第33話
魅了スキルを用いた訓練のあった日のおやつ時。ひょんなことから食堂で魅了スキルを用いた秘密特訓をすることになった俺とアナスタシアだったが――、
「あらまあ、お盛んですねえ」
いつの間にか俺達のすぐ傍にメリッサが立っていて、声をかけてきた。
「メ、メリッサちゃん!?」
「ハーレムで生まれ育って日常的に父親達の情事を垣間見て育った私ですけど、食堂のど真ん中で羞恥プレイとか、やりますねえ」
羞恥プレイ、だと? いや、確かにそうなのか。まずい、冷静に振り返ってみて、まったく否定できないぞ。
「いやあ……、俺としてはメリッサちゃんがハーレムで生まれ育ったって話がけっこう驚きなんだけど」
だからハーレムの実態について妙に詳しかったのか――という感想を抱きつつ、話を逸らしてみる。
「いえいえ、この都市で
「そう、なのか?」
「ええ。どこぞの大物な王侯貴族がハーレムの妾に孕ませた子供が女の場合、大抵は聖騎士にするために物心が付く前からこの
メリッサはあっけらかんと語った。
「そう、だったのか……」
でも、彼女が特殊というのはどういう意味なんだろうか? 訊いてもいいものなのか、俺が悩んでいると――、
「なので、浮遊都市にいる聖騎士の子達は世間知らずな子ばかりなんです。大半の子は外の世界のことはよく知らなくて、産まれた時から聖騎士としていつか魔物と戦うことを運命づけられている。まあ、アナスタシアさんやイリスさんは皇族と王族として生まれ育った上で、
メリッサが口を開き、話を続けた。
「…………そうか」
親の顔も自分の出生もわからず、魔物と戦わせるために産まれた子もいる。そんな話を聞いてどんな顔をすればいいのかが正直わからなかった。怒ればいいのか、軽く流してしまえばいいのか……。
ただ、この世界の置かれた状況が芳しい状態ではないと知ってはいても、聞いていてあまり面白い話でないと思ったことは確かだった。
「メリッサさんは何の用があって声をかけてきたのかしら? そんな話をタイヨウさんに聞かせたかったの?」
アナスタシアは魅了スキルのメロメロ状態から回復したのか、まだ少し頬を赤く染めながらも、少し警戒した面持ちでメリッサに問いかける。
「んー、昨日今日と都市の中を見て回って、身持ちの堅いアナスタシアさんも身も心も許して公衆の面前で痴態を晒す姿を見て、ちょっと気になったことがありまして」
メリッサは俺とアナスタシアを視界に収めて話を切り出す。
「なっ、なによ?」
堪らず赤面し、訊き返すアナスタシア。
「都市中のみんなが
「……何が、かしら?」
アナスタシアは何か察するところもあったのか、真面目な顔になって尋ねる。
「もちろん事情は聞いたので魅了する必要性は理解できるんですけど、魅了してメロメロになった子から手当たり次第に惚れられたら、かなり面倒なことになりませんか? みんなが神騎士さんと結ばれたがるでしょうし」
メリッサはそう語ると俺を見て、ふふっと微笑した。女の子達から無条件に好意を寄せられすぎて、その辺りのことは漠然としか考えていなかったというか、現実感がなかったんだけど――、
「…………」
現実を突きつけられたみたいで、すごくドキッとした。
「当の神騎士さんはどうするんですか? メロメロにした責任をとってくださいって言われたら。ハーレムを作る気はないって前に言っていましたけど、築いちゃいます?」
メリッサはずばりその辺りのことを俺に訊いてくる。アナスタシアも俺の考えを聞いておきたいとは思っているのか、口出しはせずに見つめてきた。
俺個人の考えとしては、いくら大義名分があって本人達の同意も得ているとはいえ、魅了スキルで乙女の身体をメロメロにするだけしておいて後は放置というのは無責任すぎるというか、それってどうなのと思うわけで……。
しかし、安直にハーレムを築くことが誠実な対応とは思えないし、仮に築くとしても俺は一人しかいない。今後、大陸中の乙女を魅了するとなると、現実的に考えてすべての子と結ばれるのは不可能だろう。足りない頭で最大限、考えてはみるが――、
「……ハーレムを築くかどうかは別として、自分にできる範囲で、可能な限り誠実に対応したい、とは思っているかな」
明確にこれだという回答が見つからなくて、曖昧に答えた。
「なるほど。じゃあ、例えばこうやって……」
メリッサは「えいっ」と言って、いきなり俺に抱きついてきた。
「ちょ!」
唖然と硬直する俺。一方で、向かいに座るアナスタシアも愕然と目を丸くする。
「魅了してメロメロにした女の子から実際に迫られたら、どんなふうに誠実に対応してくれますか?」
メリッサは俺の耳許に口を寄せて、囁くように尋ねた。
「っ……」
