第26話
「静粛に、静粛になさい!」
アナスタシアは声を張り上げて、広場の女性達に命じた。
「…………」
広場はしんと静まり返る。それを確認して、アナスタシアは言葉を続ける。
「およそ五千年前、我らの祖先は聖騎士団を結成し、邪神テュポーンとエキドナを退け封印しました。その立役者でもある
アナスタシアは高らかに俺とルゥを紹介する。ざわざわざわと、広場は再びどよめきだしたが、次に続くアナスタシアの言葉で再び静まり返っていく。
「タイヨウ様は殿方です。どうして殿方が
アナスタシアの小気味よい声に従い、広場の女性達は続々とその場で跪いていく。こういうところを見ていると、やっぱり総団長って偉いんだなと思った。
「これより神騎士様がそのお力を貴方達に示します。女神エロース様が残された最後の神託のことを思い浮かべ、その身をもって実感しなさい。さあ、タイヨウ様、ルゥ様」
アナスタシアはお膳立てをすると後ろを振り返り、椅子に座る俺とルゥを促した。
「いくわよ、タイヨウ」
ルゥはやれやれと立ち上がる。俺も「了解」と応え椅子から腰を持ち上げた。直後、隣に立つルゥが姿を消し、代わりにケラウノスが俺の右手に現れ握られる。
「
俺は地面を蹴って、上空へと飛翔した。そのまま広場の中へと進み、中央に進んだ辺りで眼下の女性達を見下ろす。
(一度にこれだけ魅了するとなると、それなりに能力を解放する必要があるわね。でも天啓の誓詞を唱えるほどではない、か。タイヨウ、もうちょっと上空に移動しなさい)
(わかった)
念話で指示を出され、俺は上へ移動する。
(ストップ。この辺りで良いわよ。ちょうど良い機会だから、マーキングのついでに魅了スキルの訓練といきましょう。この私が直々にレクチャーしてあげる)
(訓練?)
(魅了のオーラは自由に形を変えることができるのよ。私はこれからオーラの放出だけにリソースを割いて能力を開放するから、あんたが形を変えなさい)
(……どうやって?)
(とりあえず魅了のオーラを放出するわ。……どう? 自分の身体から力が溢れているのはわかるわね?)
ルゥがそう言うと、ケラウノスが目映い光を放出し始めた。俺の身体からも魅了のオーラが溢れ始める。
(ああ)
(今はタイヨウの身体から溢れる力に何の指向性も持たせていないから、三百六十度、全方向に魅了のオーラが垂れ流しになっている。目で見て確認しなさい)
言われた通り、周囲を見回してみる。確かに、俺の身体を起点に魅了のオーラが球状に放出されていた。
(うん、上下左右、全方向にオーラが出ているな)
半径は……二十メートルといったところか。ちょうど地上にいる女性達に触れない程度
の距離だ。このまま地上に降りても、広場を埋め尽くすには足りない。
(溢れ出る力はあんたのものよ。だから、あんたのイメージ次第で自由に形を変えることができる。例えば、前方や後方、頭上に向けて魅了のオーラを放出したり、立体ではなく平面に絞って全方位に放出したり。素早く複雑な形に変えるにはトレーニングが必要だけど、前後上下左右三百六十度に垂れ流しにしない分、オーラの有効距離も伸びるわ)
(へえ、そんなこともできるのか)
複雑に形を変えることができるということは、色々と応用が利くのかもしれない。ちょっと面白そうだ。
(あとは実践あるのみね。身体の内から溢れる力を意識するのがコツよ。さらに出力を上げてオーラを膨れ上がらせるから、この広場にいる女性を効率的に魅了するために、どんな形でオーラを放出すればいいのかイメージしてみなさい。地上に降りてもいいから)
(了解。そうだな……)
上空で動かない俺を不思議そうに見上げてくる女性達と視線を合わせないようにしながら、しばし思案する。試しに魅了のオーラを動かすことができないか、身体の内側から溢れる力を意識しながらイメージしてみた。……うん、確かに動かせそうだ。
「剣から魅了のオーラを放出して、超縦長の剣を作れないか?」
それで斬ってみるとか。
(発想が柔軟な点は評価するけど、魅了のオーラを短時間当てるだけじゃマーキングはできないわよ。剣じゃ直線に並べないと複数人を同時に、かつ継続して魅了できないから)
ルゥの呆れた声が響く。
(確かに。じゃあ、このまま眼下に向けて薄く広く魅了のオーラを放ってみるとか?)
