第37話
「開け、
俺は上空から
「愛の縁に従い、その神話を示せ!」
周囲にいた魔物達を振り切ったところで、直角に曲がって浮遊都市の防御結界に穴を開けているスパルトイ達をめがけて突進していく。そして――、
「擦れば捧げん、永久の愛を。いざ、煌めけ、
天啓の誓詞の締めとなる詠唱を唱えきった。刹那、ケラウノスの刀身から目映い光が放出され始める。
「行くぞ、ルゥ!」
(ええ!)
聖騎士団の領域を穢そうとする無礼千万な侵入者達に目に物を見せるべく、ケラウノスに俺の愛の力をどんどん注ぎ込んでいく。
そう簡単にこの浮遊都市を襲わせるもんか! そう奮起して、十分な量の愛の力を刀身に注ぎ込むと――、
「はああっ!」
一閃。浮遊都市へ侵入を試みている魔物達めがけてケラウノスを振り払った。瞬間、魔物達だけを消滅させる膨大な熱量エネルギーの斬撃が、浮遊都市の上空を照らしていく。
そして、次第に光は晴れていき――、
「よしっ!」
先ほどまで眷属と思しきスパルトイが侵入経路を確保していた場所には、一体も魔物がいなくなっていた。ついでに先ほどまで俺を襲っていた付近の魔物達も綺麗に消え去っている。俺はグッとガッツポーズをとった。
(眷属っぽいスパルトイの姿まであっさりと消えているのが少し気になるわ。内部に侵入した魔物達も少なからずいるわね。いったん浮遊都市へ戻りなさい。問題がなさそうなら次はメリッサの救援よ)
(ああ!)
俺はルゥの指示に従い、いったん浮遊都市の内部へ向かうことにした。眷属らしきスパルトイ達が侵入経路を確保していたカ所はちょうど聖騎士団の居城の頭上で、俺もちょうどその辺りから浮遊都市の領域内へ入っていく。
(また城の襲撃でもしようとしたのか?)
(……いや、そうでもない……のかも? 都市部へ向かっている魔物が大勢いる)
(それはまずいな。中には大型種もいるじゃないか)
都市部には武装していない住民も大勢いるはずだ。俺がそう考え、視界に映った魔物達を追いかけることにした。居城には十分な数の
率先して狙うべきは、やはり大型種だ。その巨体ゆえに、無位の
「はあああっ!」
超スピードで背後から追従し、ちょうどアカデミーの上空付近で追いついて、光の斬撃で吹き飛ばそうとしたが――、
「都市部へは近づけさせませんのよ、この木偶の坊!」
地上から上空へと突進してきた女の子がいて、俺より先に大型種の魔物のもとに辿り着いて、手にした杖を下っ腹から思い切り叩きつけていた。
瞬間、大型種の魔物の巨体が上空へと打ち上げられ、打撃をぶちかまされたカ所から派手に霧散して吹き飛んでいく。
「すげえな、エカテリナちゃん……」
俺は呆気にとられてその光景を眺めていて、それを実行した少女の名前を呟いた。すると、彼女も俺の存在に気づいたようだ。
「げっ、タ、タイヨウ・ヒイラギ……」
エカテリナは会いたくない相手と会ってしまったという顔になり、渋々とこちらに近づこうとしてきたが――、
「ぃ、いんっ!?」
かと思えば、空中でびくんと跳ね上がって姿勢を崩す。俺が放出する魅了のオーラに触れてしまったのだ。俺は慌てて距離をとると、エカテリナに謝罪する。
「ご、ごめん。今は強力な魅了スキルが発動しているんだ。俺の身体から出ているオーラに触れないでくれ」
「あ、相変わらず、破廉恥な最低野郎ですの。こんな時まで……んほっ!?」
メリッサちゃんは恨みがましそうな眼差しで俺を睨んできた。しかし、今度は視線が重なってしまい、再び魅了スキルが発動してしまう。
「だから目線を合わせちゃ駄目なんだって……」
アカデミーで決闘した時に教えたのに。一瞬とはいえ、今は特に魅了スキルの効果が強まっている状態なので、エカテリナの顔はしっかりと赤くなっていた。が――、
「い、今は貴方と言い争っている場合ではありませんの。貴方、こんなところで何をしているんですの?」
エカテリナはグッと俺への怒りを抑えて、状況を確認してきた。
「都市部に侵入してきた魔物を殲滅しているんだよ」
「……そうですの。なら、こんな場所でボサッとしていないでほしいのですけど」
「あ、ああ。そうだな。ごめん。また今度、ゆっくり話そう。じゃあ」
俺は気まずい顔でそう言い残すと、付近を飛んでいた別の大型種を発見してそちらへと飛翔を開始した。一瞬で間合いを埋めると――、
