね」


 上空から戦況を分析する。魔物の数は五百といったところか。大型種も混ざっているようだがさほど数は多くない。対する都市国家側は城門の前に千人ほどの聖騎士パルテノス達が列をなして迎撃陣形を敷いており、城壁の上にも数百人規模で弓を構えた聖騎士達がいる。都市の中には後詰めの予備選力もいるだろうから、戦力的には余裕があるといえよう。

 見た感じ、魔物達は馬鹿みたいに突っ込んでいるだけなので、わざわざメリッサが手を貸さずとも迎撃できそうではあるが、大型種を相手にすれば被害は生じるだろう。


「んー、後方から回り込んで挟み撃ちにしますか。さて……」


 メリッサは背後から敵を挟撃し、防衛側の都市国家を援護することことにした。敵の後方めがけて急降下しながら、手にした槍に愛の力を流し込んでいく。

 バチバチバチっと、槍の穂先に雷光が迸り――、


「えい」


 可愛いかけ声とともに、槍の穂先を敵の後続部隊に向けた。直後、強力な雷撃が槍の穂先から放出され、瞬く間に数十の魔物達を絶命させていく。そのまま着地すると、槍を軽やかに振るって、背後から敵の群れに突撃していった。


「大型種は都市の戦力だと相手にしたくないでしょうから、先にこちらで片付けておきますかね。飛翔の聖靴タラリア


 小型の敵を十体ほど屠ったところで、いったん上空へと移動するメリッサ。そして再び急降下して、槍の穂先で頭上から大型種の頭蓋をぶち抜いた。


「手応えがありませんねえ。よし、もう一体」


 そうして、メリッサは淡々と敵の数を減らしていく。残る大型種もさっさと倒して味方の負担を減らそうと思い、背後から接近していくと――、


「……あら?」


 脇から超スピードで空中を浮遊し、双剣でメリッサに斬りかかる黒い影があった。しかし、メリッサは咄嗟に超反応し、敵の攻撃を太刀打ちで弾き飛ばす。


「もー、なんですか、急に? スパルトイの変異種みたいですけど」


 メリッサは攻撃を弾き飛ばした反動を飛行することで消し去ると、槍を構えて敵と向き直る。襲いかかってきた敵の正体は、眷属が宿る生体人形のオルトロスであったが――、


「………………」


 何も言葉を発さず、メリッサのことを真正面から見据えている。


「あら、浮遊都市のお空から光が……」


 と、メリッサは敵前とは思えぬのんびりとした口調で言う。その言葉通り、浮遊都市の上空ではとんでもない光が迸っていた。青い空を侵食するように黒い点々が浮かんでいたが、光がやんだ後には綺麗に消え去っていて――、


(わお、神騎士ゼウスさんですかねえ。流石は神位ってところですか)


 私も負けていられないなあ、とそんなことを考えるメリッサ。そして――、


「えい」


 と、あまりやる気のないかけ声を口にした瞬間には、メリッサはオルトロスの心臓めがけて槍の穂先を突き刺そうとしていた。


「っ!?」


 オルトロスは咄嗟に反応し、身体を捻ることでかろうじて躱す。


「へえ、なかなか早いんですね。これはもしかして、アナスタシアさん達が戦ったという眷属だったりして……」


 メリッサはニヤリと不敵に笑い、オルトロスを見つめる。かと思えば、予備動作なしで間合いを埋めて、突きのラッシュを放つ。


「ちっ!」


 オルトロスは舌打ちのような音を発して双剣を振るい、メリッサの突きを素早く捌いていく。対するメリッサは一定のスピードで正確に突きを放つ、放つ、放つ。

 すると、オルトロスはじれったいと言わんばかりにメリッサの槍を左上へ向けて払いのけた。そのまま間合いを詰め込み、右手の剣で斬りかかろうとする。が――。

 メリッサは槍をあっさりと手放し、相手の動きを呼んでいたかのように突進して、オルトロスの下顎を打ち上げるように膝蹴りをお見舞いした。


「ぐふっ!?」


 ぐらりと、空中でオルトロスの身体が大きくのけぞる。メリッサはそんなオルトロスへさらに接近し、顔面にめがけて右から鋭いブローで殴りつけた。そのまま勢いよく吹き飛ぶ前にオルトロスの足を掴むと、空中で振り回して思い切り地面に投げつける。

