第12話
「いいでしょう。私もお飾りで世界各地に散らばる聖騎士団の総団長を務めているわけではないわ。天位の
と、アナスタシアは宣言した。
「いや、それは、どうだろう……」
出てきてくれるかなあ? ちょっと妙な流れになってしまったかもしれない。
「イリス、無位の剣を私のところにも」
「う、うん。じゃあ、私の剣を使って」
試合する気満々なアナスタシアに頼まれると、イリスは腰の鞘から抜いて自分の剣を渡した。そうして、すぐに勝負の時がやってくる。
「それでは、これから二人の手合わせを始めます。双方、武器を構えてください」
イリスは俺とアナスタシアの顔を交互に見つめ、審判役の責務をまっとうした。ちなみに、ルールの確認は事前に済ませてある。俺とアナスタシアは互いに武器を構え、向かい合った。後はイリスの合図でいつでも手合わせが始まる。ややあって――、
「…………始め!」
と、イリスは手合わせの開始を宣言した。
(来るわよ、タイヨウ!)
ルゥが開幕と同時に叫ぶ。
「はああああっ!」
アナスタシアもほぼ同時に、俺との間合いを詰めてきた。ああ、ルゥを握っていた時とは感覚が全然違う。動悸で胸が圧迫され、頭の回転も鈍い。緊張しているのが自分でもわかる。だが、アナスタシアは待ってはくれない。
「はあっ!」
俺は真っ向からアナスタシアの剣を受け止めた。よし。無位の
「な、にっ!?」
アナスタシアは軽く重心を後ろへずらした。前のめりに剣を押し込んでいた俺は、危うくバランスを崩しかける。直後――、
「ふっ!」
アナスタシアは左右にフェイントをかけ、俺に揺さぶりをかける。俺は一瞬、硬直してしまったが、すぐにバックステップでアナスタシアから距離を置いた。が、アナスタシアは即応して前に踏み込んで、俺との距離を詰めてきた。
「くっ……」
すごい。動きが読めない。反応するので精一杯だ。アナスタシアは流れるような動きで剣を振るい、俺に斬りかかってくる。
俺はほぼ勘で身体を動かし、アナスタシアの攻撃を受けていた。数合、かろうじてアナスタシアの攻撃を弾くが、どんどん後ろへと押し込まれていく。たぶん、この攻防はもう長くは続かない。俺は自らの負けを予感した。その直後――、
「はああ!」
手にした剣をアナスタシアに弾き飛ばされた。そのまま俺の剣は宙を舞い、空しく地面へと突き刺さる。ああ、やっぱり負けたか。
「そこまで、シアちゃんの勝利です!」
と、イリスの裁定も下る。俺は大きく息をついて、身体から力を抜いた。
「貴方、本当にただの素人なのね。反射神経はかなり良いみたいだけど……」
アナスタシアはやや拍子抜けした様子で、俺の実力を評価する。
「昨日、執務室で言ったろ? 俺は剣に関しては素人だって」
苦笑することしかできない。でも、甘んじて受け入れるさ。これが俺の実力だ。
「そうなんですが……、まあ、いいわ。それで、どうなのかしら? 今の私との戦いを経てなお、貴方の
アナスタシアはふふんと誇らしげに訊いてくる。
「う、うーん……」
なんと答えればいいものか。俺が悩んでいると――、
(いいわ。戦ってあげる)
突然、ルゥがそんなことを言った。
「え?」
俺は思わず声を出してしまう。
「……どうかして?」
アナスタシアは訝しそうに首を傾げた。
「あ、いや……」
(おい、どういうつもりだ、ルゥ? あんまり戦いたくないんだろ?)
俺はアナスタシアに応じつつ、ルゥに問いかける。
(違うわ。私は誰かの都合で戦わされたくないだけよ。だから、力を貸してあげるわ)
ルゥは何の心の迷いも感じさせずに、協力を申し出てくれた。
(……どういう心境の変化だ?)
(これは私の都合で、私の戦いにもなったってことよ。神位の
(でも、ルゥに力を貸してもらうのはなんかずるい気もするんだが……)
誇らしげに語るルゥに、俺はそんな懸念を抱く。
(なんでずるいのよ?)