「はあああっ!」
光の斬撃を放ち、跡形もなく消滅させる。すると、他にも周りを飛んでいた魔物達が俺の存在に気づき、一斉に襲いかかろうとしてきた。
「面倒だ。もう一撃」
あまり数は多くないが、一体一体相手をしている時間が惜しいので、広範囲に渡って魔物だけを消滅させる光の斬撃を放つ。短時間で何発もバカスカ使用すると肉体への疲弊も大きいそうなので、出力は控えめにしておいた。
しかし、効果は抜群だ。視界に映る範囲にいた魔物達はすべて姿を消してしまう。
「んなっ……」
少し離れた場所にはまだエカテリナがいて、唖然と俺のことを見ていた。
(タイヨウ、このまま力を垂れ流しにするのはもったいないから、いったん出力を下げておくわよ。眷属が現れた時に備えて少し温存しておく)
(わかった)
俺が頷くとルゥはすぐにケラウノスの出力をいったん下げた。その証拠に身体から垂れ流しになっていた魅了のオーラが収まっていく。すると――、
「タイヨウさん!」
アナスタシアとイリスが超スピードで飛翔してきて、俺の目の前へと姿を現す。
「おお、二人とも……。よくわかったな、俺がここにいるの」
「ケラウノスのものと思しき光の斬撃が見えたからよ」
「なるほど。確かにそれは目立つな」
「それで、状況を教えてくれるかしら?」
有事なので、アナスタシアは無駄話をせずにすかさず状況の報告を求める。
「メリッサと別行動をして浮遊都市に迫ってきた魔物達の撃退を行っていたんだけど、眷属らしきスパルトイが二体、現れたんだ。一体は黒い大剣を持っていた大男で、もう一体は小柄な女の子の姿をしていた。浮遊都市の内部へ魔物が侵入してきたのはそいつらの仕業だ。ごめん。半分以上は殲滅したと思うんだけど……」
「謝る必要はないわ。こちらの対応が遅れたのも理由の一つだもの。いくらタイヨウさんでも流石に浮遊都市をまるごとカバーするのはきついでしょうし。浮遊都市の上空へもともと配備しようとしていた戦力が鉢合わせてそのまま戦闘になったから、幸い被害は軽微なはずよ。この辺りにいた魔物もタイヨウさんが片付けてくれたようだし……」
アナスタシアはそう語り、周囲を見回す。ちょうど視線を向けた先には、エカテリナがいて――、
「お、お姉様、その……」
「……エカテリナ? なんで貴方がここに?」
皇女姉妹が思わぬ形で遭遇を果たした。たぶんアカデミーで起きた騒動以来の再会なんじゃないだろうか。
「エカテリナちゃんもこの辺りにいた魔物を倒してくれたんだ。褒めてやってくれよ」
と、俺はエカテリナのことを持ち上げる。
「そう、なの……。よくやったわね。流石はブリアレオスの女よ」
アナスタシアは困ったように笑みを浮かべて言う。
「は、はい! 聖位の神話聖装と契約した者として、そしてお姉様の妹として当然の勤めですの! ここはアカデミーの敷地からほど近い場所ですし、生徒会長として生徒達を守るのも私の勤めですもの!」
姉として接してくれたことが嬉しいのか、エカテリナはパッと顔を明るくして頷く。
「でも、貴方はまだアカデミーの生徒なんだから、あまり無理はしないように。以降は
私に随伴して行動しなさい」
「了解ですの!」
雨降って地固まるってやつだろうか。こういった有事の事態で、共通の敵を前にしているからこそ、歩み寄りやすいっていうのはあるのかもしれない。イリスはふふっと微笑ましそうに、アナスタシアとエカテリナのことを見守っている。
「よし。じゃあ、この後はどうする? 消えてしまった眷属っぽいスパルトイの所在が気になるんだけど、都市の内部で異変はないのか?」
「ええ。現状、これといった大きな被害は特に……」
アナスタシアはイリスと顔を見合わせて答えた。すると――、
「浮遊都市に姿が見当たらないのなら、メリッサが行った
ルゥが人の姿になって現れ、ありえそうな可能性を示唆した。
「そう、か……。そうだな」
「なら、さっさと行くわよ。生意気な女だけど、どうせ心配なんでしょ?」
俺の不安を感じ取ったのか、ルゥがやれやれと提案してくれる。
「ああ。じゃあ、俺はいったんメリッサの方へ向かってもいいか?」
アナスタシアとイリスを見て尋ねた。
