第13話

 観客席に座る聖騎士の女の子達は、開幕と同時にワッと声援を上げた。


「はあああ!」


 アナスタシアは滞空している剣の半数を俺めがけて順番に射出する。


「よっと!」


 俺は高速で飛翔してきた最初の剣をひらりと躱した。が、間髪を容れず他の剣が飛翔してくるし、躱した剣も再び俺に向かって飛翔してくるので、かなりスリルがある。

 でも、正直なところ、一振りでも当たる気はまったくしない。今の俺は上下左右、周囲の空間を余すことなく把握することが可能だ。アナスタシアの剣がどのように飛んでくるのかも、手に取るように理解できる。


(タイヨウ、この程度の波状攻撃にいつまで回避に専念しているのよ。もう身体は温まってきたんでしょ。さっさとこっちから攻めてやりなさい)

(ああ。ちょうどそう思っていたところ)


 俺は軽い調子でルゥに応じ、地を這うように駆けてアナスタシアとの距離を詰める。


「っ……」


 アナスタシアは周囲に残していた剣をいくつか射出して、俺の接近を牽制してきた。俺は左右にステップを踏んで、正面から飛んできた剣を躱す。

 かと思えば、今度は最初に射出していた剣が背後から次々と飛翔してきた。


「いよっ、と」


 俺はここで初めて剣を振り、アナスタシアが飛翔させている剣を払い落とす。が、そうしている間にも足の動きは止めず、左右へ大きく移動しつつ揺さぶりをかけながら、アナスタシアへと接近していった。

 剣の数が増えたことで攻撃力は上がっているが、その分アナスタシアの守りは手薄になっているからな。俺への攻撃が激しくなっている今が逆に好機だ。


「くっ、戻りなさい!」


 アナスタシアも自身の守りが薄くなっていることに気づいたのか、いくつかの剣を自分のもとへ戻した。


(しかし、便利な能力だな。剣をいくつも生み出して自在に操れるなんて)


 俺は身を捻って残っていた剣を躱しながら、アナスタシアを見据える。


(断魔の天剣ヘカトンケイル。攻防のバランスが取れていて、あらゆる距離で万能に戦える神話聖装アポカリプシスよ。でも、あの女はまだその性能を一割も引き出すことはできないみたいね。もう少しできるのかと思ったけど、本当にまだまだひよっこよ。私の方がすごい剣なんだから、さっさと終わらせなさい)


 と、ルゥは言った。


(ご要望の通り)


 俺はそう応じながら、どんどんアナスタシアとの距離を詰めていく。


「……何なの、貴方は? 今の私は最高に調子が良いはずなのに、こうもあっさりと攻撃を躱してくれて」


 アナスタシアは決して悔しそうではなく、むしろその口許は柔らかく緩んでいる。今の戦いを心底楽しんでいるといった感じだ。俺の接近を阻止するべく飛翔させている剣の速度や切れもどんどん増してきていた。ただ――、


「これが君の限界か、アナスタシアさん?」


 と、俺はアナスタシアを煽る。


「冗談を。まだまだよ! 来なさい、ヘカトンケイル!」


 アナスタシアはフッと笑みを刻むと、いくつもの剣を随伴させて俺に向かって突進してきた。接近戦を仕掛けるつもりなのだろう。


「望むところだ」


 俺も真っ向からアナスタシアへと近づいていく。先んじて浮遊する剣がいくつか飛んできたが、俺はそれらの軌道を見切って鮮やかに躱し、剣を振るい受け流す。

 直後、俺とアナスタシアは真っ向からぶつかり合って、互いに手にした剣をぶつけ合った。ギィンという金属が鳴り響き、同時に俺達はバックステップを踏んで距離を置く。


「ヘカトンケイルを使った近接戦闘を見せて差し上げるわ」


 アナスタシアがそう言うのと同時に、左脇から俺めがけて剣が飛んでくる。俺は即応して剣を振るい、飛んできた剣を弾いた。

 が、アナスタシアは他の剣も一斉に操作し、オールレンジで休む間もなく攻撃を加えてくる。その動きは先ほどよりも遙かに精密で、素早く、かつ変幻自在。かと思えば一斉に剣が秩序だった動きを見せたりして、俺を翻弄しようとしてきた。


「驚いたかしら? 浮遊している剣は私との距離が近くなれば、より精密かつ高速でのコントロールが可能になるの。まだまだいくわよ」


 アナスタシアは得意げに語ると、自らも俺に接近する。アナスタシア自身の攻撃と浮遊している無数の剣の攻撃が完璧に連動している見事なコンビネーションだ。


(タイヨウ!!)


