第28話

   第三章 望まぬ告白




 俺達は最初にマーキングを完了した広場を立ち去ると、次の広場へと移動した。やることは最初の広場でしたことと同じだ。特に変わった出来事も起こらず、先ほどよりもスムーズにマーキングを完了させる。

 あとは混沌とした広場の整理をアナスタシア達が済ませ、また次の広場へ移動する。その繰り返しだ。若い女の人達の喘ぎ声はいつまで経っても聞き慣れないが、幸いケラウノスを握っている間は頭だけは冷静になる。仕事だと割り切ってドキドキを抑えこんだ。

 ただ、マーキングが完了して魅了スキルの発動を解除した後、すなわち馬車に戻ってルゥが人の姿になった後に、住民の皆さんからすごく熱っぽい視線を向けられる時は、ケラウノスが消えた反動でとてつもなく悶々とした気分を味わう羽目になる。

 そうやって広場を回ること、二十数回。なんとか日が暮れる前にはすべての広場を回りきって、都市部に暮らす女性達のマーキングを終えた。


「よし、これで最後の広場だよな?」


 マーキングを完了して馬車の台座に戻ると、嬉々としてアナスタシアに確認する。今日だけで三万人近い女性のエッチな声を聞いたんだから、「よく耐えた、俺の理性」と褒め称えてやりたい気分だった。しかし――、


「ええ、広場はここで最後です。あとはもう一カ所、聖騎士団の居城がある丘の麓のアカデミーへ向かい、聖騎士見習いの子達を魅了してもらうことになります」


 まだ訪問先が一つ残っていた。


「そうか……。アカデミーって確かエカテリナちゃんが通っているところだよな?」

「はい。その節は愚妹がご迷惑をおかけしました。時間がなくて私もまだちゃんと話はできていないのだけど、アカデミーに着いたらきちんと謝罪させるわ」


 アナスタシアは心労を覗かせた表情で溜息をつく。


「いや、別に謝ってもらうつもりはないというか、こちらこそルゥが気絶するまで魅了しちゃったし……」

「私のことをちんちくりんとか言うからよ」


 ルゥはふんと鼻を鳴らす。また何か一波乱ありそうだなあ。なんとなくそんな予感がして、また溜息を一つ。

 ともあれ、アカデミーとの距離はどんどん縮まっている。今は聖騎士団の居城とアカデミーがある丘へと続く大通りを進んでいる最中だ。


「そういや帰りはパレードを見物に来る人がたくさんいるんだな」


 俺はふと台座の上から大通りを見回して言う。周囲には既にマーキングが完了した住民達が集結していて、俺達の帰還を見物しようと左右道なりに人垣を形成していた。


「あとはもうお城まで戻るだけですからね。通行止めを解除して観覧を許可しました」


 と、アナスタシア。


「そうなんだ。ようやくパレードらしくなってきた感はあるけど、なんか異様に静かじゃないか? それに、みんな顔が熱っぽいというか……」


 まだ魅了スキルの影響があるのかな? 魅了されてからけっこう時間の経った人も多いはずだけど……。大通りにはザッ、ザッ、ザッと、規則正しく行進する聖騎士パルテノン達の足音だけが響き渡っている。


「さあ?」


 ルゥは特に気にしていないのか、どうでもよさそうに答える。ちょっと不機嫌そうなのは気のせいだろうか?


「たぶん、エロース様の神託が関係しているじゃないかなと。神騎士ゼウスと恋をして、神騎士を愛しなさいっていう……」


 イリスは気恥ずかしそうに教えてくれた。


「まあ、そういうことでしょうね」


 アナスタシアはやれやれと息をついて同意する。


「………………ん?」


 それって、つまり……?


「本当、鈍感ね。この都市にいる連中はみんな、あんたに恋しているのよ。あの性悪女神の神託を馬鹿正直に真に受けて、意識しちゃっているの、あんたのこと」


 ルゥはムスッとした声で、ずばり指摘する。


「まあ、突き詰めるとそういうことです」


 アナスタシアが肯定し、イリスもゆっくりと首を縦に振る。


「へえ……、って、いや、マジで!?」


 思わず椅子から身を乗り出す。事実だとしたら、人生で最大のモテ期到来なんてレベルじゃないぞ。人類史上最大のモテ期到来だ。


「がっつきすぎ」


 ルゥの容赦ない突っ込みが入る。だが、今はスルーだ。


「いや、だってさ。そんな簡単に恋するもんなの?」

「簡単ではありませんよ。みんなそれだけ女神エロース様のことを強く信仰しているんです。だから、マーキングにも協力してくれたし、タイヨウさんのことを真剣に意識しちゃっているのではないかなと」


