第31話

 神話聖装アポカリプシスの使い方をレクチャーしてほしい。アナスタシアからそう請われると、ルゥは単純明快な訓練方法があると答えた。果たして、その内容はというと――、


「とにかくタイヨウから魅了スキルをかけられまくるのよ」


 本当、単純明快だった。でも、説明が不足しすぎている。


「は、はい?」


 案の定、戸惑いがちに首を傾げるアナスタシア。一方、イリスはちらっちらっと俺を見て赤面していて、メリッサは真顔になっていた。


「もうちょっとちゃんと説明してやれよ。メリッサちゃんは魅了スキルのことをまだよくわかっていないだろうし」


 俺は嘆息してルゥに言う。


「まあいいけど、あんたはどこまで魅了スキルについて知っているのよ?」


 ルゥは新参のメリッサを見て尋ねる。


「一通りのことはアナスタシアさんとイリスさんから。魅了スキルがただのいかがわしい能力じゃないってことは理解しましたよ。神騎士ゼウスさんに魅了されることで私達が一時的に強くなることも、私達を魅了することで神騎士さん自身がどんどん強くなることも。暗躍している眷属の話を警戒して後者の能力はなるべく伏せておく必要があるってことも聞きました」


 メリッサはひょいと肩をすくめて答えた。どうやら俺の知らないところで団長同士、情報の共有を行って、魅了スキルに関する説明も受けていたらしい。


「そういや眷属に操られていた女の人はまだ目覚めないのか?」


 眷属の話が少し出て思い出したので、訊いてみた。


「ええ。今朝になってもずっと死んだように眠ったままよ。どれだけ身体を揺すっても起きる様子がないから、何かしらのよからぬ術が施されている可能性もあるわね」


 アナスタシアは顔を曇らせて教えてくれる。


「そっか……」


 情報収集はもちろん、あんまり寝たままだと食べ物も飲み物の摂取できずに命に関わるだろうし、早く目覚めて欲しいんだけど……。


「まあ、今は訓練に集中しましょう。タイヨウさんに魅了スキルをかけてもらうことが必要な訓練だという理由をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか、ルゥ様?」


 アナスタシアは話が脱線しすぎる前に、訓練へと話を戻した。


「理由というか、訓練の目的は二つよ。一つは魅了スキルをかけられることで、あんた達の成長を促すこと。人によっては一回でもきっかけを掴む子はいるんだけど、一時的とはいえ魅了スキルで能力が向上した時の感覚は貴重な経験になる。だから、頻繁に魅了スキルをかけてもらうことでその感覚を徹底して身体に覚え込ませるの。嫌ってほどにね」


 ルゥはそう説明して、ニヤリと笑みを刻む。


「な、なるほど……」

「……あ、あの感覚を、頻繁に……」


 これまでに何度も魅了スキルを使用されたアナスタシアとイリスはぶるりと身体を震わて、頬を赤らめた。


「で、もう一つの目的は魅了スキルの快感に慣れること。魅了スキルを使用される度に完全に行動不能になられてもお荷物になるだけだし。感じて多少の隙ができるのは仕方ないけど、腰を抜かさないくらいには動けるようになってもらわないと困るわ。ま、それでも集団で戦う場合は周囲を魅了しすぎないように能力をセーブしつつ、ここぞって時に全力で戦うのが神騎士の基本的な戦闘スタイルになるんだけど」


 ルゥは二つ目の訓練目的を告げる。


「慣れる……ということは、スキルを使用されている時に感じる快楽を弱く感じられるようになるということでしょうか?」


 と、アナスタシア。確かにそれなら腰を抜かすこともなくなるだろう。


「安心しなさい。感じる快楽の強さは変わらないから」

「……な、なんで安心に繋がるんですか?」


 アナスタシアは面食らい、赤面して尋ねる。


「え? だって気持ちいい方がいいんでしょ?」

「そ、そんなことはありません!」


 ルゥから真顔で言われ、アナスタシアは上ずった声で否定した。


「でも、快楽の強さが変わらないのに、慣れることなんてできるんでしょうか?」


 イリスはおずおずと質問する


「できる。というより、これは気合いの問題よ。メロメロになって休みたい時にどれだけ自分を甘やかさないか。身体が疼いて足腰が立たなくても立つの、走るの、戦うの。身体が敏感なままでも、無理やり身体を動かすのよ」


