第17話

   第七章 神すら追放せし断罪の光剣




 俺が上空での戦いに加わってから、体感的には数時間にも及ぶような数分が流れた。上空では聖騎士パルテノス達がひたすらに飛び回り、出会う魔物キメラを次々と切り伏せていくが、敵の勢いはいっこうに収まらず、後続の魔物キメラが続々と押し寄せてくる。


「っ、キリがないな。いったい何体いるんだ?」


 かくいう俺もすれ違い様に次々と魔物キメラを切り伏せていたが、倒せども倒せども減らない敵の数に歯噛みした。


(……ちょっとまずいかもしれないわね。思っていた以上に数が多いわ)


 ルゥも声を強張らせ、冷静に戦況を分析する。と、そこで――、


「グオオオオッ!」


 複数のおぞましい獣の咆哮が上がった。


「なん……だ、あれ?」


 俺は音源を特定し、都市の広場から少し離れた通りを見やる。そこにいたのは、体長十メートルはあろう巨大なネメアー達だった。


(ネメアーの変異種……というより大型種ね。小型の雑魚はともかく、アレが地上の部隊へ一斉に押し寄せるとまずいわよ)


 と、ルゥは険しい声で解説する。


(じゃあ、アナスタシアと協力して水際で防がないと!)


 俺はそう考えると――、


「イリス、俺は地上へ降下して、アナスタシアと協力してあいつらの撃退に回る。この場を離れてもいいか?」


 その旨をイリスに伝えた。


「……は、はい! シアちゃんをよろしくお願いします!」

「よし!」


 俺はすぐに急降下を開始した。


「グアアアッ!」


 出現した巨大なネメアー達は、今まさに地上の密集陣形ファランクスへと突撃を開始している。広場へ押し寄せている魔物キメラ達が巨大ネメアー達の通り道を作ろうとしているのか、左右へと波が引くように別れていった。そこから、まずは先頭を走る巨大ネメアーが姿を現す。


「通さないわよ! ヘカントケイル」


 アナスタシアは巨大ネメアーを水際で撃退するべく、出来上がった通路に一人で立ちふさがった。そして、天剣ヘカトンケイルの能力で周囲に展開させていた複数の剣を一カ所へと集めていく。すると、無数の剣はたちまち融合し、一降りの巨大な剣へと変わる。


飛翔の聖靴タラリア、はあああ!」


 アナスタシアは今までのヘカトンケイルとは形の異なる図太い大剣を握ると、迫りくる巨大ネメアーへと高速で飛翔し、その首を的確に切り飛ばした。しかし――、


「グオッ!」


 続くもう一体の巨大ネメアーが、アナスタシアを食い殺そうと迫る。


「くっ」


 アナスタシアは巨大な剣を振り終えたばかりで微かにバランスを崩していた。そのせいで反応もわずかに遅れる。


「任せろ!」


 俺はアナスタシアへ襲いかかろうとした巨大ネメアーの脳天をめがけ、上空から急降下して剣を突き刺した。そのまま地面へと頭蓋を力任せに押し込む。ややあって、巨大ネメアーは絶命し、他の魔物と同じように黒い霧となって霧散した。


「タイヨウさん、助かりました!」


 アナスタシアはホッと胸をなで下ろし、俺の横に並び立つ。が――、


「グアアッ!」


 さらなる後続の登場だ。


「もう一体、来たぞ!」


 俺は巨大ネメアーを見据え、剣を構えた。すると、アナスタシアは剣の束頭から伸びる鎖を掴み、率先して前に出る。


「私に任せてください!」


 アナスタシアは勢いよく剣を振りかぶると、鎖だけを握ったまま本体を放り投げてしまった。剣は吸い込まれるように飛んでいき、突進してくる巨大ネメアーの顔面に突き刺さって見事に息の根を止めてしまう。


「お見事!」「ありがとう」


 俺が賞賛すると、アナスタシアは得意げに微笑した。巨大ネメアーに突き刺さった剣は鎖を引っ張られることで、アナスタシアの手元に戻ってくる。と、そこで――、


「グオオオオッ!」


 またしても都市の遠くから雄叫びが聞こえてきた。しかも、今度は先ほどよりも数が多く、都市の各地から声が響いてくる。


「……流石に、まずそうね。今は目立った犠牲も出ていないけど……」


 アナスタシアは流石に顔を青ざめさせた。背後の密集陣形ファランクスはいまだに持ちこたえているが、一カ所でも突破されれば、内部から崩壊して即座に全滅しかねない。


「くっ、俺は反対側の防衛に回ってくる!」


 俺は一瞬、最悪の状況を想像すると、すぐに今の自分にできる最善策をとろうと駆けだした。死者なんて、死人なんて絶対に出してたまるか。俺の初任務なんだ。絶対にみんなで生き残って浮遊都市に帰るんだ。


「タイヨウさん! 無茶はなさらないで! くっ!?」


 アナスタシアは俺の背中に声をかけるが、小型の魔物達に襲われてしまい、その撃退に追われる。すると――、


(待ちなさい、タイヨウ! 無理よ、流石に無理。魔物キメラの数が多すぎる。このままだと持ちこたえきれないわ。たぶん、どこかで魔物キメラを生み出して操っている奴がいるのよ。そいつをどうにかしないことには、この状況は覆らない)


 がむしゃらに駆ける俺の脳裏に、ルゥの声が響いた。


(なに……? どこかでって、どこだよ?)

