第25話
お城にメイドさん達を食堂でマーキングした後、神騎士としての自覚があるのか、そこのところをどう思っているのかとルゥから尋ねられた俺だったが――、
「こんな大勢の乙女からモテる俺様、なんて格好良いんだろう。そう思っているとか?」
どこからともなく、まだ幼さが残る可愛らしい声が聞こえた。
「いやいやいや、そんなことは思ってないから……って、誰?」
反射的に声が聞こえた方を見て否定したものの、そこに立っていたのが見知らぬ少女だったので面食らう。外見年齢はルゥとそう変わらない。
年齢は十代前半。
髪の色は桃色。リボンで髪を可愛らしく結んでいて、これまたずいぶんと顔立ちの整った小柄な美少女である。
「これは申し遅れました。私はメリッサ・パルテノンと申す者なのですが、男の人……ということは、貴方が噂の
メリッサと名乗った女の子は丁寧な口調でにこやかに、俺の素性を確かめてきた。
「ああ、そうだけど……」
至近距離から顔を覗き込まれたので、少し緊張して頷く。その瞬間――、
「へえ、やっぱり……」
彼女の笑みが消え去り、瞳にすごく冷たい色が宿ったような気がした。だが、再びパッと明るい笑みを浮かべたので、単なる気のせいだったのかとも思った。
「メ、メリッサさん。なぜ貴方がここに……? というより、いつのまに?」
アナスタシアは目を見開いてメリッサに声をかけた。
「
メリッサはふふっと悪戯っぽく笑って、食堂の入り口を見やる。そこにはいまだ大勢の聖騎士の女の子達がいて、こちらの様子を見守っていた。
ちなみに、伝令使の光杖というのは神話聖装で、この杖を持つ者同士の間で情報の伝達ができるというものだ。その階級は光位だが、無位の模造品も存在し、都市国家には必ず一人はこの神話聖装を持つ者がいるらしい。
(なーんか、エカテリナに続きこれまた生意気そうなガキね。癖が強そう)
隣に立っているのにルゥの声が頭の中に直接響いて、一瞬ギョッとする。声に出して言わなかったのは、メリッサ本人が目の前にいるからだろうか。
(……そうか? 礼儀正しそうな子に見えるけど)
可愛くて愛想も良いし。
(ふーん、そう見えるんだ。ま、見てくれはかなりいいものね)
ルゥは少し面白くなさそうに言う。
(いや、容姿はまあ、まったく関係ないとは言わないけど……)
俺はこほんと咳払いをして誤魔化すと――、
「俺は太陽・柊っていうんだ。好きなように呼んでくれて構わないから、よろしく。えっと、メリッサちゃん?」
自己紹介をした。何歳か離れている相手だし、ちゃん付けの方がいいんだろうかと思って呼んでみる。
「はい、よろしくお願いします。神騎士さん」
メリッサは俺のことを名前でも苗字でもなく、称号で呼んできた。名前で呼んで欲しい気もしたが、仕方がないか。
「ところで、メリッサちゃんは俺に用でもあるのか? 神騎士が現れたと聞いて戻ってきたって言っていたけど……」
「それは私も聖騎士の端くれですから、伝説の神騎士様が降臨されたとあれば、急いではせ参じますよ」
「……えっと、君一人で?」
周囲に同行者らしき聖騎士は一人もいないけど。
「ええ」
にこりと頷くメリッサ。いったい何をしている子なんだろうか? すると――、
「メリッサさんは聖騎士団の遊撃団長を務めていて、その戦闘能力の高さから単身で各地を転々としながら魔物の撃退任務に就いているんです」
アナスタシアがメリッサの正体を明かしてくれた。
「え、団長!? こんなに若いのに?」
いや、若いといえばアナスタシアとイリスも、責任のある団長職に就くにはかなり若いんだけど。
「メリッサちゃんは特別に若くはあるんですけど、そもそも高位の
イリスは高位の神話聖装の契約者達が原則として若い乙女であると教えてくれた。
「私は七歳の時に自分の神話聖装に召喚されて契約したんですよ」
そう言って、メリッサはふふっと大人びた笑みを覗かせる。
「ちなみに私は十一歳の時に、イリスは十二歳の時に今の武具と契約をしました。メリッサさんの七歳という年齢は、天位の神話聖装と契約した者の史上最年少記録です」
