第24話
第二章 新たな出会い
廃都での激戦があった翌日の朝。
俺の部屋にアナスタシアとイリスが訪れてきた。密度の濃い出来事が多すぎて忘れそうになっていたが、皇女と王女であるこの二人は俺の世話役なのだ。
「おはようございます、タイヨウさん」
良い笑顔で俺のことを起こしてくれる二人。
「……おう、おはよう」
俺は寝惚け眼をこすって返事をした。
「ルゥ様は本当にもう一つのベッドルームでお泊まりになったのですね」
アナスタシアは上機嫌に確認してくる。
「ああ、そうだよ。昨日、説明しなかったっけ。ふわあ」
俺は大きく欠伸をして答えた。
「ええ、そうでしたね」
なんで嬉しそうなんだろうか。
「私、ルゥ様のことも起こしてくるね!」
イリスはそう言って、率先してルゥの部屋と向かう。
「んー、鍵かけているだろうし、起きるのかな。ふあ」
まだ眠くて、欠伸をもう一つ。
「それならば大丈夫。団長はマスターキーを持っていますので。どうしても起きない場合は扉を開ければいいでしょう」
「ああ、そうなのか……」
今まで部屋の鍵は閉めてなかったから気づかなかったけど、そんなものがあるのか。
「昨日お伝えした通り、今日は
アナスタシアは用向きを打ち明ける。
「俺はもちろんいいけど、とりあえず団服に着替えるよ。リビングで待っていてくれ」
「はい」
そうしてベッドルームで一人になると、数分もかからないうちに着替えを済ませる。そのまま部屋の扉を開けてリビングに出ると――、
「おお、ルゥも起きたのか。おはよう。早いな、俺より後に起こされたのに」
いつものワンピースを着たルゥが、ソファに腰を下ろしていた。アナスタシアとイリスも同席している。
「おはよう。私は着替える必要がないからね」
「へえ……」
確かに人の姿になっている時はいつも同じ服を着ている。洗濯不要ってことか? 下着とかどうしているんだろうと思ったけど、寝惚けていても訊こうとは思わなかった。
「言っておくけど私は常に清潔なんだから、妙なことは考えないでよね、変態」
ルゥはジト目で俺を見つめてくる。
「わ、わかってるよ」
俺は平静を取り繕って頷いた。それから――、
「では、食堂へご案内します。といっても、霊魂化してタイヨウさんと行動を共にしている間に外のことも見ていたとのことですので、ルゥ様も場所はご存じでしょうけれど」
というアナスタシアの言葉により、俺達は部屋を出て食堂へ向かうことになった。
「あ、タイヨウ様だ、素敵!」「神騎士様ってお呼びした方がいいのかな?」「ワンピースを着ている女の子がケラウノスに宿る伝説の神霊様なの?」
食堂へたどり着くまでの間には当然というべきか、聖騎士団に所属する女の子達が大勢いて、俺達の姿を見かけると大きくざわめき始める。
廃都での戦闘に参加していなかった子達にも俺が神騎士であることは知れ渡っているようで、やはりルゥのことは気になるらしい。
とはいえ、当のルゥは特に意に介した様子もなく、済まし顔で歩いていた。そうして四人で食堂の入り口付近まで来ると――、
「あれ、
食堂の入り口の前にはひときわ大勢の少女達が群がっていた。しかし、食堂への入り口を塞いでいるわけではなく、見事に通路と入り口の左右へはけている。
「実は朝食を召し上がっていただく前に、タイヨウさんとルゥ様にやっていただきたいことがあるんです」
と、アナスタシアは食堂の入り口付近で立ち止まって言った。
「ん、何だ?」
「これからこのお城で働いているメイドの皆さんを魅了してほしいんです。今日のパレードの最中にも彼女達には仕事をしてもらうことになっているので」
ああ、そういうことか。朝から何をふざけた冗談を言っているのだと言いたいところだが、今後のためにも必要な仕事だ。
「…………うん」
ちょっと気は引けるが、頷いた。
「仕方ないわね」
ルゥはやれやれと溜息をついている。当然のように女の子達を魅了するのを受け入れているのは、きっと五千年前にも似たようなことをしていたからだろう。
「ありがとうございます。手間をとらせないよう、全員、食堂に集めておきました。事情は大まかに説明してありますので、どうぞこちらへ」
そう言って、アナスタシアは食堂の中へ俺達を誘う。すると、そこには――、
「おはようございます、タイヨウ様、ルゥ様」