 むちゃくちゃ言いやがる。本当にただの根性論だ。


「ですが、あの状態で動いたら身体が擦れて、もっと気持ちよくなってしまうのでは?」


 アナスタシアは顔を引きつらせて訊く。


「ま、そうなるんじゃない? 五千年前に訓練した時もそんな感じだったし」


 ルゥのやつ、自分が魅了スキルにかからないからって、他人事だなあ。


「あはは……」


 イリスは引きつった笑みを浮かべている。


「ま、実践あるのみね。本当は四六時中、魅了されたままでもいいくらいだけど、現実問題として無理だから、訓練のメニューとしてそういう時間を追加しておきなさい。魅了されることで能力の成長を促せるし、魅了に慣れる訓練にもなるし、タイヨウが魅了スキルを使いこなすための訓練にもなるし、一挙両得どころか三徳でしょ」


 つまり、女の子達をひたすら魅了するだけの時間が今後の訓練に追加されるってことだよな? 俺が魅了するんだよな? カオスな光景しか思い浮かばないんだけど。


「……承知しました。では、そろそろ始めるとしましょうか。せっかくなので、まずは魅了してもらう訓練から」


 アナスタシアも総団長権限で了承しちゃっているし、早速、魅了する訓練が始まっちゃうみたいだし……。だが――、


「あ、ちょっと待ってください。私、今日の訓練は不参加でもいいですか?」


 メリッサが右手を上げて、訓練への不参加をいきなり申し出た。


「……どうして?」


 アナスタシアは目を丸くし、理由を確認する。


「いや、朝から体調が優れないんですよ。訓練はいけるかなと思ったんですけど、なんだかさっきからどんどん気分が悪くなってきているので。無理かなと」

「大丈夫なのか?」


 心配になって尋ねた。


「はい。ちょっとお腹の辺りが重たくて」


 と、メリッサは下腹部に手を当てて答える。


「……そういうことなら無理しなくていいから。見学していてもいいし、辛いなら自室に戻って休んでいて?」


 イリスは心配そうにメリッサのことを気遣った。


「はい。では、遠慮なく。今日のところはいったん退散させていただきますね」


 メリッサはそう言い残すとくるりと反転し、訓練場の外へと歩きだす。たぶんこのまま部屋に戻るのだろう。去り際に俺を見て複雑そうな顔をした気がしたけど、一瞬だったのでよくわからない。


「……では、今度こそ訓練を始めましょうか。イリス、訓練メニューの追加を説明するから、団員を集めてきて頂戴」

「うん、わかった! 飛翔の聖靴タラリア

 イリスはアナスタシアの指示を受けて二つ返事で頷くと、訓練場を飛び回りながら「みんな、シアちゃん達のところに集まって!」と呼びかけていく。

 すると、訓練場にいた聖騎士パルテノス達は迅速に移動を開始し、部隊ごとに整列を開始した。呼びかけからわずか一分強で、俺達の前に千人ほどの聖騎士が集結する。

 ちなみに、ここにいる人員が浮遊都市アルカディアに勤務する聖騎士のすべてではなく、ローテーションの都合でこの訓練に参加していない聖騎士達がまだまだ大勢いる。


「それでは、これより本日の訓練を開始しますが、本日より新たなメニューが加わりましたので、説明を行います」


 アナスタシアは訓練場に設置されている檀に上ると、魅了スキルを使用した訓練についての説明を開始した。話の内容は先ほどルゥがしてくれたものと同じだが、上手く手短にまとめていた。

 そうして、いよいよ魅了スキルを使用した訓練が始まることになる。まずは都市の広場で住民をマーキングした時のように、みんなを一カ所に密集させた。続けて俺がケラウノスを握って頭上へと浮遊し、聖騎士のみんなを見下ろす。

 わくわく、そわそわ、どきどき。いよいよ魅了されることを喜んでいるのか、期待しているのか、はたまた興奮しているのか、みんな思い思いの表情で俺を見上げている。視線を合わせたら魅了スキルが発動してしまうので、俺は微妙に視線を逸らしているけど。


「じゃあ。魅了のオーラを展開するけど、準備はいいか?」


 まだ魅了スキルの出力を抑えた状態で、俺は眼下のアナスタシアに確認した。


「え、ええ! いつでもいいわよ!」


 アナスタシアは身構え、やや固い声で決然と首肯する。


(ルゥ、頼む。能力を解放してくれ)

(了解)


 瞬間、俺の身体を起点に魅了のオーラが球体状に膨れ上がった。俺は自分の体内から溢れ出てくるエネルギーを感じ取ると、両手を地面に向けて、身体から溢れる魅了のオーラの形を変化させる。