 ちょっぴりご機嫌斜めなルゥの声が脳裏に響く。早く倒せと言いたいのだろう。


(わかっているよ。もう慣れた)


 俺はフッとほくそ笑んで応じると、一瞬、その場に立ち止まった。すると、アナスタシアはその一瞬を見極めて、すべての剣を一斉に俺にめがけて射出する。

 放たれた剣は俺が立っている場所を円状に囲うように、規則正しく地面へ突き刺さり始めた。天井こそないが、即席の剣の牢屋を作るつもりなのだろう。

 アナスタシアは剣の檻に閉じ込められつつある俺の姿を目の当たりにして、にやりとほくそ笑んだ。そして、最後の一本が地面に突き刺さったのとほぼ同時に跳躍すると、地面に突き刺さった剣の束頭を足場にして降り立つ。


「詰みよ。見事な身のこなしだったけど、少し本気を出した私の波状攻撃に身動きが取れなくなって、一瞬の隙をさらけ出したようね……って、え?」


 アナスタシアは勝利を確信し、饒舌に語りだすが、檻の中に俺の姿ないことに気づくとぱちくりと目を瞬く。俺はそんなアナスタシアの脇に音もなく降り立ち、剣を喉元に添えてやった。


「悪いが、詰みだ」


 と、俺はアナスタシアに語りかける。


「う、嘘よ。確かに檻の中にいたずはず……。え、どういうこと?」


 アナスタシアは訳がわからず、すっかり困惑してしまう。


「最後の剣が突き刺さる直前に、剣の影に紛れて超スピードで跳躍して檻から抜け出したんだよ。隙を晒せばアナスタシアさんから仕掛けてくると思ったからな。最後の剣が地面に突き刺さる直前の一瞬に俺の姿を確認させたのは、油断させるための罠」


 俺はフッと口許をほころばせ、アナスタシアに何が起きたのかを説明してやった。剣の牢屋で中の様子が見えにくくなれば、俺も中にいるものだと勘違いしてくれると思ったんだが、上手い具合に狙い通りの結果になったみたいだな。


「そんな……」

「俺の勝ち、でいいか?」


 呆け顔を浮かべるアナスタシアに、俺は首を傾げて尋ねた。


「……ええ」


 アナスタシアは剣を握る力を弱めると、観念して首を縦に振る。と、そこで――、


「勝負あり! タイヨウさんの勝ちです!」


 イリスが俺の勝利を宣言した。直後――、


「勝った! 殿方が勝ったわ!」「殿方があの総団長に勝った!」「殿方じゃないわ、タイヨウ様、タイヨウ様よ!」「やっぱりタイヨウ様が伝説の神騎士ゼウスなの!?」「わからないけど、天位以上の神話聖装アポカリプシスであることは確実よ!」「五人目の天位の神話聖装アポカリプシス使い!? それとも神騎士ゼウス!? どっちにしても素敵だわ、素敵だわ!!」


 観客席の女の子達が一斉に黄色い声を挙げる。


「負けたのね。私は、っ……」


 アナスタシアは歓喜する会場中の女の子達を見渡しながら、ぽつりと呟いた。手合わせが終わって気が抜けたのか、ふらりと姿勢を崩す。


「大丈夫か、アナスタシアさん?」


 俺はアナスタシアが地面に落下する前に、咄嗟に彼女の身体を支えてやった。戦っている時は雄々しく剣を振るっていたけど、その身体は華奢でとても軽い。やっぱり女の子なんだな、この子も。


「……え、ええ、んっ、あっ、んんっ、また、疼きがっ、押し寄せてきたわっ」


 アナスタシアは気持ちよさそうに吐息を荒くする。


(どういうことだ、ルゥ?)


 一度、愛の力エロスを注入してしばらくすると、慣れるんじゃなかったのか。


(戦ってある程度の愛の力エロスを発散したからね。再チャージしているのよ。でも、一度目みたいに身体がびっくりすることはないわ)


 ルゥはすぐに教えてくれた。


「試合で愛の力エロスを発散させたから、かな。立てるか?」


 俺は教えてもらった通りに説明すると、アナスタシアを自力で立たせようとした。


「……ちょっと無理、かしら? すごく気持ちいいの」


 アナスタシアはギュッと俺の服を掴み、至近距離から見つめてくる。確かにぞくぞくっと身体は震えているようだ。でも、立つのが無理ってほどでもなさそうな……。


「んっ、そんなに、見つめないでほしいわ。恥ずかしいもの」

「お、おう。すまん」


 俺は慌てて視線を逸らした。アナスタシアの表情が実に色っぽくて、思わず息を呑んでしまう。やばい、ドキドキしてきた。


「そう思うのなら、貴方が責任を取って、私を休めるところまで運んでくれるかしら?」


 上目遣いで俺にお願いしてくるアナスタシア。表情が艶っぽくて、こっちが魅了されそうなんですが……。ルゥを握っていなかったら、さぞテンパっていたことだろう。


「おう」


 俺はどぎまぎする感情とは裏腹に、静かに頷いた。すると――、


「わ、私も手伝いますよ、タイヨウっ、ひゃ、あっ、ん」


 イリスが慌てて駆け寄ってきて、手伝いを申し出た。しかし、彼女の接近に気づいて視線を向けた俺と視線が合うと、前のめりに倒れそうになる。


「あちゃあ……」


 俺は咄嗟にイリスの身体も受け止めた。しかし、片手で剣になったルゥを持ち、アナスタシアを支えてやっているままの状態なので、かなり無理な体勢になる。

 というより、身動きが取れない。


「ひぅ、っん、あっ、んん、めっ……」


 イリスは声を抑えながらも、きゅうっと強く俺に抱きついてきた。


(……ねえ、この女、今、自分からタイヨウに魅了されなかった?)


