第10話

   第四章 神剣VS天剣




 ゆさ、ゆさ。ゆさ、ゆさ。


「タイヨウさん、タイヨウさん」


 俺は身体を揺さぶられ、少しずつ意識を覚醒させた。


「ん……」


 誰だ? ずいぶんと可愛らしい声だ。


「かなり熟睡しているみたいね。昨日は夕方になる前には寝たはずなのに、まだ寝たりないのかしら? よほど疲れていたのか、それとも単純に神経が図太いだけなのか……」


 と、今度は別の女の子の、少し呆れを帯びた声が聞こえる。


「つ、疲れていたんだよ。タイヨウさん、もう朝なので、起きてくださいますか?」


 あ、今度は俺を起こしてくれた子の声だ。俺の身体はゆさゆさと、再び揺さぶられた。


「ん……?」


 俺はぼんやりと目を開ける。そこには、とても綺麗で可愛らしい顔をした十代半ばの少女達がいて、俺の顔を見下ろしている。


「おはようございます、タイヨウさん。朝ですよ?」


 と、優しい声の主、イリスが俺に言う。


(ああ、そうか。アレは夢じゃなかったのか……)


 俺は寝ぼけた頭でようやく、状況を理解した。そう、昨日、俺は清らかな乙女しか暮らすことができない人口三万人の浮遊都市アルカディアに訳もわからず召喚された。

 男はただ一人、俺しかいない。おまけに女の子をメロメロにしてしまうという破廉恥な能力に開花して、伝説の真剣であるケラウノスの契約者に選定された。ただ、俺がケラウノスと契約していることは、ルゥの意向でアナスタシア達は知らなくて……。

 改めて整理すると現代の日本の常識が一切通じない超非日常的な出来事の連続だが、こうして目覚めたということは俺の妄想などではなかったのだろう。


「おはよう、イリス。今日も可愛いな」


 俺はあくび交じりに、思ったことをそのまま口にしてしまった。


「ふぇ!?」


 イリスはぽんと音が鳴ったように、顔を真っ赤にする。


「……いくら親しくなったとはいえ、イリスに軽はずみに軟派な発言をするのは慎んでもらえるかしら、タイヨウさん?」


 アナスタシアは微かに眉を吊り上げて言う。


「あー、ごめん。寝ぼけていて変なことを言った。本心ではあったけど、別に口説くつもりがあったわけじゃないんだ」


 俺は少しバツが悪くて、照れ隠しに頭を掻いた。


「か、可愛い。可愛い……」


 イリスはぼーっとした顔で、なにやらぶつぶつと呟いている。


「……はあ。朝食の時間ですので、これに着替えていただいてもよろしくて? 食堂で今日の予定を説明するわ」


 アナスタシアはやれやれと溜息をつくと、俺に着替えを差し出した。畳んであるが、アナスタシア達が着ているような白を基調とした隊服とデザインが似ている気がする。


「おお、もう着替えを用意してくれたのか?」


 昨日、採寸したばかりだというのに。


浮遊都市アルカディアの商店街に隊服を作ってもらっている店があるので、貴方の体格を伝えて用意してもらったの。とりあえずは私達の隊服を参考に、殿方用の隊服を試しにデザインしてもらったのだけど、おかしなところがあればデザインし直してもらうから言って頂戴」

「ありがとう! 早速、着替えさせてもらうよ!」


 見るからに格好良さそうだ。こんなのワクワクするに決まっている。


「リビングで待っています」


 アナスタシアはくすりと微笑み、イリスと一緒にリビングへと移動する。それから、俺はサッと着替えを済ませると、自分の格好を確認した。


「よし。こんなもんかな?」


 鏡の前で自分の隊服姿を確認する。似合っているかな? アナスタシアやイリスはどんな感想を言ってくれるだろうか。


「お待たせ。終わったよ」


 俺はすぐにリビングに繋がる扉を開けて、ソファに座って待っていたアナスタシアとイリスに語りかける。


「サイズは問題ないようですね」


 と、アナスタシア。やや素っ気なくも聞こえるが、別にそんなつもりは一切なく、これが彼女の平常運転なんだろう。一方――、


「すごくお似合いです、タイヨウさん! その、とても格好良いです」


 イリスは屈託のない笑みで、恥じらいながら俺を褒めてくれた。


「ありがとう」


 いかん。つい口がにやけてしまいそうだ。


「では、食堂へ行きましょうか。こちらです」


 アナスタシアはこの場での用は済んだと言わんばかりに、案内を開始する。そうして部屋を出ると、俺は二人と一緒に食堂へと向かった。すると、道中――、


「あ、団長達よ! あの殿方もいる!」「本当、殿方だわ! 本当に殿方がいる!」「あのお方が伝説の神騎士ゼウスって本当なの?」「きっとそうよ、橋の上での戦いはすごかったんだから」「あの殿方に見つめられて、妊娠しそうになったって本当?」「ふふふ、すごかったよ。骨抜きにされちゃった」


 あちこちに女の子がいて、アナスタシアやイリスと一緒に俺の話で盛り上がる。どうやら昨日は居合わせなかった子達の間でも俺の存在は知れ渡っているらしく、色々と噂をされているようだ。しかし、見つめられて妊娠ってどういうことだよ。そんなわけあるか。ちょっと強制的にエッチな気分にさせちゃっただけだ。と、そこで――、


(すっかり噂されているわね、タイヨウのこと)


