第27話
間章 一方、時計台では
太陽がちょうど最初の広場を訪れた頃。広場を見下ろせる時計台の中に潜伏している者達がいた。その筆頭が――、
「むきぃいい! なんなんですの!? なんなんですの!? タイヨウ・ヒイラギ! なんであんな男が神騎士になって、アナスタシアお姉様を傍に侍らせていますの!」
エカテリナ・ブリアレオスだ。馬車の台座に乗って華々しく登場した太陽やアナスタシアの姿を時計台の物見窓から発見すると、手にしたハンカチを悔しそうに噛む。
また、エカテリナの周囲にはアカデミーの制服を着た少女達が何人かいて、同じく時計台の物見窓から広場の様子を眺めていた。
「あっ、あの男の人が広場の上空に移動しました!」
「広場で何かするみたいですよ、生徒会長!」
「敵情視察といきましょう!」
などと、少女達は賑やかにエカテリナに報告する。
「ふん、いったいなにをするつもりですの?」
と、不機嫌そうに鼻を鳴らし、広場上空の太陽に注目するエカテリナ。後でアカデミーにも
「……なんですの、あの光?」
太陽は上空で身体から魅了のオーラを放出し始める。それが何なのかわからず、エカテリナ達は不思議そうに首を傾げた。
だが、その正体はすぐに判明する。魅了のオーラに触れた途端、広場の中にいた女性達が次々と喘ぎ声を上げ始めたのだ。
「んなっ……!?」
まだ幼いエカテリナ達は、未知の光景を目の当たりにし揃って絶句してしまう。
「ひぅ、ひんっ、ひらっ、や、やっ!」「あっ、やっ、あぁあ……っ!」「ふっ、うっ~~~~っ!」「こ、こんなのっ、ひっあっ!」「あっ、うっうぅう!」
広場から時計台の物見窓までは結構な距離があるが、年上の乙女達の嬌声はしっかりと届いていた。しばらくすると――、
「な、なに、なに、なんなの、あれ!?」
「びくびくって身体が震えているよ!?」
「すごい声を出しちゃっているよ!?」
少女達は何が起きているのかわからず、顔を真っ赤にして騒ぎ始める。が――、
「…………は、破廉恥! 破廉恥よ!」
身をもって魅了スキルを味わったエカテリナだけは何が起きているのかを理解しているのか、恥じらいと怒りを織り交ぜてそう訴えた。
「いったいなにが起きているんですか、生徒会長!?」
少女達は声を揃えてエカテリナに尋ねる。
「な、なにがって。あ、あの男はあんな衆人環視の中で、大々的に乙女の尊厳を踏みにじっているのですわ! 嫌がる乙女に鬼畜で破廉恥な真似をしている変態野郎ですの!」
と、エカテリナは太陽のことを散々にこき下ろす。
「でも、あの広場にいる方達は幸せそうな表情を浮かべているように見えますけど」
とある少女が恐る恐る指摘する。他の少女達も同じように感じたのか、発言した少女に同意するように様子を見守っている。
「嫌がっているのですわ! それともあんなこと、皆さんはされたいのかしら!?」
エカテリナは広場を指さして、少女達に問いかけた。
「それはちょっと怖い……かも」
少女達は顔を見合わせ、おずおずと語る。
「それが事実なのですわ! このままだとアカデミーの生徒達も全員があの変態の毒牙にかかってしまいますのよ!? なんとしてもそれを阻止する必要がありますの!」
エカテリナはここぞとばかりに捲し立てて訴えた。
「で、でも、どうやって……?」
少女達は途端に不安そぅな顔になる。と――、
「あれれ、リナちゃんじゃないですか。何をしているんですか、こんなところで?」
「きゃあ!?」
時計台上層階の物見窓の外から、ひょっこりと顔だけを入れて中を覗き込む少女が現れた。エカテリナ達はびっくりして声を出す。果たして、覗き込んできたのは――、
「うげっ、メ、メリッサさん!? どうしてここに……?」
聖騎士団の遊撃団長を務めるメリッサ・パルテノンだった。エカテリナは現れたのがメリッサだと知ると、あからさまに嫌そうな顔になる。
「そんな嫌そうな顔をしないでくださいよお。私達、親友じゃないですか」
メリッサはひょいひょいとエカテリナを招き寄せるように右手を二回振る。そして、そのまま室内へと入ってきた。
「貴方と親友になった覚えはありませんの」
エカテリナは距離を置いたまま、ぷいっと拗ねた子供みたいにそっぽを向く。
「もー、私が天位の
メリッサはあけすけに指摘して、エカテリナを褒め称える。
「ふんっ、自分以上の若さで天位の神話聖装と契約して、特例でアカデミーを飛び級卒業した天才さんにそんなことを言われても、何の慰めにもなりませんの。というより、どうして私達がここにいることがわかりましたの?」
