第23話
廃都を探索していた聖騎士達が全員戻ってきて、
ちなみに、眷属が宿っていた女性はずっと気絶したままで、
浮遊都市への帰還後は総団長のアナスタシアとイリスは報告書の作成やら、浮遊都市にも押し寄せてきた魔物達の被害状況の確認やら、各地の都市国家との連絡業務へと移り、俺はルゥと一緒に自室へと向かった。で――、
「今日からルゥもこの部屋で暮らすことになったんだ。空いているベッドルームを使ってくれよな」
俺は部屋に入ると、気を利かせてルゥに告げた。
「なんでそんなに嬉しそうなのよ?」
「え、そう見えるか?」
「ええ、気持ち悪いくらいににやついているもの」
ルゥは怪訝な顔で俺を見つめてくる。
「……まあ、嬉しいのは確かだな。でも、気持ち悪いは余計だ」
「嬉しい理由は理解できるわね。こんなに可愛い女の子と同居できるからでしょ」
ルゥは上機嫌に笑みを刻むと、ドヤ顔で推察する。ずいぶんと自信満々な発言だが、実際にルゥはとんでもなく可愛い。
「ま、そうだな」
俺はフッと笑って頷いた。
「やっぱり。私って可愛いもんね。タイヨウにしては素直……というか、しゅ、殊勝な発言じゃない」
ふふんと、満足そうに得心したルゥだったが、途中から顔を紅くして俯き、上ずった声で俺をねぎらった。
「もしかして照れているのか?」
自分から可愛いとか言っておいて、ピュアな奴である。
「はあ!? 照れてないし! あんたが冗談を真に受けて変なことを言うからでしょ!」
「いや、だってまあ、ルゥが可愛いのは事実だし、ルゥと同居できるのが嬉しいのも事実だしな。前に暮らしていた場所じゃ気を遣っていたというか、肩身の狭い暮らしをしていたからさ。気の置けない同居人との生活ってのに憧れていたんだ」
「か、可愛いって! ふ、ふーん。そ、そうなんだっ……」
ルゥは余裕ぶって応じようとしたが、挙動不審気味に視線をさまよわせた。本当は俺だって照れくさい気持ちはあるんだけど、ルゥが慌てているおかげで意外と余裕がある。
「ああ。というわけで、改めてよろしくな。今日から同居もするわけだし、正式に神騎士としてルゥのパートナーにもなったわけだし、未熟者だけどよろしく頼む」
昨日までは
「……い、言っておくけど、ノックもなしに私の部屋に入ってきたら許さないから。同居するからって、妙な勘違いを起こさないこと。いい?」
ルゥはつんと済ました声で言って、ぷいとそっぽを向いた。
「わかってるよ。お互いの寝室には鍵が付いているんだし、部屋にいる時は施錠しておけばいいさ。ノックもちゃんとする」
幼少期から叔母の家で居候させてもらっていたからな。同じ家に暮らしている相手へのマナーは色々と弁えているつもりだ。
「なら、いいけど……。よろしく」
ルゥはぽつりと言った。
「おう!」
そうして、今日からはルゥも人の姿でこの部屋に暮らすことが決まった。すると、このタイミングで部屋の扉がノックされる。
「誰だ……? はい」
俺はすぐに歩きだして、部屋の扉を開ける。その向こうには、アナスタシアとイリスが二人で立っていた。
「どうしたんだ、二人して? 仕事で忙しくなるって言っていたのに……」
まだ別れてから数分も経っていないはずだ。
「少々、いえ、大事な話をするのを忘れていたので」
アナスタシアはそう切り出して、こほんとわざとらしく咳払いをする。
「大事な話? まあ、中に入ってくれよ」
とりあえず二人を中に誘う。部屋に入ってすぐのリビングには当然、ルゥが待ち構えているわけで――、
「何の用?」
と、部屋の番人のごとく待ち構えていた。なんで威圧的なんだよ。
「えっと、ルゥ様のお部屋をどうするべきか考えていなかったので。どうしようかとイリスから指摘されまして」
アナスタシアはそう答えて、俺とルゥの顔色を窺ってくる。イリスはこくこくと頷いていた。
「ああ、そういうこと。それなら心配する必要は無いわよ。私もこの部屋でタイヨウと一緒に暮らすから」
ルゥは事情を得心すると、ふふんとご機嫌に語る。
「タ、タイヨウさんと一緒に……。ですが、お二人は未婚の男女ですし、同じ部屋で暮らすというのは、その……」
アナスタシアはちょっと焦っているように見える。イリスはイリスでさっきよりも勢いよく首を縦に振ってアナスタシアに同意しているし。
「あら、結婚はしていないけど、契りなら交わしているもの。タイヨウはケラウノスの使い手で私のパートナーなんだし、常に一緒にいるのが道理でしょ」
「それはそう、なのですが……、何か間違いが起きないとも……」
同意しつつも、渋るアナスタシア。普段のハキハキとした物言いが嘘みたいに、ごにょごにょと言葉を濁している。
「実際、昨日までも私はタイヨウと一緒にこの部屋で寝泊まりしていたしね」
ずっと霊魂化していたから、人の姿にはなっていなかったけどな。
「あ、あの、もしかして、同じベッドで、閨を共にされたのでしょうか?」
イリスは顔を真っ赤にして尋ねてきた。
「さあ、どうかしら?」
ルゥはフッとほくそ笑んではぐらかす。すると、イリスとアナスタシアはショックを受けたような顔になって、俺を見つめてきた。