 と、イリスは赤面しながら教えてくれる。


「そういう、ものなのか……」


 自分が無宗教だから、いまいち実感が湧かない。神様の言葉とかまったく意識したこともないし、信じろとか言われても簡単には信じられないと思う。


「ただ、この都市で暮らしている住民は男性に免疫がない人も多いから、外の女性よりは影響を受けやすい……というのもあるかもしれないわね」


 と、アナスタシアは分析する。


「魅了スキルの効果も少なからず影響しているわね。催淫効果の副次的な効果として、相手の好意を惹きつける効果もあるから」


 ルゥも少しだけぶっきらぼうな声で会話に加わった。


「そう、なんだ……。でも、それって人の心を操るってことだよな?」


 人の心を操ってモテるのは虚しいというか、そもそも人として最低じゃないか?


「安心しなさい。その気のない女にはまったく効果を発揮しないから。代わりに恋愛経験も碌にない初心な女にはそれなりに効果を発揮するけどね。ま、効果は永続しないけど」


 ルゥは大通りに居並ぶ女性達を見下ろしながら言って、最後にアナスタシアとイリスのことを意味ありげに見やる。


「…………つまり、タイヨウさんが住民から熱い眼差しで見つめられている今の状況は、この浮遊都市に暮らす乙女達がそれだけ清らかであるということの裏返しということですね。この都市の責任者でもある私としては、嬉しいことだわ」


 アナスタシアはこほんと咳払いをすると、うんうんと頷いて話をまとめた。


「だね、シアちゃん」


 イリスもうんうんと、大きく頷く。すると――、


「なんだかすごいことになっていますねえ」


 台座の後ろから、メリッサがひょこりと顔を出した。


「うおっ!?」


 ちょっとびっくりして大きな声を出してしまう。


「……メ、メリッサさん。貴方、今までどこにいたのよ?」


 アナスタシアは目を丸くして尋ねる。


「久々に帰ってきたので、都市の様子を確認しがてら散歩していました」


 明るい声で飄々と答えるメリッサ。


「ただでさえ忙しい一日だったのだから、今日は遊撃団長の貴方にも手伝ってほしかったのだけれど……」


 アナスタシアは不服そうに言う。


「手伝った方がいいかなと思ったから、こうやって顔を出したんですよ。これからアカデミーに向かうんでしょう? 私も同行しますよ。パレードの様子を見て、何をするのかはだいたいわかりましたから」


 あはは、と可愛らしい笑顔を見せるメリッサ。だが――、


(ふん……)


 やはりルゥはなにかがお気に召さないらしい。念話が頭の中に響いた。俺は苦笑いを浮かべてスルーし、アナスタシア達の会話に耳を傾ける。


「なるほど。でも、何をするのか本当に理解しているのかしら?」


 アナスタシアはスッと目を細めて問うた。マーキングのことはまだメリッサに教えていないはずだしな。すると――


「はい。神騎士さんの破廉恥な能力で、都市中の女性を籠絡してハーレムを構築するんですよね?」


 メリッサは小首を傾げ、人差し指を頬に当てて答えた。


「いや、しないよ!?」


 斜め上すぎる憶測を聞かされて、全力で否定する。


「そうなんですか? 神騎士さんはハーレムに興味はなかったり?」

「……男なら誰もがハーレムを好きってわけじゃないと思うよ」


 だからといって嫌いとも限らないけどな。興味があるかどうかも別問題だ。まあ、余計なことなので言わないけど。


「ふふ。じゃあ、私とかどうですか? 神騎士さんの恋人として」


 メリッサはそう言うと、台座の正面に回りじっと俺の顔色を窺ってくる。


「えっ、え?」


 ドキッとして、声が上ずった。すぐ傍にいるルゥ達も「なっ……」と言葉を失い驚愕している。


「言ったじゃないですか。私、神騎士さんに興味があるって……。神騎士さんはどうですか? 私に興味はないですか?」


 メリッサはだいぶ俺に顔を近づけて、そんなことを訊いてくる。本当、至近距離で見つめるとすごく顔立ちが整っていて、可愛い子だと思う。

 こんな可愛い子に迫られて、ドキドキしないはずがない。心なしかメリッサの顔も少し赤い気がするんだけど、やっぱり恥ずかしいんだろうか?