パッと見で数百人はいるであろうメイド服を着た少女達がぞろりと整列していて、一斉に俺達へ頭を下げてきた。年齢はみんな十代半ばから二十代といったところか。
「おおう……」
圧巻だった。男ならば誰でも一度は夢見る光景じゃなかろうか。絶対に。
「まただらしない顔になっている」
ルゥはぽつりと呟いた。
「そ、そんなことはない」
はずだ。うん。
「ふふ」
イリスは俺とルゥのやりとりを見て、くすりとおかしそうに笑う。やっぱイリスは天使だよな。何でも受け止めてくれそうなバブみ……いや、母性がある。
「仕事の内容毎にいくつか部署があるんですが、人数も多いので、今日は代表して各部署の責任者を紹介するとしましょうか。まずはこの食堂で働いてくれている方から。料理長のリディアさんです。さ、こちらへ」
アナスタシアは早速、メイドさん達の紹介を開始した。適当に視界に入ったメイドさん達のグループ、その先頭に立つリディアさんと呼ばれた女性を招き寄せる。
「ほ、本当にいいんですかね、私なんかが伝説の神騎士様や神霊様とお話をして。あっ、でも、お時間を取らせてしまうのも悪いですよね。自己紹介を! ここで料理長を務めております、リディアと申します。十九歳です!」
一瞬、二の足を踏んだようだが、リディアさんはそそくさと近づいてきた。動揺しているのが目に見えてわかる。
ちなみに、服装はクラシックスタイルのメイド服を着用しており、聖騎士の子達ほど露出は激しくない。良い意味で素朴というか、家庭的というか、清楚で可愛らしい年上のお姉さんといった感じの女性だ。
「初めまして、リディアさん。タイヨウ・ヒイラギです。俺の方が年下なんですし、そんなに畏まらなくて大丈夫ですよ。この食堂の料理、すっげー美味しいです! 他の皆さんも、美味しいご飯をいつもありがとうございます」
そう言って、食堂で働く他のメイドさん達にも頭を下げる。これだけの見知らぬ女性を前に挨拶するのは初めてだが、無難に挨拶できたんじゃないだろうか。
「い、いえ、料理を作るのが私達のお仕事ですから」
リディアさんはまだ少し緊張しているようだ。
「今は緊張しているみたいだけど、普段は気さくな人なのよ。浮遊都市にいる聖騎士の子達は箱入りな子が多いのだけど、リディアさんを含めたメイドの人達は都市の外からやってきた人が多いから、色々と日常生活の相談相手になってもらっていたりもするの」
アナスタシアはリディアさん達のことを誇らしげに紹介する。たぶん聖騎士の子達にとってのお姉さん的な存在なのだろう。
ふと、他のメイドさん達にも視線を向けてみると、やはり浮遊都市でただ一人しか存在しない俺という男の存在は物珍しいのか、好奇心の滲んだ眼差しで見つめられていた。
「男の人……」「本当に男の人だ」「可愛い。何歳なのかな?」「こら、失礼よ。伝説の神騎士様なんだから」
などと、話をしている。この世界に召喚された時、団に所属する女の子達から賑やかな声援を向けられたものだが、メイドさん達の反応はそれなりに落ち着いていた。
「なるほど……」
「……どうかしたの?」
俺がメイドの女性達を俯瞰して得心すると、アナスタシアは小首を傾げた。
「いや、メイドさん達は落ちついている人が多そうだなって」
「それだと私達が落ち着いていないみたいじゃない」
アナスタシアはジト目で睨んでくる。
「はは。それはそうと、ほら。ルゥも挨拶しろよ」
俺はわざとらしく笑い、ルゥにも挨拶を促すことで誤魔化した。
「……神剣ケラウノスに宿る管理人格のルゥ・ダプネーよ。ここの食堂で作られる料理はなかなか美味しいわ。これからも美味しい料理を食べさせてよね」
ルゥは人見知りをしているのか、少し照れくさそうに自己紹介する。
「は、はい! よろしくお願いします、ルゥ様」
リディアさんは嬉しそうに返事をした。そして、その後も何人も管理職に就くメイドさん達を紹介してもらうと――、
「では、時間もありませんし、挨拶も済んだところで、そろそろ魅了によるマーキングを行っていただいてもよろしいでしょうか?」
アナスタシアは時間を理由に俺とルゥを促す。まあ、人数が人数だもんな。朝食の後は都市に暮らす三万人の女性も魅了しないといけないわけだし。
「……了解。けど、本当にいいのか? 魅了スキルがどんなものなのか、メイドさん達はわかっていて同意しているんだよな?」
