第16話
第六章 奇襲
翌日の午後。俺はアナスタシアとイリスを始めとする
ちなみに、聖騎士団を構成する
そこで、単独飛行できない団員を輸送するため、
俺の場合は剣になったルゥを握ってさえいれば
なので、今回は運んでもらうことになった。運んでもらうのならてっきり
下位の飛行能力である
じゃあ、どうして
というわけで、俺は二人の美少女に支えられて空の旅を楽しんでいた。
わけがない。そんな余裕はない。
だって、胸! 胸がね! こう、なんかこう、柔らかくて、暖かな胸がこう、俺の両腕に当たっているんだぜ! しかも甘い香りがする。どうにかなりそうだった。
俺同様、二人とも口数は少ない。その理由は自分達の胸が俺の腕に当たっていることを自覚しているからだろう。二人の頬はほんのりと赤く染まっている。
沈黙が気まずい。というより、このままだと俺の理性がまずい。何か、何かを考えなくては……。ああ、柔らかい。良い匂いだ。ずっとこのままでいい。
いやいや、他のことを考える余裕なんてないぞ。というより、このままだと変な妄想をしてしまいそうだ。と、そう思った矢先に色んな妄想が脳裏に浮かぶ。
(……タイヨウのえっち)
と、ルゥの声がぼそっと響く。
(いやいや、エッチなことなんて何も考えないからな!? イリスが俺のことを運んでくれる流れになって、アナスタシアが私も世話役だからって言って、こうなっただけだ)
俺は断固として抗議した。うん、後ろ暗いところなんてないぞ。
(へえ、ずいぶんとおモテになるのね。なに、自慢? 可愛い子二人に尽くしてもらって、満更でもないんでしょ?)
(違えよ。二人とも俺の世話役だから、責任感が強くて、面倒見が良いだけだろ)
(呆れた。ねえ、鈍感も行き過ぎると罪なのよ。知ってた?)
(知らないよ。ルゥが勘ぐりすぎているだけだ)
俺はそう答え、小さく溜息をつく。
(ふーん。ならいいんだけど)
ルゥのしらーっとした声が脳裏に響いた
◇ ◇ ◇
それから、しばらくして俺達は廃都市に到着する。上空から都市を俯瞰して魔物の姿が見当たらないことを確認すると、都市中央の広場跡にいよいよ着陸した。
「さあ、着きましたよ」
イリスとアナスタシアはゆっくりと降下し、俺を地面に下ろしてくれる。
「二人ともありがとな。おかげで快適な空の旅だったよ」
少し名残惜しくはあるが、俺はいまだ両脇で腕を掴む二人に礼を言った。アナスタシアは「ええ」と何事もなかったようなすまし顔で、俺の腕から手を離す。
「帰りも私達がお運びしますね」
イリスは照れくさそうにはにかんで、俺の腕から手を離した。そして、帰りも輸送役を自ら買って出てくれる。こんなのイエスと答えるしかないだろ。でもだ。
「いや、帰りはあの天上の聖車ってやつにも乗ってみたいかな」
言ってやった。無論、健全な男子高校生としての本音を言えば可愛い美少女二人に密着される状態は望むところであるが、紳士としての俺は世話役という立場に乗じて二人に恥ずかしい思いをさせたくはないのだ。しかし――、
「え……?」
イリスが捨てられた子犬みたいな顔になる。
「ほら、中がどうなっているのか、少し興味があるんだ。男はああいう乗り物が好きなんだよ、うん」
俺は笑みを取り繕い天上の聖車に乗りたがる理由を語った。実際にどんな感じなのか、かなり興味があるしな。
「でしたら任務が終わって、浮遊都市に戻った後にご案内しましょう。帰りに乗ると、団員達が騒いで仕方がありませんので」
アナスタシアはしれっと、帰りも自分達が俺を運ぶことを前提に話を進めてしまう。
「え? いや、でも……」
「それとも、タイヨウさんは女だらけの狭い空間に押し込まれたいのかしら?」
アナスタシアはにこやかに微笑む。なのに、形容しがたい凄みを感じた。
「いえ、そんなことはありません」
俺はびしっと敬礼をして、上ずった声で答える。
「では、決まりね。さ、イリス。指揮を執るわよ」
アナスタシアはさっさと話をまとめると、イリスに声をかけた。イリスは「うん!」と機嫌よく頷くと、アナスタシアと一緒に歩きだす。一方――、
「……はあ」
俺は小さく溜息を漏らして、指揮を摂りに歩き出した二人の背中を眺めた。
「さあ、警戒班以外の者は迅速に整列なさい! 各隊の指揮官は点呼を!」
アナスタシアは声を張り上げ、広場の聖騎士達に呼びかけた。現在、広場に着陸している二つの天上の聖車からは、聖騎士の女の子達が続々と外に出てきている。
天上の聖車一つで最大三百人の輸送が可能であるが、今回の調査任務でこの廃都市を訪れている聖騎士の数は五百人だという。その大半が無位の神話聖装使いで構成されているわけだが、かなりの大部隊である。日頃の訓練の成果なのか、聖騎士の女の子達は規律だった動きで整列していく。その一方で、上空では光位の神話聖装を装備した女の子達が大空の光翼で飛翔しており、周辺の警戒にあたっていた。特務騎士として通常の指揮系統に含まれない俺は、少し離れた場所からその様子を眺めている。
(普段は可愛らしく騒いでいるけど、いざという時はしっかりとしているんだな)
少女達は普段とは打って変わって真面目な顔を覗かせていた。
ちなみに、無位の神話聖装の武器は剣、槍、戦斧、弓、盾といくつか種類があるが、無位の武器を使用している聖騎士が共通して装備するのが剣、あとは階級と隊の役割に応じて槍、戦斧、弓を装備する決まりとなっている。大半は槍と盾の組み合わせで、次に多いのが弓、そして最も少ないのが戦斧を装備した者だ。
「アナスタシア総団長! 整列と点呼が完了しました!」
「では、班ごとに区画を決めて、廃家屋の調査をしてもらうとしましょうか」
各班の隊長職に就いている女の子達から報告を受けると、アナスタシアが早速、予定通り作戦を開始させようとした。だが、一気に上空が騒がしくなる。
(なんだ?)