(いいんじゃない。やってみなさいな)
(よし……)
眼下に向けて、何となく剣を持った両手を突き出す。何となくだけど、こうした方がオーラを前方に集中させやすい気がした。
「むっ……」
ぐぐぐ、と、魅了のオーラがゆっくり形を変えていく。十秒ほどかけて、オーラが前方へと集中していくのが見えた。
「……このまま横に、薄くしよう」
広場をまんべんなく埋め尽くせるように、薄く図太い円柱を作る。球体を押し潰して平べったくするイメージだ。
結果、十数秒かけて、見事にイメージ通りの形になる。
「よし」
あとは地上との距離を埋めていくだけだ。完成した円柱状のオーラを保ったまま、ゆっくりと高度を下げていく。
「え? な、なに? なに?」
広場の女性達は上空から迫りくる光の壁を目の当たりにして、面食らっていた。オーラの形を変えることに夢中になっていたので失念していたが、魅了した時に乱れ狂う彼女達の姿を想像するとやはり少しだけ躊躇してしまう。
だが、仕方がない。彼女達を魅了しないと、その分だけ神騎士の能力を底上げすることができず、テュポーンやエキドナとの戦いが苦しくなるかもしれないのだから。
やがて円柱は彼女達と接触し、包み込んでいき――、
「ふぁん!?」
広場にいる女性達は一斉に、嬌声を上げた。
「な、にっ、これぇ?」「か、身体が……」「あ、熱い……」「ふぁ、くぁ……」
女性達は急激に訪れた身体の変化に戸惑い、その場で続々と地面に膝を突いていく。千人はいるであろう女性達が、為す術もなく顔を紅潮させていた。
「ふぁ、ふぁ!」「こ、れぁが、じぇ、うす、さまの、ち、から!?」「しゅっ、しゅごっ、しゅごい!」「っ、ぁ、ひぅん、ひっ、んっ、あっ!」
などと、女性達の喘ぎ声が俺の耳に届く。数が数なので、マジですごい。ケラウノスの能力で頭が冴えているとはいえ、よく冷静でいられるな、俺。
なんという桃色空間。彼女達の声を聞いているだけで、理性がゴリゴリと音を立てて削られていきそうだ。現に心臓のドキドキが止まらない。
(む、無念無想だ。無心になれ、俺……)
ギュッと目を瞑り、せめて視覚情報だけでも遮断しようとする。しかし、声だけになると却って妄想が刺激されるというか、悶々としてくるというか……。
(だ、駄目だ、駄目だ! 早く終わってくれ!)