念のため、最終確認をとる。人によっては乙女の尊厳に関わることだとショックを受けそうだし、みんながみんな聖騎士の子達みたいな明るい反応で受け止めてくれるかもわからないのだから。
「聖騎士団の関係者である以上、エロース様が残された神託に従う義務があるわ。もちろん本人がどうしても嫌というのなら、無理強いはできないけど……」
無理強いはしたくないが、世界を救うためにと思う気持ちもある。相反する考えが複雑にせめぎ合っているのか、アナスタシアは言葉を濁らせた。すると――、
「私達なら大丈夫ですよ! ちょっとだけエッチな気分になるって聞いていますけど、いつも世界のために戦ってくださっているアナスタシア様達のために、できることをしたいんです! ねえ、みんな?」
リディアさんがギュッと両手の拳を握りしめて意気込んだ。他のメイドさん達もうんうんと力強く頷いている。
「そういうことならいいんですけど……ちょっとだけ?」
表現が引っかかった。魅了されたアナスタシア達の様子だと、控えめに言っても「かなり」の間違いではないだろうか? 当の本人に怪訝な視線を向けてみるが――、
「ちょ、ちょっとはちょっとよ! スキルのせいで多少は影響を受けるとしても、高潔な聖騎士がそう簡単にふしだらな気分になるわけがないじゃない!」
アナスタシアは赤面し、気恥ずかしそうに訴えたる。
「そ、そっか」
まあ俺は魅了スキルにかかると実際にどんな状態になるのかわからないし、アナスタシアがそう言うんならそうなんだろう。たぶん……。
「お腹も減ったし、本人達がこう言っているんだし、いいから早く済ませましょうよ」
ルゥは他人事だと思ってあっけらかんと提案する。
「承知しました」
と、アナスタシア。いよいよ魅了スキルを発動させることになったわけだけど……。
「ねえ、なんで私が先頭にいるの? みんなもっと前に来なよ?」
メイドさん達はリディアさんを先頭に立たせ、恐る恐る俺から距離を置いていた。魅了スキルがどんな代物なのかは聞いているようだが、いざ使用されるとなると緊張するのだろう。まあ、普通の反応だと思う。
「いや、こういうエッチなのはまずリディアからかなと」
お城の掃除を担当している部署の代表者であるミランダさんという女性が、悪戯っぽく微笑んで言った。なるほど、エロ部門の担当メイドはリディアさんなのか……。いや、そんな部署があるのか知らないけど。
「なんで!?」
リディアさんは泡を食って叫んだ。
「だって、世間知らずな聖騎士の子達に情操教育するのはリディアの役目でしょ。色々と卑猥な話も披露しているみたいだし?」
ミランダさんはニヤニヤと笑って言う。
「うっ……」
リディアさんは何か言いたげな顔になりつつも、言葉に詰まってしまった。
「……そうなんですか?」
ここで俺も会話に加わってみる。清楚で落ち着いた雰囲気のお姉さんなのに、男性経験は豊富なんだろうか。想像するとちょっとドキッとする。
「そ、相談は色々とされるんですけど、別に、そんなことは、そこまでは……」
リディアさんは気恥ずかしそうに頬を赤らめ、ごにょごにょと言葉を濁す。清楚な雰囲気の女性が恥じらう姿とか、とんでもなく可愛い。確かにこれは周囲の男達は放っておかなかったんじゃないかと思われる。
「どうでもいいけど、さっさと始めましょうよ。魅了のオーラを放出するんだし、どこにいたって同じよ。とりあえず剣になるから」
ルゥは呆れがちに言うと、すぐに剣の姿になってしまった。その場から姿を消して、代わりにケラウノスが俺の右手に収まる。
瞬間、俺の中でスイッチが切り替わった。契約者に神代の戦神や英雄達の戦闘技術を習得させ、思考を冷静に研ぎ澄まさせるケラウノスの固有スキルが発動する。
同時に、魅了スキルも発動したはずだ。ただ、ルゥが出力を抑えているのか、まだ魅了のオーラをまき散らすほどではない。不意打ちでいきなり魅了するのも悪いので、目はすぐに閉じておいた。
メイドの女性陣は一連の変化を見て流石に驚いたのか、ざわりとどよめている。
「じゃあ、いきますよ」
俺は目を閉じたまま、メイドさん達を代表して目の前に立つリディアさんに確認した。
「……はい? いつでもどうぞ」
まだ何の変化も起きないため、不思議そうな返事が戻ってくる。
「では」
俺はカッと目を開けた。瞬間、前に立つリディアさんと視線が合う。一瞬だけ、きょとんと小首を傾げるリディアさんだったが――、