俺はふと空を仰ぐ。アナスタシアやイリス達も視線を上に向けた。すると、上空から廃都市を見下ろしていた女の子の一人が慌てて降下してくる。女の子は血相を変えて何か叫んでいるが、その理由はすぐに判明する。
「て、敵襲! 敵襲です! 都市の家屋と上空から、魔物が大量に出現しました!」
女の子は魔物の大量出現を知らせに、地上へと舞い降りたのだった。
◇ ◇ ◇
いったい、何が起きているというのか。突然の知らせに、場は騒然となった。
「落ち着きなさい。状況は?」
アナスタシアは努めて冷静に、地上へ降りてきた女の子に尋ねる。
「飛行種のスパルトイとネメアーが都市を囲むように展開! 数は目算で少なくとも千以上! こちらを目指して押し寄せてきます!
女の子は大急ぎで、それでいて的確に報告を行う。スパルトイとは人型の
「少なくとも千以上……?」
アナスタシアとイリスはその数に目を見開いた。
「続けて、地上種のスパルトイとネメアーの姿も確認! こちらは都市内部に潜伏していたようで、廃家屋から続々と現れています! 具体的な数は不明ですが、飛行種よりも明らかに多いように思えました」
女の子は立て続けに悪いニュースを口にする。
「……今すぐに撤退行動に移った場合、退路の確保はできそうですか?」
アナスタシアは表情を硬くして女の子に確認した。
「不可能です……!」
女の子は顔を強張らせ、機敏にかぶりを振る。
「シアちゃん、空の指揮は私に任せて!」
イリスは率先して空の指揮を買って出た。
「頼みます。私は地上を」
アナスタシアは間髪を容れずに頷く。直後、イリスは
「各隊、広場の中央に集合! これよりこの場を拠点とし、全方位に向けた
アナスタシアはきびきびと指揮を執り始めた。ちなみに、
「タイヨウさん、貴方は私と一緒に
「あ、ああ!」
俺はアナスタシアに促され、迅速に円状の
まずは槍と盾を手にした者が前面に展開すると、盾を構えて隙間から槍を突き出す。すぐ後方には交代の人員が控えていて、守備を固めていた。
五百人もの陣形となると、内側にはかなり広いスペースが確保される。
(本当に、戦いが始まるのか……)
この世界に来たばかりの時に巻き込まれた戦闘は考える暇もなく始まった。だが、今回は違う。俺は戦闘前の異様な雰囲気に当てられて、ぽつんと立ち尽くしていた。
(緊張しているの、タイヨウ?)
ルゥは俺のことを心配してくれたのか、そう訊いてきた。
(ああ……。でも、大丈夫だ。俺も戦わないと)
俺は深呼吸をして心を落ち着ける。
(この陣形で、しかも今は無位の剣しか装備していないのに、どうやって?)
(それは……)
(無位の剣だけを握って、陣形の外に飛び出るつもり? それはただの自殺行為よ)
言葉に詰まる俺に、ルゥは至極まっとうな正論を述べた。
(わかっているよ)
俺はきゅっと唇を噛んで頷く。
(アナスタシアやイリスがタイヨウに無位の剣しか持たせていない理由はわかるわね?)
(……俺には無位の剣ではなく、ルゥを使って戦ってもらうつもり、だから?)
(違うわよ。全然違う)
ルゥはやれやれと否定した。
(じゃあ……、何でだよ?)