「タイヨウさんはもともとメリッサさんに同行した戦力ですので、異論はありません。こちらのことは私達にお任せを」
「ありがとう、それじゃあ。行こう、ルゥ」
承諾してくれたアナスタシアに礼を言うと――、
「はいはい」
ルゥが再び剣の姿になってくれる。そうして、俺は再び浮遊都市の外へと飛び出し、メリッサのもとへと向かったのだった。
間章 眷属の謀
一方、時は少しだけ遡る。太陽とメリッサがまだランジェリーショップでお喋りをしていた頃のことだ。
大剣を背負った巨漢のスパルトイと、双剣を腰にかけたスパルトイ、そして少女の姿をした小さなスパルトイが、浮遊都市の上空を浮遊していた。
「オルトロス、貴様はこれから近隣の都市へ向かい、魔物達を率いて陽動を仕掛けろ。浮遊市側でも知らせが届いて騒ぎになり次第、こちらも行動を開始する」
大剣を背負った影の巨漢のスパルトイが、双剣を腰にかけたオルトロスに向けて淡々と指示を下す。
「おう。行ってくるぜ。スキュラの不始末の後始末のためにな」
オルトロスは面倒くさそうにしつつも、そのまま三キロほど離れた位置にある都市国家へと向かっていく。それを確認すると――、
「ここから先は私とお前だけの話だ、ヒュドラー。いいな?」
ケルベロスはヒュドラーにだけと強調して、内密の話を切り出す。
「うん。わかった」
こくりと、ヒュドラーは首を縦に振る。
「良い子だ。オルトロスの奇襲が騒ぎになったら、私が魔物達を上手く操り連中の戦力を上手く分散させる。お前の役目は一連の騒ぎに乗じて都市へ潜入し、スキュラの生体人形を取り戻すことだ。ここまでは既に説明した通り、わかるな?」
「うん」
「では、本題だ。スキュラの生体人形はここで使い捨てることにする。お前はスキュラの生体人形を回収したら、ひな鳥の巣へ迎え。そこでスキュラを怪物として顕現させる」
「…………いいの? スキュラ怒るよ? オルトロスも」
「構わん。スキュラの失態を有効活用する。神騎士と聖騎士の現時点の能力がどれほどのものなのかを知る必要があるからな。ついでに浮遊都市に大きな被害を与えられれば帳尻は合う。オルトロスは謀には向いていない」
ケルベロスは淡々と答えた。
「そうだね。わかった」
ヒュドラーも素直に頷いてしまう。
「なら、ひな鳥の巣に着いたらこれをスキュラの生体人形の心臓に埋め込め。神騎士の魅了の力に抗うえるよう、理性が吹き飛んだ状態でスキュラを顕現させることができる」
「うん……。なくなさいようしまっておく」
ケルベロスはヒュドラーに禍々しい色合いの石を受け取った。心臓のようにドクンドクンと不気味に鼓動を打っている。が、石はズズズと、ヒュドラーの手に吸い込まれて消えてしまう。すると、浮遊都市の内部からけたたましく警鐘が鳴り響き始める。
「オルトロスが都市国家に魔物を放ったようだな。私達も直に動くぞ」
「うん」
ヒュドラーは無垢な子供のように、物静かに頷いた。
◇ ◇ ◇
そして、時刻は進み、太陽が天啓の誓詞を使用して、浮遊都市上空から侵入を試みていた魔物達を一掃した直後。
ヒュドラーは計画通り、騒ぎに乗じて聖騎士団の居城に忍び込んでいた。しかし、今の彼女は人姿をしておらず……。
(お城、広い……)
地面の影に沼のように溶け込んで、人目に付かないように移動をしていた。目的は太陽によって倒された眷属スキュラの生体人形を回収すること。
(早く見つける)
ヒュドラーは移動しながら生体人形の反応を探っていく。距離はどんどん近くなっているのがわかった。
(この部屋から、反応がする。見張りがいるけど……)
とある部屋の前で停止する。部屋の前にはみはりの
(いた……。聖騎士は誰もいない)
ベッドの上に横たわるスキュラの生体人形の前で、ヒュドラーは少女の形をした影になる。そして、その身体を抱きかかえると――、
どぷんと、底なし沼にでも引きずり込むように、スキュラの生体人形を自分の影の中へと飲み込んでしまう。完全な密室状態で閉じ込められていたスキュラの生体人形は、影も形もない。
(……あとはスキュラをひな鳥の巣で覚醒させる)
ヒュドラーはそのまま何事もなかったように部屋から出て行ったのだった。
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