「……メリッサちゃんのことはまだよくわからないから、いきなり恋人がどうこうと言われても困るけど、どんな子なのかなとは思うよ」


 俺は精一杯頭を働かせて、無難に受け答えた。


「本当ですか? 嬉しいです。私、まだ胸も小さいので、神騎士さんに興味ないって言われたらどうしようかと思っちゃいましたよ」


 メリッサはホッと息をつき、自分の胸元に手を当てた。確かに、彼女はアナスタシアやイリスはおろか、ルゥと比べてもさらに胸が小さいように見える。でも――、


「いや、まあ、胸の大きさは女の子の魅力と関係ないというか……」


 卑下する必要はないと思うんだ。メリッサはこんなに可愛いんだから、もっと自信を持った方がいいと思った。ただ、流れで妙なことを言ってしまったとも思う。


「ふふ、じゃあ私も脈ありってことですね」


 ほら、こういう流れになってしまった。ただ、嬉しそうにはにかむメリッサの顔を見ていると、はっきりと否定もできなくて――、


「いや、そういう話でもないんだけど……」


 彼女の顔を直視できなくて、俺はつい視線を逸らしてしまう。相手は四歳も年下の女の子なのに、心のドキドキが抑えられないというか。そのことに少し焦りを覚える。

 なんかメリッサと話していると、つい彼女のペースに巻き込まれてしまう気がする。この世界に来てから出会ったどの子とも違うタイプの女の子だと思った。すると――、


「ねえ、バカなこと話してないで、もうすぐアカデミーに着くんじゃないの? お城がある丘の麓まで来たけど」


 ぺしっ、ぺしっ、と隣の椅子に腰を下ろすルゥが俺の肩をはたいてきた。全然痛くないけど、ちょっと驚いた。


「え、ああ、あの大きな建物がそうなのかな?」


 というか、アカデミーに行ったことはないんだから、俺に訊かれてもわからないぞ。だから、質問を丸投げするように、すぐ傍にいるアナスタシアとイリスを見て尋ねた。


「え、ええ、その通りです」

「そろそろ立ち上がってくださいね、タイヨウさん」


 二人はハッと我に返ったように頷くと、両脇から腕を掴んで俺を立たせてきた。


「お、おう」


 ぎこちなく頷く。だって、二人の胸がそれぞれ俺の両腕に当たっているから。質感の異なる柔らかさが左右から押し寄せてきて、硬直してしまう。


(そうか、人を閉じ込めるのに固い壁は必要ないんだな……)


 しみじみと思った。現に俺は動けない。が――、


「ちょっとむっつりスケベ組! なにタイヨウに胸を当てているのよ、離れなさい」


 ルゥの一声により、アナスタシアとイリスはサッと距離をおく。そして、二人で息を揃えて順番にこう叫んだのだった。


「ですから!」「私達むっつりスケベじゃありませんよ!」


 と。


「あははは。面白いですねえ、皆さん。なるほど、なるほど」


 メリッサは一連のやりとりを見て目を丸くすると、おかしそうに笑いだして何かを得心したように頷きだす。


(なんか妙な雰囲気になったな……)


 ルゥはムスッとジト目で俺を見ているし、アナスタシアとイリスはちらちらと俺のことを見てくるし、メリッサは興味深そうにみんなの反応を観察している。

 しかし、そうこうしている間にアカデミーはもう目と鼻の先だ。部隊は居城へと続く道から脇に逸れて、最後の目的地へと進んでいく。

 そして、アカデミーの敷地に設けられた門をくぐった。すると、俺達を待ち構えていたように、聖騎士見習いであろう少女達が百人くらいで固まって並んでいる光景が視界に入る。てっきり歓迎してくれるのかと思ったが、少し様子がおかしい。

 というのも、見習いの子達の先頭には、見覚えるのある縦巻きロールの少女がムスッとした顔で仁王立ちをしていて……。


「タイヨウ・ヒイラギ! 今日、貴方が都市の中でしてきた破廉恥な悪業は確と目撃しました。アカデミーの生徒会長であるこの私が証人、そしてこの場にいる者達が貴方の存在に異を唱えるメンバーですわ! このアカデミーに通う乙女達に指一本手出しはさせませんし、私のアナスタシアお姉様の純潔も奪わせません! 決闘よ!」


 そう、アナスタシアの妹であるエカテリナ・ブリアレオスが、ビシッと俺を指さして宣戦布告してきたのだった。一瞬、メリッサにも胡散臭そうな視線を向けた気がしたけど、気のせいだろうか? 背後にいる女の子達はうんうんと頷いていた。