 オーラはゆっくりと俺の手の前へと集中していき、薄べったい円形の巨大な蓋のようになる。あとは蓋の形になった魅了のオーラでみんなを包み込めばいいだけだ。

 魅了のオーラの形を維持したまま、俺はゆっくりと高度を下げていく。やがてオーラはアナスタシア達の身体と接触して――、


「ひぅんっ!」


 一斉に甲高い声が上がった。同時に、みんなの身体がビクンと跳ね上がる。だが、すぐにバラバラな反応を見せるようになり――、


「ああっ!」「あっ」「あんっ」「あふっ」「ひゅん!」「んぁ、くぁ!」「ふぁっ、んく」「んふっ、ふっ!」「おっ、おほォ!」


 色んな喘ぎ声が響き渡る。昨日、広場でマーキングする際に何度も似たような光景を見たが、本当、阿鼻叫喚の一言に尽きる。何度見ても見慣れる気がしない。

 だって、知っている女の子達のエッチな声を聞きながら、乱れ狂う姿を目の前で延々と眺め続けているんだぜ? 一部、よく聞き慣れた女の子の声も聞こえたりすんだけど、あえて特定はしないことにした。


(これ、どれくらい続ければいいんだ?)

(私がいいって言うまで。とりあえず一回、限界を越えてもらいましょうか)


 限界とやらが何なのかは、聞かない方がいいんだろう。


(……了解)

(そうそう、愛の力が簡単に聖騎士の身体に馴染んで落ち着かないように、愛の力の流れを乱す必要があるんだけど、まだ難しいだろうし私がやってあげるわ。タイヨウはこのままオーラの形を維持していて頂戴)

(おう……)


 本当、魅了スキルって色々とできるんだな。感心半分と呆れ半分で頷く。そうこうしている間にもスキルは発動中だ。

 ルゥの言う通り流れが乱されているのか、総量はそのままで、俺が放出している愛の力のオーラが形を維持したままぐるんぐるんと渦巻いている。


「ふぁー、ふぁっ」「あうっ、っ、っ」「ふっ、ふっ、ふー、ふー」


 ビクビクビク。ビクン、ビクン、ビクビク、ビクッと、誰もが激しく身体を痙攣させていて、喘ぎ声はいっこうに鳴り止む気配がない。

 そうやって、決して短くない時間が経過していき、やがて――、


「ふあああっ!」


 ガクガクッと、みんなの身体が次々とひときわ大きく痙攣し始めた。すると、俺の身体から溢れていた魅了のオーラも途端に霧散し始める。

 それに伴い、以降はみんなの身体もブルブルと震えるくらいに落ち着いていく。全員が吐息を整え始め、気持ちよさそうにぐったりし始めた。


(よし。じゃあ、いったん地面に降りなさい)

(はいはい)


 俺はルゥに言われるがまま、降下して地面に足をつける。すると、ケラウノスが姿を消して、ルゥが人の姿で現れた。


「はい、みんな立ち上がって! ほらほら、立ちなさい、立ちなさい! 今このタイミングで魔物キメラが襲いかかってきたら、狙い撃ちになるわよ?」


 ルゥはパンパンと手を叩いて、地面でぐったりとしている聖騎士のみんなを立ち上がらせようと発破をかける。

 みんな生まれたての子鹿のような足で、ふらふらと立ち上がろうとした。そうして真っ先に立ち上がったのは、総団長のアナスタシアと、副総団長のイリスである。


「くっ……」


 二人とも立ち上がるのがやっとといった感じだ。油断するとそのままその場で膝を突いてしまいそうなほどに足が震えている。


「十全のコンディションの時と同じように動けとは言わないわ。でも、せめて狙い撃ちにならないくらいに動き回れるようにならないと駄目よ。というわけで、このまま訓練場をぐるっと一周ね。アナスタシアとイリスは一位と二位でゴールしないと罰ゲーム。他の子達はこの二人に勝てばタイヨウと昼食を食べる権利をゲット。はい、スタート!」


 パンパンと、ルゥは手を叩いて急かす。景品をぶら下げたつもりなんだろうが、そんなのでやる気は出るのか? 可愛い女の子達と一緒にランチとか、むしろ男の俺の方がやる気を出して然るべきご褒美なんですけど。


「はあ、はあ、タイヨウ、様と……」「お昼ご飯を食べ、られる!?」「ふたり、きり、なのかな?」「あーんって、したい!」「わ、わた、し、頑張る!」


 やる気、出たらしい。


(いや、お昼ご飯を一緒に食べるくらいで頑張ってくれるなら、いくらでも一緒に食うけどさ……)


 本当にそんなのでいいのか? ふらふらになりながらも頑張って立ち上がろうとしている女の子達の姿を見ていると、なんかすごく照れくさい。俺のために頑張ってくれているんだなって思えたから……。ちょっと嬉しい。