と、アナスタシアはメリッサのすごさを付け加えた。
「七歳って……。つまり天才ってやつか?」
「メリッサさんの今の年齢は十三歳。団長としても最年少ですから、天才と表現しても差し支えはないでしょう」
俺がメリッサを天才と評すると、アナスタシアは素直にそれを肯定する。
「やだなあ、もう。照れるじゃないですか」
メリッサはひょいひょいと手を横に振っておちゃらけた。言葉とは裏腹に特に照れた様子がないのは、自信があるからなのか……。
「……それで、メリッサさんはタイヨウさんに会うこと自体が目的なのかしら? それとも他に何か?」
アナスタシアは嘆息して尋ねる。
「んー、とりあえずはご尊顔を拝見することが目的だったんですけど、神騎士さんに興味があるので、このまま少し滞在しようかなと」
メリッサは口許に人差し指を当てて答えると、じっと俺を見つめてきた。
「……俺に、興味が?」
女の子から興味があるとストレートに伝えられたのは何気に初めてなので、ちょっとドキッとしてしまう。
「だって、男の人が神騎士だなんて、気になるじゃないですか。女神エロース様が残された神託のこともありますし、私も無関係ではないというか……」
メリッサは微かに頬を赤くして、恥じらうように語る。神託というのはもちろん神騎士と恋をせよとか、愛せよってやつのことだろう。
やばいぞ、さらにドキドキしてきた。
「……この子、もしかして俺に気があるんじゃないか? とか思っているんじゃないでしょうね?」
ルゥがしらっとした冷たい声で尋ねてくる。
「そ、そんなこと思うわけないだろ」
思わず声が上ずってしまった。
「ふーん」
「なんだよ」
ちょっぴりバツが悪くてアナスタシアとイリスのことを見るが、アナスタシアはジト目で俺を見つめていて、イリスは唇を尖らせていたのですぐに視線を逸らす。
傍らではメイドさん達も既にだいぶ回復していたらしく、立ち上がって俺達の会話をじっと見守っていた。中でも料理長のリディアさんと視線がぶつかると、気恥ずかしそうに視線を逸らされる。まあ、さんざんメロメロにしちゃったから無理もない。
「ふふ。とりあえずは神騎士さんのお顔を拝むこともできたので、私はこれでいったん失礼しますね。長距離を移動して疲れましたし、お風呂に入って身を清めてきますから」
メリッサはそう言い残すと、踵を返して背中を向ける。ただ、すぐに立ち止まると、振り返って冗談っぽくこう尋ねてきた。
「あ、一緒に入りますか? 神騎士様」
「いや、入らないから!」
いきなり何を言いだすんだ、この子は? 相手は日本なら中学一年生の子供だ。俺は高校二年生。一緒に風呂に入るとか、冗談でもやばすぎるだろ。すると――、
「それは残念です」
メリッサはくすくすと笑い、今度こそそのまま立ち去ってしまう。
「……メリッサさんはなんというか、自由奔放な子なのよ」
アナスタシアはやれやれと溜息をついて言った。
「よくわかった気がするよ……」
「まあ、団長職に就く聖騎士が向こうから来てくれたのは好都合だから、この機会に色々と情報の共有を行っておくとするわ」
うん、そこら辺は団長同士に任せておくのが一番だな。
「話が終わったんなら、さっさと朝ご飯を食べましょうよ。お腹減っちゃったわ」
自由奔放という点なら、ルゥだって負けていないのではないだろうか。今は朝食のことで頭の中が一杯らしい。すると、アナスタシアはフッと口許をほころばせる。
「パレードの最中は満足に食事をとれるかもわかりませんからね。朝のうちにたっぷりと食べておいてください」
そうして、とりあえずはパレードに備えて、朝の腹ごしらえをすることになった。
◇ ◇ ◇
聖騎士団の居城で働くメイドさん達をメロメロにし、聖騎士団の遊撃団長であるメリッサ・パルテノンと遭遇し、朝食を済ませた後。
俺はいよいよお城の外へと繰り出すことになった。
先日の任務で廃都へ赴くためにお城の外に出はしたものの、実際に都市部へ足を運ぶのはこの世界に来てから何気に初めての体験である。