 ドオンと勢いよく地面に落下したところで、メリッサは空中で手放した槍をキャッチして、そのまま二本の足で地面に降り立った。


「なーんか、そんなに強くありませんね。眷属かと思ったんですけど、ただのスパルトイの変異種でしたか。残念、外れか」


 やれやれと、メリッサは芝居がかった口調で嘆かわしそうに言う。すると、地面に落下したオルトロスが立ち上がり、右手の剣を勢いよく放り投げた。


「テメエ、雌ガキ! 殺す!」

「あっ、やっぱり喋れたんですね。なーんか動きに苛立ちがこもっていたんで、挑発しまくってみたんですけど」


 メリッサは飛んできた剣を槍で弾き飛ばすと、さほど驚いた様子もなく、くすくすと笑って応じる。


「殺す!」

「あはっ、やれるものならどうぞ。眷属さん」


 オルトロスは剣を構えて超高速で地面を這い突進する。対するメリッサも槍を構えて軽やかに地面を疾駆した。直線的な軌道のオルトロスに対し、メリッサは翻弄するようにフェイントを織り交ぜる。


「スピードに自信があるタイプとお見受けしました。実は私もなんです。どっちが速くて相手を翻弄できるか、勝負といきましょう」

「雌ガキ風情が、舐めるなよ!?」


 交差する度に激しく武器をぶつけ合う。が――、


「その程度で止めておけ、帰るぞ」


 戦いは第三者の介入によって中断する。メリッサとオルトロスの間に、いつの間にか漆黒の大剣を手にした影の男が立っていた。

 メリッサはピタリと動きを止めて立ち止まる。


「ふざけるな! その雌ガキの両手両足をへし折って、ぶち犯して、泣いて許しを請うまで痛めつけてぶっ殺す! それまで止められるか! ケルベロス!」


 オルトロスはメリッサに剣を向けつつも、いきなり現れた男、ケルベロスに対して怒りにまかせて怒鳴り散らす。


「わあ、いたいけな乙女を相手にひどいことを言いますね。ドン引きですよ」


 言葉とは裏腹に、メリッサは特に表情を変えていない。油断せずにケルベロスのことを警戒している。


「もうすぐ神騎士がここへ来るかもしれん。死にたいのなら勝手にしろ」


 ケルベロスはオルトロスに向けて淡々と告げた。


「なにっ、ちっ……」


 オルトロスは不服そうではあるが、怒気を引っ込めていく。


「立場上、大人しく逃がすわけにもいかないんですよねえ。情報収集するためにも生け捕りにとか考えていたんですけど……」


 メリッサは槍を構え、オルトロスとケルベロスを交互に見やる。どちらかが先に逃げようものなら、もう片方に狙いを絞って叩きのめす。そう考えていたのだが――、


「っ!?」


 ケルベロスがメリッサに突っ込んできた。メリッサは咄嗟に槍を構えてケルベロスに応戦する。ケルベロスはメリッサに槍の間合いを活かさせないよう、あえて間合いを詰めて深く潜り込んで斬りかかった。


「ちょ、もう一方よりずっと強いじゃないですか」


 不意を打たれて不利な間合いで戦うことを強いられ、メリッサは防戦一方になる。後退して自分の間合いを作ろうとするが、どんどん距離を埋めてくるのでそれができない。

 しかし、ケルベロスはある程度メリッサを追い込むと、太刀打ちで剣を受け止めたメリッサごと思い切り剣を振るい吹き飛ばした。


(自分から間合いの利を捨てた!? いや、これはっ!?)