「ちょ、ちょっと……!」

「わ。私達だって、一緒にお昼ご飯を食べたいのに……!」


 アナスタシアとイリスは気合いで走り出そうとしている団員達を見て、負けじと率先して足を動かす。そうして、魅了されて身体が熱くメロメロになった状態で、不意打ちのマラソン大会がスタートした。


「ふっ、ぅ、ふー、んっ、んあっ……」

「くっ、あんっ、あっ、ふぁっ、はあっ、はあ」

「ふぁ、ふぁ、ふぁっ……」


 やばい。走り疲れて息が切れているのか、気持ちよくて喘いでいるのか。色々とぶっ飛びすぎていて、なにをどう突っ込めばいいのかわかんない。

 なんなんだ、これは? いや、強くなるための超大真面目な訓練なんだけどさ。目の前の光景に理解が追いつかず、俺は呆然と彼女達が走る様を眺めていた。すると――、


「ほら、ボサッとしていないで。タイヨウはこの時間を有効活用してケラウノスを出さなくても魅了スキルを使えるようになるんだから、私の話を聞きなさい」


 ルゥが俺に語りかけてきた。俺は非現実的な光景を目の当たりにして鈍った頭で、その言葉を咀嚼する。


「……え、ああ、そういえばできるって言っていたな」


 確かルゥが廃都で魅了スキルを使ってエカテリナを気絶させた時に。


「神話聖装の固有能力には武具を実体化させていなくても引き出せるものがあるって、前にアナスタシア達から習ったでしょ? 契約者の固有能力の使用もケラウノスの管理人格である私が管理しているから、今すぐにでも使えるようにしてあげる。効果は劣化するけど、使用することは可能よ」

「んー、でも剣を握った状態で使えれば十分じゃないのか? 日常生活で使用する場面なんてないだろうし」


 というより、日常生活で意味もなく使おうものなら、それこそただの変質者になる。


「剣を出さない状態で魅了スキルを使用する練習をしておけば、剣を握った時に魅了スキルをより上手に使いこなせるようになるのよ。だから、今後は日常生活の暇な時間を見つけたら練習をするようにしろってこと。悪用したら許さないけどね」

「もちろん悪用するつもりはないけど……、剣を握っている時みたいに勝手に能力が発動するんじゃないのか?」


 だとしたら、俺の意思とは無関係に魅了することになりかねない。常に能力が発動している制御不能な魅了の力。それこそがケラウノスに宿る魅了スキルのはずだ。


「剣を出さない分、出力が下がって能力が劣化するから、契約者の意思でなんとかオンとオフの制御ができるレベルにはなるのよ。発動条件は対象と肉体的に接触するか、数メートルくらいの至近距離で視線を合わせるか」

「なるほど……」


 ケラウノスを握っている時はもっと距離が離れていても視線を合わせれば魅了スキルが発動していたと思うので、確かに能力は劣化するようだ。


「じゃあ、早速だけど、魅了スキルの使い方をタイヨウに伝授するわよ。……私の手を握りなさい」

「え?」


 おずおずと小さな両手を前に出してくるルゥを見て、俺は目をきょとんと丸くする。


「剣を握っていない状態だと、こうしないと能力の使い方を教えられないの! こればっかりは口で説明しても無理だし、仕方ないから、私の手を握ることを許してあげる。そう言っているの!」


 ルゥはかああっと顔を紅くして叫んだ。


「わ、わかったよ。じゃあ、握るぞ」


 別に親愛表現の手段として手を握るわけじゃないんだし、そんなに恥ずかしがる必要もないのに。なんだかこっちまで恥ずかしくなるじゃないか。ともあれ、ルゥの手を掴むべく、俺は恐る恐る両手を伸ばす。


「んっ……」


 手を握ると、ルゥの顔がさらに紅くなった。


(そういやルゥの身体と身体が触れあうのって、これが初めてなんだよな)