「違う、違う。誤解を生むような言い方をするなって。ルゥは起きている時も寝る時もほとんど人の姿になっていなかったから、一緒のベッドでは寝ていないよ」
きっちり補足する。妙な誤解は正しておく必要があるからな。だが――、
「ですが、今日からは人の姿で生活を始めるのですよね?」
と、アナスタシアは突っ込んでくる。
「いや、まあ、それはそうなんだけど、ベッドルームは別だし、アナスタシアが懸念しているようなことは起きないよ」
俺はしっかりとアピールした。
「むう、そういうことなら……」
アナスタシアは渋々と得心する。
「用はそれだけかしら?」
「あとは先ほど伺い忘れたことが一つ。お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
イリスはおずおずと手を上げて発言した。
「なに?」
「どうしてタイヨウさんとルゥ様はケラウノスのことを黙っていたのかなって。何か理由があるとは思うんですけど……」
そういやさっきはその話にならなかったな。他に話すことが多すぎたというか。
「あ、ああ、そのこと……」
ルゥはあからさまにきまりが悪そうな顔になった。まあ、五千年も封印されていて拗ねていたからとは、あまり言いたくないのかもしれない。
ただ、俺個人としては十分に正当な理由だとは思うんだ。
「…………?」
アナスタシアとイリスは理由が読み取れないからか、顔を見合わせて疑問符を浮かべている。……しょうがない。俺がフォローするか。
「俺に考える時間をくれたんだよ」
「考える時間、ですか?」
「ああ、神騎士であることが明らかになったら、世界の命運を託されて、もうテュポーンやエキドナとの戦いから逃れることはできなくなる。だから、よく考えもしないで軽率に決めるべきじゃない。じっくりと考えて神騎士になるか決めろって言ってくれたんだ」
実際、最初に出会った時に、ルゥは俺にそう言ってくれた。
「……バカね」
ルゥは頬を紅潮させ、ぼそりと呟いた。
「そう、だったのですか……」
アナスタシアは感銘を受けたような顔になっている。
「私、恥ずかしいです。そこまで思い至らなくて……」
イリスは己を責めるような表情を浮かべていた。
「いやいや、二人ともそんな顔をするなよ。実際、俺の踏ん切りがつかなくてあんな土壇場になるまで隠しちゃってたわけだし、ごめん」
二人に謝り、ちらりとルゥの顔も見て頭を下げる。本当は伝説の神剣として戦うつもりのなかったルゥを、俺の我が儘で表舞台に引き出してしまったわけだから。
ルゥは視線が重なると、サッと顔を逸らしてしまった。
「何を仰いますか、タイヨウさんはもともとこの世界とは無関係の場所から呼び出されたお方。本来なら私達の世界の戦いに巻き込まれるはずはなかったのです。なのに神騎士として戦ってくれて……、本当にありがとうございます」
アナスタシアは深々と頭を下げてくる。イリスもだ。
「いや、礼ならルゥに言ってやってくれ。俺の我が儘で振り回してばっかりだし」
脚光を浴びるべきはルゥだ。
「い、いいわよ、別に。私も自分の意思とは無関係とはいえ、タイヨウのことを異世界から召喚して、振り回して、申し訳ないとは思っていたから。だから、我が儘くらい聞いてあげてもいいと思っただけ……。それだけ、それだけなんだから!」
本当、素直じゃない奴だよなあ。照れ隠しが丸わかりだ。
「ありがとう、ルゥ」
よし、改めて礼を言うのは恥ずかしかったけど、言えたぞ。
「ありがとうございます、ルゥ様」
アナスタシアとイリスもルゥに礼を言う。
「だからいいわよ、別に! そんなことより、用事が済んだんならさっさと仕事に戻ったらどう? 私は疲れたから寝るけど」
ルゥは素っ気なく言って、話を切り上げようとする。
「では、立ち去る前に明日の予定を。近隣の都市国家へ向かうまでに少し時間を要しますので、試験的な意味も兼ねて、まずは浮遊都市に暮らす三万人の乙女をマーキングをしていただこうかなと」
アナスタシアは立ち去る前に明日の予定を告げてきた。
「ええええ……」
俺はつい、気が引けたのが丸わかりの声を出してしまう。
「あら、何か不満でも?」
アナスタシアが訊いてくる。
「いや、いきなり三万人の乙女を魅了しろとか言われても、どうやればいいのかなと」
人数が多すぎて、とんでもなく大変じゃないか?
「簡単よ。ケラウノスの力を強く解放して都市の中を歩いていれば、近くにいる女から勝手に魅了されていくから。行く先々で事前に待機させておけばいいんじゃない?」
ルゥは事もなげに提案する。
「ですね。団員を動員して都市の各広場に女性を配置しておくようにしますので、パレードの部隊を編成して順番に回っていけばいいでしょう。ちょっとしたお祭りのようなものだと思ってくださいな」
アナスタシアはそう言って、くすりと笑ったのだった。
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