 ケルベロスとの距離が開き困惑しかけたメリッサだったが、すぐに相手が何を狙っていたのか気づく。それを防ぐため、咄嗟に身体を反転させて槍で防御を試みるが――、


「はっ、ようやく隙ができたな!」


 吹き飛ばされた先にはオルトロスが嬉々として待ち構えていた。吹き飛んできたメリッサめがけて剣を振るう。

 と、思わせて、メリッサの足を掴んで、思い切り地面に叩きつけた。メリッサの小さな身体が思いきり地面を跳ねて転がっていく。


「両手両足を折るって言ったろ。テメエはこのまま連れてって殺す」 

「……ははっ、執念深いなあ。でも、私もけっこう執念深いんですよ?」


 再び近づいてきたオルトロスを見上げながら、メリッサは不敵な笑みを貼り付けた。


「マジでなぶり甲斐がある雌ガキだな、おい」


 オルトロスがメリッサの首を掴もうとした、その時――、


「その女は捨てていけ! 神騎士が来た!」


 ケルベロスが叫んで、飛翔を開始して迷わず逃走を開始する。


「……っ、ちっ」


 メリッサを連れたままでは追いつかれると思ったのか、オルトロスは舌打ちをしてケルベロスの後を追いかけた。すると――、


「メリッサ! 大丈夫か!?」


 入れ替わるように太陽がやってきた。


「えーと、大丈夫ですよ。眷属二体の相手がちょっと辛かったというか、油断しただけなので。いや、情けない姿を見せてお恥ずかしい限りです」


 メリッサはふらふらと立ち上がる。支えてやりたいが、今の太陽はケラウノスを握っているから、触った途端にメリッサをメロメロにしてしまうだろう。どこかに眷属が潜んでいる可能性もあるので、剣を消すこともできない。

 なので、焦れったそうに見守っていた。


「やっぱり眷属だったのか?」


 と、太陽は制服についた土埃をはたくメリッサに尋ねる。


「ええ。強い方がケルベロス……とか呼ばれていましたね。それはそうと連中、浮遊都市から向かってきた神騎士さんを避けつつ、迂回して浮遊都市の方角へ向かっていませんでしたか?」

「そこまでは見てないけど。その前にメリッサちゃんは休まなきゃ駄目だろ」

「いえ、神話聖装アポカリプシスで肉体が強化されていますし、このくらい本当に大丈夫ですから。それよりも連中があっさりとこの場から消えた事実が気になります。戦力が分散した浮遊都市こそが狙いの可能性もありますから。さ、移動しましょう」

「飛べるのか?」


 自分の身体よりも聖騎士としての職務を優先させるメリッサを見て、太陽は心配そうに確認した。


「もちろん」

「……わかった。行こう」


 状況的にメリッサの提案が合理的だったことは確かだったため、太陽は溜息交じりに頷く。すると、その時のことだった。


「あれは……」


 浮遊都市の中から、上空にめがけて、ドス黒い奔流が立ち上っていたのだった。


   ◇ ◇ ◇


 一方、太陽がメリッサの援護に向かった直後の浮遊都市で。将来の聖騎士達を養成しているアカデミーの敷地に、一体のスパルトイが降り立った。その正体は――、


「ここがケルベロスの言っていたひな鳥の巣?」


 眷属ヒュドラーが操る幼い少女の姿をした生体人形だった。全身を黒い闇で覆い、あたかもスパルトイのように振る舞っている存在である。


「……ひな鳥が全然いない」


 ヒュドラーはぽつりと後者の前に立ち、きょろきょろと周囲を見回す。しかし、敷地内は閑散としていて、人の姿がまったく見当たらなかった。

 というのも、警鐘が都市中に響き渡った時点で、アカデミーの生徒達は所定の場所へ避難を開始したからだ。光位以上の神話聖装と契約を結んでいる高学年の生徒達だけが、他の生徒達の護衛という名目で限定的に戦闘を許可されている。

 ちなみに、エカテリナはアカデミーでただ一人、聖位の神話聖装と契約していることを理由に周辺の警戒にあたっていたところ、太陽と遭遇していた。


「あっちに人の生体反応がたくさんある。隠れている」


 ヒュドラーはしばし敷地内を見回すと、特定の方角を眺めてぼそりと呟く。その先にはアカデミーの講堂があって、講師や生徒達が避難していた。


「なら、ここでスキュラを顕現させればいいか。混乱に乗じる」


 ズズズと、ヒュドラーの足下に闇が広がっていく。そこからゆっくりと若い女性の身体が浮き上がってきた。この女性の肉体こそスキュラの生体人形であり、廃都の戦闘で太陽が気絶させた女性の正体である。


「ケルベロスから受け取った石を使う」


 今度はヒュドラーの手から禍々しい色合いの石が浮かび上がってくる。それを掴み取ると、ヒュドラーはスキュラの生体人形を見下ろして――、


「動かないで!」


 心臓めがけて石を押しつけようとしたところで、上空から少女の声が響いた。そこにいたのはアナスタシア、イリス、エカテリナの三人である。

 太陽から眷属かもしれないと聞いていた小柄な女の子の姿をしたスパルトイが、つい先日、廃都で保護した女性の心臓に不気味な石を押し当てようとしている姿を発見して、それぞれ警戒したように武具を構えていた。