吐息がくすぐったくて、俺はびくりと身体を震わせてしまう。すると――、
「ちょっとなにやってんのよ、あんた! タイヨウから離れなさい!」
ルゥがスッと姿を現して、途端にメリッサに食ってかかる。
「あらあら、ルゥ様もいらっしゃったんですね」
メリッサは俺に抱きついたまま、余裕を持って愉快そうに応じた。
「……私はタイヨウから離れなさいと言ったんだけど? いきなり現れて変なこと言いだして、何を考えているのかしら?」
ルゥは端正な可愛い顔を引きつらせて問いかける。
「男の人が神騎士になっちゃうと面倒な問題が生じちゃいますよね、という話をしているんですよ。女性が神騎士ならこんな問題は起きないんでしょうけど、男女に友情は成立しないとよく言われますし、魅了スキルの効果が効果ですし、女神エロース様の神託もありますから、当人達はどう思っているのかなって」
「知らないわよ。魅了しないと世界を救えないんだもの。魅了した相手に惚れられるところまでアフターケアなんてできないし。世界を救えなくていいのなら、魅了されなければいいじゃない」
ルゥはふんと言い放つ。
「なるほど……。神騎士さんもそう思います?」
「えっ? あっ、いや……」
メリッサが俺の耳許に口を近づけたまま話すものだから、吐息がくすぐったくてゾクゾクして仕方がない。女の子の良い香りもするし、会話の内容がちっとも頭に入っていなかった。尋ねられてもなんと答えればいいのかわからない。すると――、
「だからタイヨウから離れなさいって……! まあ、いいわ。そういうことなら」
ルゥはふるふると怒りで身体を震わせてから大きく息をつくと、その場からフッと姿を消してしまった。直後、俺の手にケラウノスが現れる。
「ふぁっん!」
メリッサはガクッと身体を震わせて、俺に抱きついたまま腰を抜かした。
「ふあっ、っあっ、くっ、ふぁっ……」
自分の身体を支えるために俺の身体に触れているため、魅了スキルが発動し続け、俺の耳許で甘い声を漏らしている。
「お、おい、メリッサちゃん。俺から離れれば魅了スキルが停止するから!」
耳許の喘ぎ声で妙な気分になりそうだったが、それどころじゃない。慌ててメリッサに俺から離れるよう指示する。
「んぅっ……」
メリッサは腕の力を抜いて、俺に抱きつくのを止めた。そのまま床にくずおれると、それ以上エッチな声が出ないように顔を赤くして口許に手を当てる。
「なによ、もうギブアップ? ハーレムで生まれ育ったからか知らないけど、妙にマセているくせにしょせんは初心な生娘ね」
ルゥは再び姿を現すと、床で腰を抜かすメリッサにドヤ顔で勝ち誇った。
「……こ、これが、魅了スキルですか。なるほど」
メリッサは平静を装おうとしているのか、まだ顔を赤くしながらも余裕ぶった笑みを浮かべると――、
「実に不愉快な感覚ですね。本当、最低な能力です」
と、小さく囁いた。すぐ傍に倒れていたから、たぶん俺にだけ聞こえた。
「メリッサちゃん……」
俺は目を丸くして彼女の顔を見下ろす。
「……神騎士さんはもう少し考えてみてくださいね。大陸中の乙女達から言い寄られた時にどうするのか。それじゃあ、私はこれで」
メリッサは息を整えて俺と視線が合うと、にこりと笑みを取り繕って立ち上がり、そう言い残してその場から立ち去っていく。その足取りは少しふらついていたけど、呼び止めることはできなかった。
「……ふん、なによ」
ルゥはメリッサの背中を睨みながら、不機嫌そうに鼻を鳴らしている。その一方で、アナスタシアはどうしたものかと思案顔を浮かべていた。
結果、メリッサはそのまま食堂から姿を消してしまう。
それから、俺は彼女から言われたことをあれこれ思案したものの、彼女が示唆したような事態が実際に起きた時にどうするべきなのか、自分で納得できる正解を導き出すことはできなかったのだった。
◇ ◇ ◇
そして、その日の深夜。お城にいる大半の人間が寝静まった頃のことだ。俺は大食堂でメリッサからされた話のことばかり考えていて、なかなか眠れずにいた。
だが、いくら考えても答えはわからない。
「んー、駄目だ。本当わかんね。寝よう」
そう結論づけると、今日のところは眠ることにした。それからどのくらいの時間が経ったのかはわからないが、次第に意識もまどろんでいく
俺だけかもしれないけど、寝る時、ああ眠るなってわかる時がたまにある。今がそんな感じだった。意識の残滓がほんの少しだけ残っている感じ。
ギィ……と、何か音が響いた気がしたが、今の俺にとってそれは意識を覚醒させるに足る外部情報ではない。が――、
「こんばんは」
と、小声が聞こえた気がした。
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