ぶんぶんと首を左右に振り、どうでもいいことを考えて、一秒でも早くマーキングが完了することを願う。そうして、長くはないが、短くもない時間が経過し――、
(タイヨウ、もういいわよ! 目を開けなさい)
ルゥの声が頭に響いて、恐る恐る目を開ける。果たして、広場に立っている者は誰一人として存在しなかった。
「はぁ、はっ、はぁ……」
誰もが吐息を荒くし、地面に横たわっている。
(魅了のオーラを引っ込めるわよ。アナスタシア達のところへ戻りなさい)
(……おう)
ルゥの宣言通り魅了のオーラが引っ込んでいくのを確認して、アナスタシア達がいる馬車へと戻った。台座の上に着地するとケラウノスが消えて、ルゥが人の姿になる。
「お疲れ様でした。ああやってオーラの形を操ることもできるのね」
「ああ。俺のイメージで形を操作できるらしい」
ふうっと、大きく息をついてアナスタシアに答えた。
「お疲れ様です、タイヨウさん? 何人も同時に魅了するのが大変なら、無理はしなくても大丈夫ですよ?」
イリスは心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「いや、精神的に疲れただけというか、俺も男だしさ。女の人達のエッチな姿を大量に目の当たりにするのは気まずいなと思っただけだよ。それよりあと何ヶ所、広場を回らないといけないんだ?」
かぶりを振ってイリスに応えた。そして、立て続けに質問を発する。と――、
「……二十五ヶ所といったところかしら。最後に見習いの聖騎士を養成しているアカデミーにも赴いてもらうことになるのだけど」
アナスタシアが教えてくれた。
「マジか、先は長いな」
「この都市だけでも三万人が暮らしているんだから、まあ妥当な数字じゃない? タイヨウってエロいこと考えているくせに、ピュアよね」
ルゥがやれやれと会話に加わってくる。
「エロいことは考えてないからな!」
ピュアだぞ、俺は。というより、エッチに乱れる女の子を見て何も思わない奴は健全な男子高校生じゃないだろ。自制しているんだ。アナスタシアとイリスを見ると、気恥ずかしそうに視線を逸らされてしまった。
「ふーん……」
ルゥは疑わしそうに俺を見てくる。
「そういうルゥはピュアなのかよ?」
少しカウンターをお見舞いしてやろう。そのつもりだったのだが――、
「は、はあ!? 私はピュアな乙女の代表よ! そこの二人みたいに、むっつりスケベじゃないし!」
顔を真っ赤にして、アナスタシアとイリスまで巻き込みやがった。
「ちょっ、ルゥ様!?」「私達、むっつりスケベじゃありませんよ!」
二人とも泡を食って反応する。
「タイヨウに触れられて魅了スキルにかかっている時、自分からタイヨウに身体をこすりつけているじゃない。知っているんだからね」
え、そうなのか?
「み、魅了スキルにかかっている時は、本当に身体が熱くなって仕方がないんです!」
「そ、そうよ! 何を考えているのか、わからなくなるくらい頭がぽうっとして!」
ルゥのとんでもない爆弾発言を受けて、イリスとアナスタシアが順番に弁明した。よほど慌てているのか、アナスタシアはルゥに対して丁寧語口調ではなくなっている。
(二人とも、その発言は身体をこすりつけていることは認めているのか?)
いや、こうギュッと身体を押しつけられているような気はしていたけど……。って、いかんいかん! 二人が言う通り、魅了スキルが発動している最中の行動なのだから、見た感じだいぶ理性が怪しくなっているのは理解できる。
「どうかしら? 自分から魅了されにいっている時もあった気がするけど」
ちらりと、二人の顔を見るルゥ。
「ル、ルゥ様だって魅了スキルを食らえば私達のようになるはずだわ!」
アナスタシアは苦し紛れの表情で論点を逸らした。
「おあいにく様、私は剣の姿になっている時は魅了スキルを食らわないから。あんた達みたいにはしたない顔を見せることはないのよね」
ルゥはドヤ顔で勝ち誇る。
「くっ……」
と、悔しそうに歯噛みするアナスタシア。イリスは墓穴を掘りたくないのか、顔を紅くして俯き、ちらちらと俺の顔を窺っている。
「なあ、二人とも」
仕方がないので、俺が仲裁することにした。
「何よ!?」
俺が声をかけると、ルゥとアナスタシアが声を揃えて応じる。
「かなり注目されているから、そろそろ次の場所へ移動しないか?」
俺は馬車の周囲を見回して言う。広場にいる女性達はまだ疲弊しているみたいだが、広場の外で待機していた子達は魅了オーラに触れていなかったので元気そのものだ。むっつりスケベだの、俺に身体をこすりつけているという話に興味津々で耳を傾けている。