「…………」


 ヒュドラーは手の動きを止めて、おもむろに上空を見上げた。


「貴方、眷属ね? 言葉が通じていることはわかっているのよ。今すぐにその女性から離れなさい」


 アナスタシアは自らの神話聖装である断魔の天剣ヘカントケイルの切っ先を向けて、ヒュドラーに対し鋭い声で言い放つ。

 しかし、ヒュドラーは何の応答もしない。それどころか――、


「なっ!?」


 手にした石をずぷんと、横たわるスキュラの生体人形の心臓めがけて突っ込んだ。まるで沼に手を突っ込んだ後のように、ヒュドラーは手を引っこ抜く。その手に先ほどまで握られていた石はなくなっていたが、生体人形の胸元に風穴は空いていなかった。


「な、何なんですの……」


 エカテリナは引きつった顔でヒュドラーを見下ろす。


「シアちゃん。あのスパルトイの女の子、あの女の人の心臓に手を入れていた……よね? 握っていた石が消えているけど」


 イリスは目の当たりにした光景に間違いがないか、恐る恐る確認する。訊かれたアナスタシアは「ええ、そのはずだけど……」とぎこちなく答える。

 直後、ヒュドラーはなにも言わず、依然として死んだように横たわるスキュラの生体人形を放置したまま、その場から逃げるべく駆けだした。


「ま、待ちなさい!」


 アナスタシアは慌ててヒュドラーを呼び止めるが、馬鹿正直に止まるはずなどない。放置されたスキュラの生体人形のことがどうしても気になってしまい、判断が鈍る。

 しかし、アナスタシアには頼りになる副官がいる。


「シアちゃん、気絶している人は私が見るから、逃げたスパルトイを!」「ええ!」


 イリスは咄嗟にアナスタシアに逃走したヒュドラーを追うように指示を出す。それでアナスタシアは何の迷いもなく追跡に専念できる。と、思ったのだが――。

 全身が怖気だつような悪寒を覚えた。眼下に転がるスキュラの生体人形から、ドス黒い闇の奔流が溢れ出て生体人形ごと包み込んでしまう。


「なっ……!?」


 アナスタシアもイリスもエカテリナも、揃って驚愕で目を見開いた。それぞれ開始しようとしていた行動を停止させて、その場で踏みとどまってしまう。そうしている間にも闇の奔流は膨れ上がっていき、渦巻くように直径を広げていく。


「二人とも、下がって! イリオス!」


 イリスは自身の神話聖装である難攻不落の天盾イリオスを咄嗟に前にかざした。瞬間、三人の前に光の壁が現れて、膨れ上がっていく闇の奔流を防ぐ。

 闇の膨れ上がった奔流はやがて円柱となり、浮遊都市を覆う防御結界と上空で衝突すると、そのまま結界を貫いてしまった。アカデミーは聖騎士団の居城がある丘の麓に位置する関係上、浮遊都市のほぼ中心部に存在している。

 よって、闇の柱は都市の中央、すなわち結界の起点ともいえる中心地点にでかでかと風穴を開けてしまった。闇の柱は浮遊都市を覆うように展開される球体状の結界を内部から侵食して汚染していく。やがて――、パリンッ。


「そんなっ、浮遊都市を覆う結界が!?」


 ガラスが粉々に割れるような音が響いて、浮遊都市を覆う結界が粉々に崩壊してしまった。アナスタシアはイリスの背後から上空を見上げ、愕然と瞠目する。

 それから間もなくして、闇の奔流は内側からブワッと内部から突風が吹き荒れたように周囲へと拡散し始めた。

 ゆらりと、うごめく巨大な影。霧散した闇の奔流の内側から現れたのは――。


「グゥウアァアアッ!」


 身の毛もよだつような怪物の姿。上半身が美しい女性の姿をしているのに、下半身からはうねうねと触手のような足を無数に伸びている。

 その真名はスキュラ。五千年以上前に起きた神が人類を救済した聖魔大戦で、邪神の側近として人類に仇をなした大怪物のうちの一体である。


「気持ち悪っ! というより、デカっ!? どん、だけ、大きいんですの、これ!?」


 エカテリナはその全体像を目の当たりにすると、嫌悪感をあらわにして身をすくませてしまった。比較対象として大型の獣の姿をした魔物(ネメアー)のサイズが体長十メートル程度なら、対するスキュラは身長だけでも五十メートルは優にある。うねうねと伸びる長い触手も含めるとどれほどの大きさになるというのか……。