(確かにタイヨウが契約している
(……ああ)
俺は頷くことしかできない。ルゥの考察はもっともだからだ。と、そこで――、
「上空で接敵!」
上空にいるイリス達が、押し寄せてくる
「っ……」
俺は上空を見上げ、ごくりと息を呑む。確かにルゥが言っていることは理解できる。だが、それでも俺だけが安全な場所でみんなの戦いを眺めているのは嫌だった。今、上空で
(じゃあ、話の続き。本題はここからよ)
ルゥは不敵な声色で、そう言った。
(え?)
(私が剣になってあげてもいいわよ。タイヨウが今の話を理解して、それでも戦いたいと願うのならね)
(……いいのか?)
俺はハッと目を見開く。
(ええ。もちろん自殺行為に手を貸すわけじゃないわよ。まあ、剣になった私を握れば冷静になるから、そんな馬鹿なことは考えないでしょうけど……。どうする?)
ルゥは既に俺の答えを理解しているかのように訊いてきた。
(俺は、戦いたい! みんな助けたい!)
(……そう答えると思った。いいわ。なら、アナスタシアの許可を取って、遊撃役としてとりあえずは上空の手助けでもしてあげなさい。ただし、一つだけ注意事項。魅了スキルは諸刃の剣よ。味方をパワーアップできるけど、パワーアップするまでに隙もできる。使用する時は私の指示に従うこと。いい?)
(ああ、ありがとう!)
俺はルゥに礼を言うのと同時に、少女達を鼓舞しているアナスタシアへ近づく。
「アナスタシア!」
「……タイヨウさん。必要になれば助力をお願いするかもしれませんが、今はこのまま内側で待機してくださいますか?」
俺が勇んで語りかけると、アナスタシアは少し驚いた様子で応じる。
「いや、俺も戦うよ。空戦能力があるから、まずは上空で」
「タイヨウさん。ですが、貴方の剣は、必要な戦いでしか出せないのでは……?」
「大丈夫、今なら出せそうだ。頼む。俺にも戦わせてくれ。このまま見ているだけなのは嫌なんだ。俺の
俺は渋るアナスタシアに強く訴えて、深く頭を下げた。
「………………ありがとう。では、イリスにその旨、伝えてください」
アナスタシアは長く逡巡すると、上空での戦闘を眺めて許可を出す。どうやらイリスが奮戦しているようだが、敵の方が数が多い。押されつつあるのは明らかだ。
「礼なんて止めてくれよ。じゃあ、剣を出すから、視線を合わせないでくれ」
俺がそう言うと、手元にルゥがスッと剣として現れてくれた。
「タイヨウさん。危ない時は無理をせず、地上へ退避してくださいね」
と、アナスタシアは心配そうに俺を見送ってくれる。
「ああ。行ってくるよ。
俺は強く地面を蹴って上空へと舞い上がった。と、同時に、部隊が守りを固めている広場へと、地上から押し寄せる
「どうやら地上の敵も来たようね。私は
アナスタシアは押し寄せる
「イリス!」
空中を飛行していた
「タ、タイヨウさん!?」
イリスは俺の姿を確認すると、ギョッと目を丸くする。
「アナスタシアの許可は取ってきた。遊撃役として援護する」
と、俺は最小限の情報を提示した。
「え? っ、で、では、あちらの敵を!」
イリスは一瞬、戸惑ったようだが、女の子二人が、目算で三十体以上もの
「了解した!」
俺は速やかに苦戦している女の子達の救援に向かう。
(やっちゃいなさい、タイヨウ!)
俺は心の中でルゥに「おう」と勇み応じると、浮遊していたスパルトイに反応させる暇も与えずに、その胴体を真っ二つに切り飛ばす。そして――、
「援護する!」
少し遅れて、女の子達にそう呼びかける。
「は、はい!」
女の子達はパッと顔を明るくして、返事をしてくれた。
「少し数を減らす。下がっていてくれ。みんな、俺と視線を合わせるなよ!」
と、俺は女の子達に呼びかける。そして、ルゥを装備して高まった脳の処理能力を駆使して、周囲の敵を余すことなく把握すると、高速で飛翔を開始した。
一体、二体、三体と、瞬く間に斬り伏せていく。
「すごい……」
周囲の女の子達はやや呆気にとられた様子で、俺の戦闘を眺めていた。
(下でも始まったか)
俺はちらりと広場を見下ろす。地上でも既に戦闘が始まっていて、おぞましい数の
砲弾を放った
後はその繰り返しだ。そんな中、アナスタシアが陣形の外へと大きく踏み出して、敵陣の奥深くで孤軍奮闘している。
(……すごいな)
パッと見た感じ、倒されているのは
(あの様子なら、そう簡単に陣形が崩されることはない。自分の戦いに集中なさい!)
ルゥは俺が心置きなく戦えるよう、発破をかけてくる。
(ああ!)
俺は力強く頷くと、上空の
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