 この世界に来て最初に出会った時にベッドで布団の上から馬乗りになられたけど、あの時は寝惚けていたし、素肌の接触もなかったし……。

 初めて触ったルゥの素肌はすごく柔らかくて、温かった。これが女の子の手だ。たった手を握るだけのことなのに、気がつけば胸がドキドキしていて……。

 やばい、なんかさらに緊張してきたぞ。ルゥは手を握ったまま俯いていて、何を考えているのかわからないし……。能力の伝授とやらに集中しているんだろうか。

 静かだ。いや、周囲にはひいひい喘ぎながら訓練場を走り回っているアナスタシアやイリス達がいるんだけど……。

 いったいどれくらいの時間が流れたんだろうか。たぶん十秒も経っていないけど、時間の流れを完全に忘れてしまった。だが、やがて――、


「い、いつまで触っているのよ! もう終わったんだから、離しなさい!」


 ルゥがハッと顔を上げて、互いの沈黙が破られる。


「いやいや、いつ終わったかなんて知らないから!」


 理不尽だと思いつつも、俺は慌ててルゥから手を離す。


「使い方、もうなんとなくわかるでしょ? 魅了のオーラの形を操作した時みたいに、体内に宿る愛の力を意識して能力を発動させてみなさい。使うって強く意識すればいいだけだから」

「いや、そんなこと言われても……、こうか?」


 確かになんとなく使えそうな気はした。ケラウノスを握っている時は感覚が鋭敏になって自分の中に眠る愛の力も感じ取れるようになるから、その時の感覚を思い出す。魅了スキルを使ってみようと意識してみる。けど――、


「特に何かが変わったようには思えないんだけど……」


 自分の両手を見下ろしながら呟き、本当に魅了スキルが発動しているのかを確認するべく、正面に立つルゥになんとなく視線を向けた。すると、視線がぶつかり――、


「ひぅん!?」


 甲高い声を漏らし、ルゥの身体がびくりと跳ね上がった。


「え?」


 聞き間違いかと思い、まじまじとルゥを見つめる。


「わ、わざとやっているでしょ!」

「え、何が?」

「魅了スキル! 発動している!」


 ルゥは俺から視線を逸らして訴えた。


「あ、ああ! でも、ルゥに魅了スキルは効かないんじゃないのか?」


 俺はようやく、魅了スキルの発動に成功していたことに気づく。

 っていうか、わかりづら!


「人の姿になっている時は効くの! だから、悪用したら駄目って言ったのに! あ、悪用した! 悪用した!」


 ルゥはつぶらな瞳に涙を浮かべて、あわあわと俺を非難する。こんなルゥの姿は見たことがなかったから、こういう姿もどうしようもなく可愛くて、ドキドキしてしまう。


「わ、悪い! どうやって魅了スキルを停止させればいいんだ?」


 慌てて尋ねた。


「愛の力を霧散させるイメージ! 魅了スキルを使わないって!」


 ルゥはぷりぷりと怒りながら叫んだ。


「よ、よし!」


 使わない、使わない。強くそうイメージする。


「これで大丈夫……かな?」

「……ん。目の色が戻ったから、大丈夫」


 ちらりと俺の顔を見て、ルゥが教えてくれた。どうやら停止したらしい。魅了スキルが発動すると目の色が金色っぽくなるらしいから、人から見たら一目瞭然というわけだ。

 しかし、使用者の俺が発動しているのかどうかわかりにくいのはけっこうな欠点じゃないか? ケラウノスを握っている時は常に発動しているとわかるからいいんだけど。


「教えるんじゃなかった……」


 ルゥはぷくぅっと頬を膨らませて拗ねる。すると、そこへ――、


「はあ、あっ、はあ、んっ……。な、何を、している、のですか?」


 訓練場を走り終えたアナスタシアとイリスがやってきた。総団長と副総団長の意地を見せたのか、二人でワンツーフィニッシュだ。


「いや、ケラウノスを握っていなくても魅了スキルを使えるようにしてもらったんだけどさ。人の姿になっている時はルゥにも魅了スキルが効くらしくて……」


 唇を尖らせたルゥに視線を向けつつ、アナスタシアの質問に答える。


「そ、そんなこと教えなくていいのよ、エロタイヨウ!」


 しまった。さらに怒らせてしまったようだ。


「なるほど……。少しは私達の気分を味わっていただけたということですね?」


 事情を察したのか、アナスタシアはニヤリと笑みを刻む。しかし、それがルゥの癪に障ったのか――、


「終わったんなら、魅了スキルに耐える訓練をもう一回ね。今度は魅了スキルをかけられた状態で動き回ってもらうから」


 訓練メニューのスパルタ度合いが上がった。


「そ、そんな!?」

「無理ですよ! 魅了スキルをかけられた状態で動き回るなんて!」


 アナスタシアとイリスは顔色を変えて訴える。


「もう決まったから。はい、剣の姿になりまーす。ゴールした奴からどんどん魅了していくから」


 ルゥはそう宣言するなり、さっさと剣になってしまう。魅了のオーラも俺の身体から膨れ上がっていき――、


「くぅん!」


 すぐ傍に立つアナスタシアとイリスの嬌声が、再び響き渡った。

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