「エカテリナ……」


 アナスタシアは右手で頭を抱えるように、溜息交じりに妹の名を呟く。廃都での戦闘後に駆けつけ、ルゥに魅了スキルを使用されて気絶したまま浮遊都市アルカディアへ運ばれた彼女だったが、無事に日常生活に復帰していたらしい。元気そうでちょっと安心したし、予想通り一波乱あったわけだが、決闘とは穏やかではない。


「いやあ、見事に歓迎されてませんねえ。やっぱりリナちゃんは面白いなあ」


 メリッサはくすくすと愉快そうに笑っていた。リナちゃんというのはエカテリナの愛称なのだろう。


「笑いごとではないわ」


 アナスタシアはキッと前方を見据えると、大きく声を張り上げて尋ねる。


「エカテリナ、これはいったいどういうことなのかしら!? 神騎士様に反逆することの意味を理解していて、このような真似をしているのよね?」


 反逆って、少し大げさじゃないか。子供達の反対運動程度だろうに。


「お、お姉様! くっ、言葉にした通りです! そこにいる男に、アカデミーの乙女とお姉様の純潔を賭けて決闘を申し込むと申し上げたのです」


 姉に糾弾されて一瞬だけ怯んだエカテリナだったが、決意は固いらしい。姉同様に声を張り上げて、毅然と受け答えた。まるで小さなアナスタシアだ。ドンと仁王立ちする姿はまさしく姉を彷彿とさせる。姉妹なんだなってのがよくわかる。


「いや、別にいらないんだけどね、君達の純潔……」


 ぼそりと呟く。すると――、


「い、いらないとは何よ!? 失礼な!」


 アナスタシアがムキになって俺に異議を唱えてきた。


「お、落ち着けって! だってさ、アカデミーにいるのって、みんな子供じゃね? たぶんメリッサちゃんより年下だよな? 流石に子供を魅了するわけにはいかないだろ?」


 慌てて弁明する。そう、見回した感じ、このアカデミーって子供しかいないんだ。まさしく小学生って感じの女の子達が勢揃いしている。そんな女の子達の純潔が欲しいなんて言ってみろ。日本ならどう考えても異常な犯罪者扱いだぜ?


「まあ、私も十三歳なので、アカデミー最高学年のリナちゃんとは一つしか違わないんですけどね」


 というメリッサの発言から推察するに、アカデミーに通うのは十二歳以下の子供ってことになるんだろう。俺はてっきり中高生くらいの子達もいるのかと思っていたんだ。


「というか、アナスタシアは俺にこの子達を魅了させようとしていたのか?」


 俺が尋ねると、アナスタシアはこう答える。


「流石に、成人を迎えていない子達を魅了させるのは酷なので、控えようとは思っていました。なので、最高学年である十二歳の子達と講師だけを魅了してもらおうかなと」


 マジかよ、十二歳から成人なのか。やばいな、異世界。


「いやいや、十二歳でも魅了はしたくないよ!? 講師の人だけでいいよ!」


 だって、日本なら小学生だぜ!?


「わ、私を放っておいて会話をしないでください! 決闘をするのか、逃げ出すのか、どっちですの!? タイヨウ・ヒイラギ!」


 俺達だけでガヤガヤと問答していると、エカテリナがムキーッと、名指しで俺に問いかけてきた。


「よし。城へ帰ろう。今日はここで解散!」


 逃げるわ、んなもん。パン、パンと手を叩いて、迷わず解散を促した。だが――、


「ま、待ってください! ここで逃げ出したら、エカテリナが調子づくわ! 神騎士の威厳もなくなってしまうじゃない! 逃げるなんて、総団長であるこの私が認めないわ!」


 アナスタシアが血相を変えて呼び止めてくる。なんというか、必死だった。


「えー……? じゃあ、どうするんだよ?」


 気迫に押されて、訊いてみる。


「簡単よ。決闘を受けて、エカテリナをねじ伏せればいい。暴走した目下の者を躾けるのは上位者の務めなんですから。もちろん私からも罰を与えます」

「いや、勝っちゃったら駄目じゃね? 俺、流石に子供達のことは魅了したくないんだけど……」


 倫理的にアウトですからね! 小学生、君らは駄目だ。せめて、せめて、中学生以上にしてくれ。一応、中学生なら恋愛対象としてアリかなという個人的には思っているし、それなら自分の中で区切りがつく。