 アナスタシアとイリスも息を呑んでその巨体を間近から見上げている。


「グアアアッ?」


 スキュラはおよそ理性が垣間見えない凶悪な瞳で眼下のアナスタシア達を見下ろすと、下半身の触手をグググッと力強くうごめかせて――、


「きゃっ!?」


 ドパァン。イリスが展開させていた光の防壁めがけて、とんでもない速度で触手を振るった。音速を超えた一撃だったのか、防壁と衝突する際に衝撃波がほとばしり、とんでもない轟音が鳴り響く。


「今のをもう一撃、連続で受け止めるのはきついかも! みんな飛んで!」


 イリスの声が響いた。瞬間――、


「来なさい、エカテリナ!」

「は、はい!」


 アナスタシアは妹に呼びかけてその場から離脱した。イリスもいったん光の防壁を解除すると、即座に二人の後を追いかける。


「グアッ?」


 スキュラは素早く首を動かし、三人の動きを視線で追った。アナスタシア達は遙か頭上まで上昇し、スキュラのことを見下ろしている。


「どうする、シアちゃん!?」


 イリスは上官であるアナスタシアに方針を尋ねた。


「……あんな化け物、放置はできないわ。このままだと被害は甚大よ! ここでくい止めないと。私が攻撃を担当するわ。イリス、貴方は防御を」


 怯えはある。だが、アナスタシアはそれでも躊躇わずにスキュラとの戦いを選んだ。


「うん。きっとすぐにタイヨウさん達も来てくれるはずだから、それまでは私達だけでなんとかしよう」


 イリスも力強く頷き、イリオスを構え直す。


「ふっ、案外、私達だけで倒せるかもしれないわよ? ヘカトンケイル!」


 アナスタシアは自分を鼓舞するようにフッと笑みを刻むと、今の自分が魅了スキルなしに出現させられる最大数、すなわち二十二本のヘカトンケイルを実剣化させた。そして、それを集結させていき一本の巨大な剣を作る。その大きさは、およそ五メートル。


「……あの巨体が相手だと、せいぜいナイフくらいの大きさかしら。でも、頭蓋に命中させられればっ! はああああ!」


 十倍もの身長を誇る化け物を相手にするには少し心許ないが、やってやれないことはないはずだ。そう考えて、ヘカトンケイルの束頭から伸びる鎖を握り絞める。かと思えば、それをとんでもない速度で振り回していき――、


「エカテリナ、貴方は上空で待機していなさい! 行くわよ、イリス!」「うん!」


 眼下にいるスキュラめがけて大剣を放り投げた。ヘカトンケイルはとんでもない速度で落下していき、その切っ先で怪物を突き刺そうとする。

 しかし、スキュラは迫りくる大剣を視界に収めると、その巨躯に見合わぬ速度でひょいと攻撃を避けてしまう。


「速っ!? あの図体でなんて速度を!? くっ!」


 アナスタシアの目が驚愕に見開かれる。だが、巧みに鎖を操ると、そのまま剣の軌道を変化させて、遠心力を利用した斬撃をスキュラにお見舞いしようとする。だが、その攻撃もひょいと軽く躱されてしまった。


「まだまだよっ!」


 アナスタシアはいったんヘカトンケイルを引き寄せると、さらに高度を上げてから急降下してスキュラとの間合いを詰める。

 安全圏からの攻撃だとどうしても大ぶりな攻撃しか放つことができない。しかし、それではスキュラに攻撃を命中させることはできないと考えたのだ。鎖を振り回しながら、飛翔の聖靴による高速落下の勢いも利用して、会心の一撃を放つが――。