(だって、ルゥの力で勝つようなものだし)
(呆れた。契約した
(んー、そういうものか……)
まあ、確かにそうかもしれない。でも、素の実力で劣っていることは確かなんだ。それが男として悔しいというか、釈然としないというか……。
(ほら、いつまでも余計な話をしているから、変に思われるわよ。剣になるからね)
ルゥはそう言うと、宣言通りに実体化した。俺の手元には剣の姿になったルゥがスッと現れる。神々しく、鋭く、本当に美しい剣だ。ルゥ曰く、真の力を解放したら光が放出されてもっと美しくなるというんだから、見てみたくもなる。
「どうやら私のことを認めてくれたようね」
アナスタシアは嬉しそうに口許を緩めた。すごく好戦的な笑顔だ。
「……ああ。視線を合わせないでくれよ」
俺は渋々とアナスタシアに応じ、誰もいない場所に視線を向ける。
「ええ。でも、本当に雰囲気が変わるのね。こうして相対するだけでわかる。さっきとはまるで別人よ」
アナスタシアも俺から視線を逸らしているが、何かしら感じ取るものはあるらしい。
「はは、自分でも驚くくらい、感覚が鋭くなっているからな」
今なら誰にも負ける気はしない。だからこそ、ちょっぴり複雑なんだけどな。
「顕現なさい、断魔の天剣ヘカトンケイル!」
アナスタシアは契約している
「いつでもいいわよ、イリス」
互いに契約している
「じゃあ、二人とも、距離を取ってください」
というイリスの指示に従い、俺とアナスタシアは互いに距離を取りだす。すると――、
(ほら、タイヨウ。いつまでもふてくされていないで、気持ちを入れ替えなさい)
ルゥが俺に発破をかけてきた。
(わかっているよ。ルゥのおかげで頭はこの上なく冷静だ。問題ない)
(ならいいけど、本当に必要な戦いでしか抜くことができないとか大見得を切っておいて、手も足も出ないで負けて今に至るんだから、現状がかなり恥ずかしいってことはわかっているわよね?)
(うっ……)
生傷に塩を塗ってきやがるなあ。
(このままじゃ貴方と契約している私まで大したことがないと思われる。でも、そんなの駄目よ。今の会場の連中がどう思っているか、わかる?)
(さ、さあ?)
妙にノリノリだな、ルゥ。
(なんかすごい殿方が現れた、でも、私達最強の総団長には負けちゃったかあ。まあ、総団長は数少ない天位の
ちょっと誇張気味な気はするが、あながち的外れではないだろう。
(だからこそ、この戦いでこの場にいる連中の度肝を抜いてやるの。期待されて、落胆されて、その評価をさらに覆してやるの。それって最高に面白いと思わない?)
顔は見えないけど、たぶん、今のルゥは目をキラキラさせているはずだ。だって、俺もルゥが言う通りだと思ったから。そんなのワクワクするに決まっている。
(……思う!)
自分でも単純だと思うが、不覚にも俺のテンションは上がった。
(良い返事ね。じゃあ、始めるわよ、私達の戦いを)
そう、これが俺とルゥのこの世界で初めての共闘だ。
(おう!)
ちょうどアナスタシアと十分な距離を取り終えたところだ。間もなく試合は始まる。観客席に押し寄せている聖騎士団の女の子達もワッとざわめいていた。
「では、二人とも武器を構えて!」
イリスはそう言って、手合わせ開始の合図を出すべく右手を挙げる。それで俺とアナスタシアは完全な臨戦態勢に入った。ややあって――、
「始め!」
と、イリスが叫び、右手を振り下ろす。
直後、俺は強く地面を踏み込み、アナスタシアへ迫った。さっきは先制攻撃を許しちゃったからな。その意趣返しだ。まさしく一瞬でアナスタシアを間合いに入れると、その喉元に切っ先を突きつける。
「っ……。そん、な……」
アナスタシアは身動きも取れず、開始地点に立ち尽くしていた。
「勝負あり、か?」
俺はそう言って、至近距離からアナスタシアの顔を見つめる。アナスタシアは呆けて油断してしまったのか、俺と視線を合わせてしまった。
(あ、馬鹿、こんな至近距離で視線を合わせたら!)
と、ルゥが叫ぶのと同時に――、
「……嘘っ、あっ、あっ、んっ」
アナスタシアは喘ぎ声を漏らして、びくびくと震えて地面に倒れそうになった。しかし、咄嗟に剣を地面に突き刺して、なんとか踏ん張る。
「お、おい、大丈夫か、アナスタシアさん?」
俺は慌ててアナスタシアの身体を支えてやる。
「ひぅん! んぁ、あっ、んあ!?」
アナスタシアは殊更に艶めかしい声を上げた。
なんというか、こう、絶頂したような。
(……なあ、今、急に悪化しなかったか?)
俺は目を点にしてルゥに尋ねる。
(魅了された状態でタイヨウと身体が触れあったからよ。そもそも魅了された女がメロメロになっちゃうのって、タイヨウの
ルゥはのんびりとした声色で説明してくれた。
(え、じゃあ、まずくないか? 俺は離れた方がいいのか?)