 ルゥの訝しそうな声が響く。


(え、そうか?)

(絶対にそうよ! タイヨウの愛の力エロスが身体に馴染んでいく速度が尋常じゃないし! 自分から魅了されることを望んでいる場合はより愛の力エロスの吸収効率が良くなるのよ!)

(そ、そうなのか?)


 俺は戸惑いがちにイリスの顔を見下ろす。


「っ、あっ……」


 イリスは身じろぎをして、自らの身体を俺の身体にそっとこすりつけている。むにゅ、むにゅと、イリスの柔らかな旨の感触が伝わってきて、身体がカッと熱くなった。


「な、なあ、アナスタシア。やっぱり立てないか?」


 俺は試しに訊いてみる。が――、


「……それは、私よりもイリスを選ぶということかしら?」


 アナスタシアはムッと唇を尖らせ、自分から俺に抱きついてくる。うおお、イリスとはまた違った質感の胸が、むにゅりと!!


「いやいや、そういう意味じゃなくてだな。いや、どんな意味なのかは知らんが」


 と、俺は弁明しながら――、


(おい、ルゥ。どうにかならんのか?)


 ルゥに助けを求めた。


(さあね)


 ルゥは素っ気なく突き放してくる。


(いや、待て。よく考えたらルゥを握っているから、アナスタシアとイリスが魅了されているんじゃないのか? ルゥが霊魂化してくれれば解決だろ)


 俺はそもそもの原因がルゥにあると訴えて、その解決法を提示した。


(あ、気づいちゃった? でも、もう少しフィールドの中央で団長二人ともつれ合う姿を晒してみれば? 面白いことになりそうだから。観客席を見てみなさい)

(え?)


 ルゥに言われ、俺はふと観客席を見渡した。すると、聖騎士パルテノスの女の子達がじいっと俺達のことを眺めている。直後――、


「団長達ばかりずるいです!」「そうだそうだ!」「私達はいっつもお預けをくらっている気がします!」「私達だってタイヨウ様ともっと気持ちいいことをしたいです!」


 一人の女の子が騒ぎ出したことで、他の女の子達も一斉に騒ぎ出した。


「今がチャンス!」「あ、ずるい!」「私も!」


 とある女の子が空を飛んでこちらに向かい出すと、他の女の子達も一斉に後を追いかけ始める。空を飛べない子も数多くいるようだが、高い身体能力でひょいひょいと駆け寄ってくる。俺は慌てて叫んだ。


「お、おい。まずいぞ!」

「……せっかく良い気分なのに。もう、仕方がないわね。離して頂戴、タイヨウさん」


 アナスタシアは少し不服そうに息をつくと、離すよう言ってきた。って、自分で立てるんじゃないか!? だが、今はそんな突っ込みをしている場合じゃない。


「あ、ああ」


 俺はそっとアナスタシアの身体を離してやった。まあ、実際はほとんどアナスタシアの方から俺にひっついていたんだけど……。


「少し躾けをします。イリス」


 と、アナスタシアはイリスに言いながら、ヘカトンケイルを周囲に展開させる。


「う、うん。顕現して、難攻不落の天盾、イリオス! タイヨウさんは私が守ります」


 イリスも自分の足でふらりと歩きだすと、神話聖装アポカリプシスを顕現させた。


(……俺はどうすればいいんだろうか?)


 臨戦態勢に入った二人を見て、心の中でルゥに訊く。


(さあ、好きにやらせておけばいいんじゃない?)


 ルゥは我関せずといった調子で答える。そうこうしている間にも、光の翼イカロスを生やして先行する少女達が接近してきた。

 アナスタシアはヘカントケイルを無数に展開して牽制を行う。加えて、イリスがドーム状の小さな防壁を展開して、俺達三人を覆った。

 イリスの光の防壁は内側から自分達の攻撃を通すことはできるが、外側からの攻撃は完璧に防ぐことができるらしく、アナスタシアが一方的に攻撃を加えていく。

 結果、見事に接近する女の子達を寄せ付けない城塞が出来上がる。一方的だ。なんとえげつない。俺は引きつった笑みを浮かべ、団長陣と団員達の攻防を眺めた。

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