 スキュラは攻撃の軌道を完全に見切っていたのか、触手一本でヘカトンケイルの刀身を弾き返してしまった。


「なっ!?」


 スキュラの目に理性はおよそ残っていそうに見えないが、だからこそその瞳は獲物を狙う野生の獣のごとく、的確にアナスタシアの身体だけを捉えている。触手で弾き返したヘカトンケイルはぐんぐんと吸い込まれるようにアナスタシアへと直進していき――、


「守って、イリオス!」


 ガアンッ! 防御を担当してアナスタシアの動きをよく観察していたイリスが咄嗟に間に割り込み、ヘカトンケイルの刀身を防いだ。


「た、助かったわ! イリス!」

「ううん、気にしないで。でも、このままだと……」


 為す術がない。接近しなければ攻撃は受けないが、それだと自分達に興味を失ってどこか別の場所を襲い始めるのではないだろうか。イリスはそんな危機感を抱く。

 すると、その時のことだ。


「口を開けた……? って、アレは!?」


 スキュラが頭上のアナスタシアとイリスを見上げながら、大きく口を開いた。一瞬、何をしているのかと思ったが、暗黒の高エネルギーが口の中に集中していく光景を目の当たりにして顔色を変える。


「っ、守って、イリオス!」


 イリスは咄嗟にありったけの愛の力をイリオスに込めて、光の防壁を展開させた。その次の瞬間――、


「アッアアアアアァ!」


 キインと耳鳴りのする甲高い声が響き渡り、スキュラの口から暗黒の高エネルギー砲が放出された。暗黒の奔流は一瞬でアナスタシア達との距離を埋めてしまい――、


「お、お姉様! イリスさん!」


 離れた位置でアナスタシア達の戦いを見守っていたエカテリナが、瞬きをするほどの間に闇の奔流に呑まれてしまった二人を見て叫ぶ。


「アアアア……」


 スキュラの悲鳴みたいな声が鳴り止むと、闇の奔流は消えていく。すると、見事、スキュラの砲撃を防ぎきって自分とアナスタシアの身を守ったイリスの姿を見つけて――、


「ナ、ナイスですの! イリスさん!」


 エカテリナは歓喜する。しかし――、


「だ、大丈夫、イリス!?」


 イリスは空中でふらりとバランスを崩していた。そのまま自然落下してしまい、アナスタシアが慌てて身体をさせてやる。


「だ、大丈夫だけど、今ので愛の力を使い果たしちゃったかも……」


 イリスは弱々しく答えた。と、そこで、スキュラが触手にグググッと力を込めて、バネのように跳躍した。


「っぁ!?」


 愕然とし、アナスタシアの反応が遅れる。その間にスキュラは触手の一本を繊細にコントロールして真一文字に振り下ろし、アナスタシアとイリスを地上へはたき落とそうとしていた。咄嗟にヘカトンケイルを頭上に浮遊させたが、防ぎきれるとは思えない。このまま絶命することも覚悟したが――、


「お姉様ああああっ!」


 エカテリナがテュルソスを手にして、振りかぶりながら猛突進してきた。ちょうど振り上げた触手の横っ腹めがけて自慢の一撃をクリーンヒットさせ、攻撃の軌道を逸らす。


「エカテリナ!」「お姉様!」


 などと、互いに呼び合う二人。エカテリナは抱きつくようにイリスとアナスタシアの身体を支えると、そのまま飛翔してスキュラから距離を置こうとする。


「もうこれ以上は無理ですわ! こんな化け物の足止めなんて! 逃げないと!」


 エカテリナは無我夢中になって叫ぶ。背後を振り返っている暇などなかった。エカテリナがしたことは触手一本の軌道を逸らしただけだ。

 すぐ傍にはまだスキュラがいるから、追撃を受けてもおかしくはない。だから、ただただ追撃が来ないことを祈って速度を上げる。しかし――、


「…………?」


 頭上が暗くなった。それを理解し、反射的に後ろを振り返る。そこには、スキュラの触手が面で迫っていた。逃げ場がない。瞬時にそれを悟る。時間の流れを無性に遅く感じていた。なのに、身体が動かない。

 ああ、死ぬんだ。アナスタシアも、イリスも、メリッサも、それを理解した。もう次の瞬間には命がなくなっている。そう思ったその時のことだ。

 影が消えた。かと思えば、視界が目映い光に埋め尽くされる。直後、ドウン! と、音が鳴り響いて――、


「ごめん、遅れた!」


 立て続けに、太陽の声が響いたのだった。

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