「え、瞳が金色に……っ!?」
びくんと身体を跳ね上げる。
「まず、今の俺と目線が合うか、接触することが、魅了スキルの発動条件です」
俺は淡々とした口調で説明した。
「んっ、んんっ! えっ、なぃ、こぇ、えっぁ? あっ、やっ、やっ、やぁ、あっ!」
リディアさんは顔を真っ赤にし、言葉にならない嬌声を漏らしていて、説明を聞いている余裕などなさそうだ。ただ、これはどちらかというと周りにいるメイドさん達に向けての説明である。
「う、うわぁ……」
メイドさん達は床に頽れて乱れるリディアさんの後ろ姿を唖然と見つめていた。
「料理長、エッチな気分になるとあんな顔になるんだ……」
「わ、私達も、ああなっちゃうの?」
やがてメイドさん達は恥じらうように語りだす。エッチなことに関して一応の知識はあるのだろうか。好奇心がにじみ出ているようにも見える。
「んっ、やっ、ぅ、くっ……」
リディアさんは周囲に同僚達がいることを思い出したのか、両手を動かし慌てて口を塞いだ。しかし、それでも喘ぎ声は漏れてしまう。
着用している服が上品なメイド服だからだろうか。布地面積が広いから肌の露出は少ないのだが、だからこそより背徳感を覚えてしまう。やばいな、メイド服。
(ほら、エロい目でリディアのことを見ない。そろそろ魅了のオーラをまき散らして効率よくマーキングしていくわよ)
(い、いや、そんな目で見てないから)
見るだろ、こんなの。今のリディアさんを眺めて微塵もエロいことを考えない男がいるとしたら、女性に興味がない性癖の人か、悟りを開いた賢者くらいだろう。とはいえ、建前は大事なので、否定してリディアさんからいったん視線を外す。そして――、
「これから光となって可視化される魅了のオーラを放出します。俺の身体から放出されるオーラを浴びることでも魅了スキルが発動しますので、心の準備をお願いします。アナスタシアとイリスは巻き込まれないよう少し離れていてくれ」
ルゥから余計な突っ込みが来る前に、残りのメイドさん達や傍にいたアナスタシアとイリスに注意を促した。
「え、ええ。そうですね。とりあえず退散するとしましょうか」
「……うん」
アナスタシアとイリスは顔を見合わせると、そっとその場から立ち去っていく。少し名残惜しそうに見えるのは気のせいなんだろうか。残されたメイドさん達は何か言いたそうな顔で立ち去る二人のことを見つめていたが、硬直して身動きが取れずにいる。
「えっと、じゃあ、いきます。頼む、ルゥ」
俺が残ったメイドさん達とルゥに向けてそう言うと、ケラウノスの刀身が目映い光を発した。瞬間、身体の内側からエネルギーが湧き出てくるのを感じる。それを裏付けるかのように、俺の肉体から可視化された魅了のオーラが放出され始めた。
魅了のオーラは瞬く間に拡散し、メイドさん達へ忍び寄っていく。すると――、
「ふあっ、あっ、ぁあっ!」
手前にいたメイドさん達からどんどん艶めかしい声を上げ始めた。
「ふぁっ、っぁ……!」
誰もが激しく身体を跳ねさせて、喘ぎ声を漏らしながらその場でしゃがみだす。食堂内は瞬く間に女性達の艶めかしい嬌声で埋め尽くされてしまった。
(……で、マーキングするには、どれくらい魅了し続ければいいんだ?)
ケラウノスの能力で頭が冷静になるといっても、感情まで消えるわけではない。俺は気を紛らわせるために目の前の光景から目を背け、ルゥに必要な所要時間を尋ねた。
(んー、
ルゥはどこ吹く風で答える。
(なるほど……)
頷き、改めて周囲を見回してみた。数百人にも及ぶメイドさん達は揃いも揃ってとろけた顔で切なそうに吐息を荒くしている。中でも一番被害を受けているのが、俺のすぐ目の前で蹲っているリディアさんだろう。
「ふぇ、ぇ、ひぃ……。んん、んっ、んっ! んぁ、あっ、ひうん……」
他の人より早く魅了されたから、ひときわ顔を赤くして息も絶え絶えになっている。だが、それでも俺から視線を逸らそうとはせず、健気に顔を上げ続けていた。
(辛いなら顔を逸らしてくれてもいいのに……)
ここまで乱れながらも食い入るように瞳を合わせようとしている姿を見ると、無理はしなくてもいいんですよという気持ちが強くこみ上がってきた。
(逸らしたくても逸らせないのよ)
ルゥの声が頭の中に響き、解説してくれる。
(え、そうなのか?)