「んー、十二歳になれば成人の女性なんですから、子供扱いするのは彼女達に失礼な気もしますけどね」


 と、メリッサ。


「俺がいた世界じゃ成人は二十歳からなんだよ!」

「……俺がいた世界?」


 そういやまだメリッサには俺が別の世界から来たことは教えていなかったか。不思議そうに首を傾げている。


「ああ、いや、その辺りのことはまた後で説明するとして……」

「だったら決闘に勝利して、勝者の権限で何も手を出さないで帰ればいいじゃない。ま、下手に気位の高い小娘だと、それはそれで傷つくのかもしれないけどね」


 俺が困っていると、ルゥがちらりとアナスタシアを見つつ提案してきた。「こほん」とアナスタシアがなぜかバツが悪そうに咳払いをする一方で――、


「うーん、それなら……。でも、なあ……」


 やっぱり俺は渋ってしまう。


「もう、じれったいわね。どうせ勝つんだから、さっさと行きなさいよ。あの生意気なガキに分相応ってものを教えてやればいいのよ」


 ルゥめ、エカテリナにちんちくりんって言われたことをまだ根に持ってやがるな。


「へー、やっぱり神騎士さんって強いんですか?」


 メリッサは興味深そうに訊いてきた。


「……戦闘能力に自信がある貴方でも勝てないでしょうね。というより、私とイリス、砲撃団長のグノシーさんが加わってもおそらく負けるわ」


 と、アナスタシアは断言する。どうやら団長職には砲撃団長ってのもあるらしい。ルゥは「当然ね」と言わんばかりにうんうんと頷いていた。


「へえ、団長総出で戦っても勝てないとアナスタシアさんに言わせるほどですか。仮にも天位の神話聖装アポカリプシスと契約しているんですけどね、私達」


 自分の戦闘能力に自信があるのか、メリッサは不敵な表情で俺を見つめてくる。


「あんた達、私に言わせればまだまだひよっこだからね。もっと訓練して神話聖装の力を引き出せるようにならないと話にならないわ」


 ルゥはふふんと、鼻を高くして言った。


「なら、ぜひともリナちゃんと戦ってその力を見せてほしいものですね。リナちゃんが負けて悔しがる顔も見たいですし。お願いしますよ、神騎士さん」


 メリッサは俺の裾を掴んで頼んできた。女の子にこういうことをされると、ちょっとドキッとするのは俺だけだろうか。さっき、堂々と恋人に立候補されたばっかだし。


「ま、まあ、いいけど……」


 つい、頷いてしまった。確かにさっさと終わらせた方が早いだろうしな。


「ふーん……」


 ルゥは何か言いたげな眼差しだが、気づかないフリをしておく。


「そうと決まれば、さっさと済ませようぜ」

「では、審判として私が立ち会いましょう。あの子とも少し話をしたいですし」


 アナスタシアが審判役を買って出てくれる。他にもイリスとメリッサが付いていくと宣言して、俺とルゥも含めて五人で馬車を降りてエカテリナ達のもとへ足を運ぶ。


「タイヨウさんが貴方との勝負を受けるそうよ、エカテリナ」


 アナスタシアはつんと突きつけるように言い放つ。


「の、望むところですわ!」


 エカテリナは姉の気迫に臆しつつも、毅然と応じる。


「それで、講師らしき人が見当たらないけど、アカデミーはこの事態に気づいているのかしら? 他の生徒達の姿も見当たらないけど、彼女達はどこに?」

「他の生徒達は講師達と一緒に講堂へ向かいましたわ。この場にいるのは生徒会と有志のメンバー。お姉様達を出迎えて講堂までお連れするという名目で、学生会代表の私が率いて参りましたの。なので、アカデミーはこの事態に気づいてはおりませんわ」

「まったく、手際だけはいいんだから。当然、場所の用意もしてあるのでしょうね?」


 アナスタシアは妹を睨むと、はあっと重い溜息をついて確認する。


「ええ、訓練場がガラ空きになっていますの。早くしないと講師の方々も異変に気づくでしょうから、こちらへ」


 エカテリナはそう言って、踵を返す。彼女を取り巻く聖騎士見習いの生徒達もぞろぞろと後を付いていき、俺達もその後を追いかけることになる。パレードの舞台は留守番だとアナスタシアが説明した。「ええ~!?」という不満の声は眼力で黙らせていた。

 一瞬、講師に伝えれば中止になるかもとは思ったが、これはもう聖騎士団の総団長であるアナスタシアが裁可した決闘になってしまったのだ。

 今さら来たところで話がややこしくなるだけだし、ここで中止したところでエカテリナ達の不満はいつか爆発するだけだろう。

 なら、ここでガス抜きをするしかない。と、そうは思うのだけど――、


「本当、妙なことになったなあ」


 まだまだ一日は長そうだった。

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