アナスタシアは俺の腕の中でひくひくと震えている。
「だ、大丈夫、シアちゃん!?」
イリスは審判役を中断して、慌てて駆け寄ってきた。
(大丈夫よ。そもそも魅了って、
と、ルゥは少し面白くなさそうに言う。
(め、雌の顔って……)
止めてくれよ、そういう目で見ちゃうだろうが。
(だって雌の顔は雌の顔だもん。そうそう、橋の上でスパルトイと戦って、イリスを抱きかかえた時のことを思い出しなさい。しばらくしたら調子が良いって言っていたでしょ)
くっ、可愛い声で雌雌雌雌、言いやがって……。しかし――、
(そういえば……、そうだったな)
イリスの話に関しては確かに覚えがあるな。最初は悶えていたけど、途中からはむしろ元気になっていた気がする。
(でしょ。ほら、そろそろ会話ができるくらいに落ち着き始めてきたわよ)
それで俺はルゥとの会話を中断し、アナスタシアに声をかけることにした。
「大丈夫か、アナスタシアさん?」
「っ、タ、タイヨウ、さん? だ、大丈夫。で、でもっ、う、嘘、嘘よ。この私が、私が、は、反応すら、できない、だなんて、あっ、あっ」
アナスタシアはびくんびくんと押し寄せる身体の疼きを必死に堪えながら、頬を赤くしていた。
「大丈夫そうだけど……、し、試合終了、かな?」
あまりにもあっけない結末にきょとんとしていたイリスだったが、試合終了の確認をしようとする。だが――
「……いや、アナスタシアさんさえよければ、試合継続で構わない」
と、俺は提案した。
「な、情けをかけるつもり? この私に?」
アナスタシアは俺から微妙に視線を逸らして抗議する。
「こんな幕切れで、お互いに納得がいかないだろう? 総団長として、示しもつかないんじゃないのか?」
部下の
「くっ……」
アナスタシアは悔しそうに顔を歪める。
「それと、耳寄りな情報だ。視線が合った女の子を魅了しちゃう厄介な固有
だいぶ呼吸が落ち着いてきたようなので立たせてやった。
「……ええ。何かしら?」
「俺に魅了されると体内に俺の
「…………正気?」
うん、まあ、そういう反応をする気持ちは理解できる。でも――、
「実際、よくなってるだろ、具合?
俺は自信満々に訊いてやった。ルゥのお墨付き情報だからな。
「確かに……」
「試しにヘカトンケイルの力を引き出してみてくれよ。何か違いはないか?」
やや釈然としない面持ちのアナスタシアだったが、俺やイリスから少し距離を置いたところまで歩き出した。
「振るいなさい、ヘカントケイル」
軽く剣を振るうと、アナスタシアの周囲に無数の剣が出現し浮遊する。
「う、そ……?」
驚いたのはアナスタシア本人だった。いや、イリスも少し驚いた顔でアナスタシアのことを見つめている。
「どうだ?」
「出現する剣の数が、普段よりも多いわ。今までは十七本が最高記録だったのに」
どうやらパワーアップしているようだな。ルゥを握ることによって底上げされた動体視力で見た限り、アナスタシアの周囲には三十本以上の剣が浮遊している。
「ほらな」
俺はくすりと笑って言ってやった。
「身体は熱いままだけど、身体は軽い。これなら」
アナスタシアはそう言うと、じっと俺を見つめてくる。たぶん一時的にパワーアップした自分の力を確かめてみたいんだろう。
「試合続行でいいか?」
俺はアナスタシアが望むであろう言葉を口にした。
「……そういえば、まだ私の
アナスタシアはヘカントケイルの能力を細かく教えてくれる。
「いいのか、教えてくれて?」
「こちらはタイヨウさんの
「オッケー。じゃあ、今度は先手を譲るとしよう」
俺はひょいと肩をすくめた。
「……先ほどは不覚を取った身。お言葉に甘えるとしましょう。イリス」
アナスタシアはイリスに試合続行の指示を出すと、大きく跳躍して俺から距離を取る。
「うん。……では、双方、武器を構えてください」
というイリスの合図に従い、俺とアナスタシアは数十メートルほど距離を取った状態で再び互いに剣を構えた。アナスタシアの剣は空中で綺麗に居並び、切っ先を俺に向けて照準を合わせている。
「始め!」
神々しいまでに芸術的で美しいデザインをしている裁光の神剣ケラウノス(のダウンスペック版)。そして、大剣ほどのサイズで無骨なデザインをしている団魔の天剣ヘカトンケイル。こうして、唯一最高位の神位に君臨する神剣と、ごく少数の高位を占める天剣のぶつかり合いは始まった。
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