何頭もの馬に牽引された豪華な馬車の上には周囲を見回せる台座が付いていて、瀟洒な椅子が二つ設置されている。俺とルゥはそこに並んで腰を下ろしていた。台座のすぐ傍にはアナスタシアとイリスが立っていて、このパレードの部隊を指揮している。特にアナスタシアは仁王立ちをしていて、総団長らしい堂々たる威厳を放っていた。
一方、馬車の周囲には一糸乱れずに整列した聖騎士の女の子達がいて、みんなが儀礼用の槍や弓などで武装し、行進をしている。今はちょうどお城の城門を出たところで、都市へと通じる道を進んでいた。
「都市には大通りで繋がっている広場がいくつもあって、区画ごとにおおよその時間を指定して広場に集まるよう住民に通達を出しておきました。時間に余裕はないので、今日は行く先々で手当たり次第に住民を魅了していただくことになります」
アナスタシアは道中でざっくりと段取りを説明する。
「了解。けど、アナスタシア達はどうするんだ? 一緒に広場に入って魅了スキルを発動させたら、傍にいるみんなが真っ先に魅了されると思うんだけど……」
そうなればパレードどころではなくなるはずだ。
「……広場はどこも人で溢れかえっているので、部隊が進入することはできません。我々は外で待機しているので、私がタイヨウさん達を住民に紹介した後、お二人で広場の中へ進出して魅了スキルを発動してもらえればと」
まあ、そうなるよな。アナスタシアは少しバツが悪そうに頼んできた。
「わかった。いいよな、ルゥ?」
「ええ、いいわよ」
俺とルゥは異論を挟まず了承した。それから、数分もするとお城の区画を抜け出し都市部へと入り、最初の広場が見えてくる。
移動が阻害されないよう、移動ルートはしっかりと人払いがされていたのだが、その代わりに広場は見事に人で溢れかえっていた。人数は百や二百程度じゃ明らかに足りない。
「来たわよ!」
大通りを進む俺達の姿を発見したのか、広場の女性達は一気にざわめきだした。
「多いな……。それに、本当に若い人しかいないし」
馬車の台座から広場のどこを見回しても女性しかいない。年齢は十代と二十代がメインだろうか。すると、アナスタシアがその理由を答えてくれる。
「浮遊都市はその機動性を活かして移動型の補給拠点としても機能しているのよ。物資はもちろん、人員についても……。都市部に暮らしている女性はその大半が予備役に就いていて、普段は都市部の外で牧畜や農業に従事してもらっているけど、各地で聖騎士が不足した際にはそのまま現地で軍役に就いてもらうことになっているわ。あと、よほど特殊な技術を持っていない限りは、三十歳で浮遊都市から出て行く決まりになっている」
なるほど。だから、浮遊都市には若い女性しか暮らしていないと。
「神騎士がヘラヘラしていたらしまらないし、私のパートナーなんだから、そのままシャキッとしていなさいよ」
ものすごい人数の女性と相対して俺が圧倒されかけていることに気づいたのか、ルゥが発破をかけてくれた。
「ああ。頼りにしているぜ」
フッと笑う。やっぱりルゥは頼りになる相棒だな。
「ふん、調子が良いんだから」
ルゥは照れているのか、素っ気なく顔を逸らしてしまった。そうこうしている間にパレードの舞台は広場の手前までたどり着き、俺達が乗った馬車もピタリと止まる。広場中にいる女性達の視線が、馬車の台座に置かれた椅子に座る俺へ注目した。
「……男、本当に男の人よ。彼が神騎士なの?」「でも、どういうこと? 神話聖装は乙女しか契約できないんじゃないの?」
広場にいる女性達はざわざわと騒ぐ。事前に神騎士が男であると大まかに説明は受けているのだろうが、やはり戸惑いはあるらしい。
「静粛に、静粛になさい!」
アナスタシアは声を張り上げて、広場の女性達に命じる。と――、
「…………」
広場はしんと静まり返ったのだった。
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