(それがわかれば苦労はしないわよ)

(じゃあ、これから襲ってくる巨大ネメアーの撃退が優先だ。この場でじっとしていられるか! 守るんだ、みんなを!)


 俺はギュッと剣を握りしめ、ルゥに反論する。


(だから、待ちなさい! もう、私を握っていても冷静さを欠くほど、焦っているみたいね。しっかりしなさい!)


 ルゥは語気を強めて、再び俺を呼び止めた。


(この状況で焦らない方がおかしいだろ!)


 俺は小型の魔物キメラが密集している箇所に突撃する。そして、日本で暮らしていた頃には到底できなかった身のこなしで、魔物キメラ達を斬り伏せていく。


(だから、私が……、はあ、もういいわ。単刀直入に言う。この状況を簡単に打開する方法が一つだけあるわ)


 と、ルゥは呆れを覗かせ、手短にそんなことを言いだす。


(……どうやって?)


 俺はいったん、魔物キメラ達から距離を置いて立ち止まった。


(私がケラウノスとして、神剣の力を全力で解放するの。そうすれば、こんな戦場くらいすぐに片をつけてみせる)


 ルゥはそう断言する。


(え、いや……、でも、そうしたら、ルゥの正体がバレるんじゃないのか?)


 俺は思わず意表を突かれた。だって、ルゥは他人の都合で戦いを強いられることに嫌気がさして、正体を隠しているんじゃないのか。


(ええ、バレるわね……。それでもいいって言っているのよ、わからない?)


 ルゥはしっかりとした声で、そう言った。


(バレても、いいのか?)

(それはタイヨウ次第よ。あの日、私達が最初に出会った時にも言ったでしょ? 魔物キメラどもに私の復活が知られると、契約者の貴方は確実に面倒事に巻き込まれるって。どうせ忘れているんでしょうし、もう一度訊くわ。いいの? いつ終わるかわからない泥沼の戦いに矢面に立って身を投じることになっても)

(…………)


 俺は即答できなかった。俺の判断でルゥの今後まで左右していいのか、わからなかったから。すると、ルゥが言葉を続けた。


(正直なところ、私一人ならそんな面倒な状況になるのは御免ね。でも、貴方と一緒ならそうなってもいいかもしれないって、この数日の間に思えたわ)

(ルゥ……)


 ドクンと胸の鼓動が高鳴るのを感じた。


(ただ、これが私の気の迷いでないとも言い切れない。だから、タイヨウの覚悟を聞かせてほしいの。貴方は、貴方だけは、これから先、何があっても私とずっと一緒にいてくれる? 私を必要としてくれる? もし誓ってくれるのなら、私もタイヨウのことを必要とする。私は貴方を正式なパートナーとして認めて、私のすべてを捧げてあげるわ)


 ルゥは途中まで少し不安そうに語ると、俺の覚悟を尋ね、最後は決然と告げる。


(……ルゥって、意外とさみしがり屋なのか?)


 俺はなんだか無性にこそばゆくて、こんな状況なのにはにかんでしまった。


(な、なによ!? 私は真剣に言っているのよっ!)


 ルゥは気恥ずかしそうに叫ぶ。


(わかっている。ごめん、なんだか照れ臭くてな。この数日間、なんだかんで一番気兼ねせずに話すことができたのはルゥだったんだ。だから、今のルゥの言葉はすごく嬉しかった……。誓うよ。俺は何があってもルゥとずっと一緒にいる。俺にはルゥが必要だ。だから、俺の我が儘に付き合ってくれるか?)


 俺は魔物キメラ達と対峙したまま剣を下ろすと、ルゥに誓いを立てた。すると――、


(……今の誓い、忘れたら許さないんだからね)


 ルゥの声がぼそっと響く。


(ああ)


「タイヨウさん!」


 俺が頷くのと同時に、上空でイリスが降下しながら俺の名を叫ぶ声が聞こえた。新手の大型のネメアーが広場に押し寄せ、俺に襲いかかろうとしているからだ。

 だが、大型のネメアーが俺に近づくことは叶わない。なぜなら、イリスが叫びかけてきたのとほぼ同時に――、


「っ!?」


 俺の身体とルゥの刀身からおびただしい光が放出された。身体から放出している光は、俺の愛の力が膨張し、オーラとして可視化できるようになったものだ。オーラは噴火するようにとめどなく膨張し、周囲に軽い衝撃波がほとばしった。


「ふぁ、っあ……、あっ、んぅ!?」


 イリスは俺の身体から放出された光のオーラに触れると、艶めかしい声を漏らす。どうやら今の俺のオーラに触れると、視線を合わせずとも魅了されてしまうようだ。自分の身に宿る能力が感覚でわかる。オーラの放出半径は十メートルといったところか。

 ルゥが力を解放したのだ。先ほどまでよりもさらに冷静になっていくのも感じる。しかし、この程度はまだほんの片鱗にすぎない。そうわかる。


(ウォーミングアップよ! ぶちかましなさい、タイヨウ!)


 俺は剣を水平に薙いだ。直後、刀身から周囲の地面をごっそり薙ぎ払うような光の斬撃が放出されて、周囲の魔物キメラを文字通り消し飛ばしてしまう。


「…………」


 数瞬、広場はしんと静まりかえった。

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