初耳なんだけど。
(魅了スキルが発動した状態で目線を合わせると、神騎士のことを見続けなきゃいけないって思っちゃう暗示効果がかかるからね。神話聖装を扱える聖騎士なら抗えるでしょうけど、それでも相当に意思が強くないと無理ね。まあ意識を保つのも難しいくらいに感じていれば流石に暗示も効かないけど)
(意識を保つのも難しいって……。流石にそうなる前に愛の力が身体に馴染んで、落ち着くんじゃないのか?)
(そうなるのは
それも初耳だ。つまり、魅了スキルの発動を停止しない限り、リディアさん達には無限の快楽が押し寄せるということじゃないか。
(……そういうことはもっと早く言ってくれよ)
まだけっこう知らないことがあるだろ、これ。
(細かい使用条件まで一度に全部教えてもどうせ忘れるでしょ? 何度も教えるのはめんど……、必要な時になれば教えてあげるし)
おい。今、面倒くさいって言おうとしやがったな。話が逸れるから突っ込まないけど。
(ったく……)
俺は嘆息し、ふと視線を食堂の入り口に向けた。そこは魅了のオーラが届かない安全地帯であり、アナスタシアやイリスが避難していて、他にも聖騎士の女の子達がぞろぞろと群がっているのだが――、
「すごい!」「今のタイヨウ様の身体から出ているオーラに触れると、ああなっちゃうみたいだいね」「いいな、私も食堂の中に入っちゃおうかな……」
食堂内の惨事に目を輝かせていた。中で息絶え絶えになっている女性達を助けようとしているどころか、自ら魅了されようとしている子までいる。
床を転がる女の子達はじっとりと頬を上気させて身をくねっているし、なんというカオス。なのに平常運転すぎるとか、俺の感覚がおかしいんだろうか。すると――、
「お、おねっ、じぇ、じぇうしゅ、しゅまっ! ゆる、るるひぇ、くだひゃ! も、もうわらひっ、む、むぃ、む、ぃっ、えす! むぃ、なんぇず!」
リディアさんがカクンカクンと身体を震わせながら、ろれつの回らない声で必死に懇願してきた。マーキングが完了するまでルゥと話をしているうちに、限界をとっくに突破していたらしい。
(お、おい、ルゥ。まだなのか?)
俺は焦ってルゥに尋ねた。
(はいはい、もういいわよ)
ルゥはそう言うと、剣の姿を解除する。代わりにいつものワンピースを着た姿で、スッと俺の隣に現れた。瞬間、俺の身体から放たれた魅了のオーラは消え去り――、
「っ、あっ、はぁ、あっ……」
リディアさんを始め、メイドさん達が一斉にぐったりと脱力する。すると、食堂の入り口で待機していたアナスタシアとイリスが近づいてきた。
「どうやら終わったようね」
「傍から見ているとこんな感じになるんですね……」
二人ともこれまではだいたい魅了される当事者だったせいか、傍から大勢の女性が魅了されている姿を眺めることで何かしら思うところがあるらしい。恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
「何度見ても慣れないよ、この光景は」
俺は苦笑いを浮かべてアナスタシアとイリスに応じる。
「ま、これから先は行く先々でこんなことをするんだから、嫌でも慣れるわよ」
ここでルゥが会話に参加してきた。
「慣れる、のか?」
「そうよ。というより、世界中の乙女を魅了して強くなるのが今のタイヨウの責務なんだから、慣れてもらわなきゃ困る。タイヨウは神騎士になったんだからね。そこのところ、どう思っているのよ?」
「どう思っているのって……」
うーむ、もちろん正式に神騎士になることは受け容れたわけだが、どうも自分がそんなご大層な人間だとは思えないんだよな。女神エロースが残した神託により、世界中の乙女から慕われるのが神騎士なんだと言われても。すると――、
「こんな大勢の乙女からモテる俺様、なんて格好良いんだろう。そう思っているとか?」
まだ幼さが残る可愛らしい声が聞こえたのだった。
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