「なっ……」
アナスタシアは赤面して言葉に詰まった。総団長としての示しがつかないとか思っているんだろう。一方――、
「ふん」
と、ルゥは我関せずといった顔だ。
「まったく……」
はあ、と俺は溜息をつく。
「……そもそもタイヨウが魅了スキルを使う度に変なことを考えているのがいけないんだからね。しれっとやれば互いに気まずい思いはしないのに、妙に意識しちゃってるから女の子にまで恥ずかしい思いをさせちゃっているの。そこのところ理解している?」
ルゥはジト目で俺を注意する。
「ぐっ……」
また俺に飛び火するのかよと思ったが、正論だとも思った。
「レディに気遣いのできない男は駄目駄目だけど、気を遣いすぎて逆に気を遣わせる男はもっと駄目よ。紳士と勘違いした変態は紙一重なんだから。もっとスマートにこなしなさい。次からは気をつけること」
「……わかったよ。努力する」
「素直でよろしい」
うむと、ルゥは満足そうに頷いた。そんな仕草まで可愛いから、なかなか憎めない。
「でも、どうするんだ、これ? 次の場所へ移動できないけど」
広場に視線を向ける。そこにはぐったりした女性達が地面に座り込んでいて、ぽおっとした顔でこちらを見上げている。
「広場の外に誘導役の団員を配置してあるので、その子達に指示を出して広場の整理を行います。すぐに退かさせますのでお待ちを。空を飛べる子達は付いてきなさい」
アナスタシアはそう言い残すと、「飛翔の聖靴」と詠唱して広場上空へと向かう。イリスを始め飛行能力を持っている子達も後を追い、広場でぐったりとしている女性達に散会するよう誘導を開始した。
女性達はおもむろに立ち上がり、のろりのろりと歩きだす。ただ、後ろ髪でも引かれているかのように、うっとりと物欲しそうな顔で俺に視線を向けてくる人が大勢いた。ちょっと気まずくて引きつった笑みを浮かべながら視線を逸らす。と――、
「ん、アレは……?」
広場の外にそびえる時計塔の上に、白い人影を発見する。聖騎士団の制服を着ているので、団員だろう。というより――、
(メリッサちゃんか)
今朝、浮遊都市へ帰還し、食堂に姿を現したメリッサ・パルテノンだ。史上最年少で天位の神話聖装と契約し、十三歳にして遊撃団長を務める天才美少女である。
「…………」
メリッサはとろんとした顔で広場を立ち去る女性達のことを、口を閉じたまま真顔でじっと見下ろしていた。
(何してんだ、あんなところで?)
そう思って彼女を見つめていると、俺から見られていることに気づいたようだ。メリッサは途端ににこりと笑みを浮かべて、右手で可愛らしく俺に手を振ってきた。
(これは、俺に振っているんだよな?)
そう思って、手を振り返す。女の子から手を振られるのって、なんかいいな。素直にそう思った。が――、
「また鼻の下を伸ばしている」
隣からしらっとした声が響く。
「いやいや、笑顔で手を振ってくれているんだから、こっちも笑って手を振り返すのがマナーだろ」
ルゥのめざとさに内心ドキッとしながらも、平静を装って応える。なんかこの世界に来てから言い訳が上手くなった気がする。
「……なんかあの女、嫌な感じがするのよね」
「メリッサちゃんのことだよな? まだ十三歳の女の子なのに、女って……」
「十三にもなれば立派な女よ。身体はともかく、心はね」
うーむ、ルゥが言うと何となく説得力がある。
「まあいいけど……、なんで嫌な感じがするんだ?」
まだ少ししか話をしていないけど、良い子だったと思うんだけどな。ちょっと不思議なところはあったけど。
「女の勘」
出た、女の勘。
「女の勘ねえ……」
「ま、魅了スキルで本性を暴いてやるのも一興かもね。今後は魅了スキルを使った訓練をさせるつもりだから、その時にでも仕掛けてみようかしら」
ルゥはふふんと笑い笑みを刻む。
「変なことだけはしてくれるなよ」
俺の心労が溜まるから。
「しないわよ。これからの戦いに備えて、魅了スキルの訓練は必須だもの。必要な訓練をするだけよ、必要な訓練を」
そう語るルゥは悪戯を企む子供みたいで、とても可愛らしい。俺は呆れがちに溜息をついて、もう一度、メリッサがいるであろう時計台に視線を向けた。が――、
(あれ?)
先ほどまでそこに立っていたはずのメリッサの姿は見当たらず、時計塔の上には誰も立ってはいなかった。
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