偶然というわけではあるまい。エカテリナは言外にそう問いかける。
「パレードの様子を空から眺めていたら、人払いがされている通りをこそこそと歩くリナちゃん達を発見したものですから」
「……ぐっ、じゃあ、もしかして私達の会話を盗み聞きしていましたの?」
エカテリナはそう問いかけて、警戒したようにメリッサを睨む。自分達の企みをアナスタシア達にバラされてしまうのではないかと危惧したのだ。
「んー、そんなことより、リナちゃんは神騎士さんのこと、嫌いなんですよね? だからアナスタシアさんから神騎士さんを引き離したいと」
メリッサは口許に人差し指を可愛らしく当てて、質問し返す。
「……だったら何か?」
「そうですか、そうですか。なら、私はここで何の話も聞かなかったということにしておきましょうか」
メリッサはふふっと、満足そうに微笑して告げた。
「はああああ?」
エカテリナは今日一番の怪訝な顔になる。
「なにをそんなに驚いているんです?」
「貴方のことが信用できないからですの。いったいなにが目的ですの?」
「えー、ひどくないですか? 私達、親友なのに」
「ですから、貴方と親友になった覚えはありませんの」
「もう、そんなこと言うと口が滑っちゃいますよ」
「ぐっ……」
エカテリナは痛いところを突かれて押し黙る。
「アナスタシアさんがこのまま男の人に穢されちゃってもいいんですか?」
くすくすと、メリッサはあざ笑うように尋ねた。
「はあ!? ブリアレオス皇国の第一皇女として産まれ、今は世界を救済する聖騎士団の総団長をも務めておられる気高きお姉様がまさか、純血を奪われるとでも!? い、いや、でも、あの汚らわしい能力の毒牙に犯され、雌の顔を晒したことがあるのでは!? くうううっ。だとしたら、なんてうらやまっ、あ、いやっ、破廉恥ですの!」
エカテリナは勝手に妄想を膨らませて、ぐぬぬと激しく歯ぎしりする。
「んー、純血はたぶん奪われていませんよ、まだ。まあ、魅了スキルの毒牙には何度もかかっているみたいですけど」
メリッサはアナスタシアの貞操に関する情報を教えてやった。
「くっっほおおおお!」
エカテリナは悔しそうに地団駄を踏む。
「あー、もう、本当に面白いなあ、リナちゃんは。ま、私はそんなリナちゃんのことを親友だと思っていますから、この場では本当に何も聞かなかったことにしてあげますよ。じゃあ、そういうことで」
メリッサはお腹を押さえて笑ったような仕草をすると、すぐに表情を取り繕ってそう言った。そして、そのまま物見窓から出て行こうとする。が――、
「……そんなことをして、貴方に何の得がありますの?」
その前にエカテリナが目を細めて胡散臭そうに問いかけた。
「んー、損得の問題じゃないかもしれません」
「じゃあ、何のために?」
エカテリナはさらに尋ねるが、メリッサは曖昧に微笑むと何も答えずに物見窓から出て行ってしまう。時計台の上層階にはエカテリナ達だけが取り残されることになった。
「本当、なんなんですの、あの人?」
だから苦手なのだと言わんばかりに、エカテリナは怪訝な顔になる。一方――、
「リナちゃんには好きに動いてもらった方が面白そうですからねえ。それに……」
メリッサは時計台の上にすとんと着地していて、広場を見下ろしながら先ほどエカテリナには答えなかった質問に対する回答を独り言ちていた。広場ではちょうど太陽がマーキングが終わったところで、魅了スキルを使用された乙女達が恍惚の表情を浮かべてぐったりとしていて――、
「私、男の神騎士とかこの世で最もありえない存在だと思っていますから」
と、メリッサは冷ややかな眼差しで太陽のことを眺めながら、侮蔑を含んだ声で付け加える。すると、たまたまなのか太陽と視線が重なってしまった。
瞬間、メリッサはにこやかに作り笑顔を貼り付けて、太陽に手を振り返す。が、太陽はすぐにルゥから何か言われたようで、メリッサから視線を外してしまう。
「これだけの乙女に慕われて、良いご身分ですねえ、本当……。悪い人ではないんでしょうけど、だからこそ貴方は無自覚に、無頓着に、世界中の乙女に不幸をまき散らす存在になりかねない。んー、どうしたもんですかねえ」
メリッサは重い溜息をつくと、そのまま
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