 ルゥの声が突然、俺の頭の中に響いた。


「あっ、ルゥ!」


 俺はびくりと身体を震わせ、思わずルゥの名を呼んでしまう。


「……どうかなさったのですか?」


 アナスタシアとイリスは不思議そうに俺を見てきた。くっ、なんの脈絡もなく、いきなり声を出せば驚くのも無理もないか。

 でも、仕方ないだろ。俺だってびっくりしたんだ。


「いや、何でもないよ、ははは……」

「はあ、そうですか……」


 二人とも小首を傾げているが、不審には思われていないようだ。


(もう、頭の中で念じれば会話が成立するから、変な声は出さないでよね)


 と、ルゥの声が再び俺の頭の中に響く。


(何の前触れもなく喋りかけてくるからだろ。昨日はあれからいくら声をかけても反応しなかったのに)

(タイヨウに考える時間を与えたのよ。今なら少しは冷静になったでしょ。ほら、あんまり私との話に集中していると、この子達との会話を聞き逃しちゃうわよ)

(くっ……)


 俺はやむをえずに意識を切り替え、アナスタシアとイリスに注意を向ける。


「まったく、たった一人の殿方が現れたくらいでこんなに浮き足立つだなんて……」


 アナスタシアは女の子達の反応に少し思うところがあるのか、唇を尖らせていた。


「無理もないよ。タイヨウさん、昨日は大活躍だったから」


 と、イリスは少し嬉しそうに語る。すると――、


「せーの、タイヨウ様ー!」


 通路の一カ所に固まっていた女の子達のグループが、遠巻きに俺を眺めながら、声を揃えて俺の名を呼んだ。きゃあきゃあ騒ぎながら、大きく手を振っている。


「ははは」


 俺はなんとか笑みを取り繕い、女の子達に手を振り返した。


「きゃあああ!」


 手を振り返された女の子達は、一斉に黄色い声を上げる。


「私達にも手を振ってください!」「タイヨウ様ー!」「私達のこと、またいけない子にしてください!」「殿方の魅力を教えてください!」


 などと、他の場所に固まっている女の子達まで騒ぎ出す。いけない子ってなんだよ。俺は心の中でそう突っ込みながら、やむをえず手を振り返した。

 直後、またしても女の子達がきゃあきゃあと騒ぎ、場は一気に騒然となっていく。これではアナスタシアやイリス達とのんびり会話をする余裕もない。すると――、


(よかったわね、魅了が発動していなくてもモテモテじゃない)


 少しツンとしたルゥの声が響いた。


(単に男が物珍しいだけだろ。というより、無差別に女性を魅了するとか、そんなやばい力なら神騎士ゼウスの能力として語り継がれていそうなもんだけど、なんで伝説になっていないんだろうな?)

(前の神騎士ゼウスはその能力を悪用してやりたい放題だったからじゃない? 悪評にならないよう破廉恥な部分は公にはだいぶ隠匿されていたから、伝承として残らなかったとか)


 俺が疑問を抱くと、ルゥがやや呆れを帯びた声で答えてくれる。


(……何をしたんだ? 前の神騎士ゼウスも男……だったのか?)


 俺の声は自然と険しくなる。もしかして強制的に魅了されている女の子達にいかがわしい真似をしたんじゃないだろうな。だが――、


(違うわ。前の神騎士ゼウスは女よ)

(は?)


 え、女の人だったの? いや、大前提として神話聖装アポカリプシスを扱えるのはそもそも女の人だけって話だから、当たり前なのかもしれないけど……。でも、だとすると余計に男の俺が召喚された理由が気になるんだよな。ルゥは知っているんだか、知らないんだか。


(前の私の契約者はレスボス・アマゾネス。同性愛者の女だったの。この女が強いことには強かったんだけど、色々と奔放すぎたのよ。男には一切興味がなくて、気になる女の子を見つければ絶対に口説き落とすくらいに)


 と、ルゥは先代の神騎士ゼウスについて教えてくれる。


(へ、へえ……)


 なかなかすごいな、レスボス先輩。こんな内緒話をルゥとしつつも、周囲の女の子達からはきゃあきゃあと騒がれている。と、そこで――、


「お黙りなさい、貴方達! 少し騒々しくてよ。さっさと食堂へ行って、朝食をとってきなさい! その後は訓練よ!」


 アナスタシアは流石に腹に据えかねたのか、団長としての責務からか、大騒ぎをしている女の子達を一喝する。


「は、はーい!」


 女の子達は慌てて返事をすると、そそくさと食堂へと駆けだした。


「行くわよ、タイヨウさん、イリス」


 アナスタシアは大きく溜息をつくと、つかつかと歩いて食堂に向かう。すると、俺とイリスの視線がふと重なった。やや不機嫌そうに食堂へ向かうアナスタシアの背中を一緒に見つめると、なんだかおかしくて、二人でくすっと笑ってしまう。

 特に根拠はないが「気にしないでくださいね、タイヨウさんに怒っているわけじゃないので」「大丈夫、気にしていないよ」と、今の視線だけで意思疎通ができた気がした。


「何をしているんですか、二人とも?」


 数メートル先を進んだところで、アナスタシアが後ろで立ち止まる俺達を振り返る。


「ああ、今行くよ」


 腹も減っているしな。可愛い女の子達に起こされて、朝ご飯まで用意されているとか本当に最高だな。俺は「ははっ」と笑って、アナスタシアの後を追った。


   ◇ ◇ ◇


 数分後、俺は浮遊都市アルカディアの中心部にそびえるお城の大食堂を訪れていた。アナスタシアやイリスと一緒にバイキングの列に並ぶと、ご馳走を皿の上に乗せていく。

 異世界だしどんな食事があるんだろうと思えば、パンとかシチューとか焼きウインナーとかスクランブルエッグとか、地球の料理と似た料理も多くて、俺は少しホッとした。

 ちなみに、ここの大食堂は聖騎士団の女子が朝昼夜と利用できるらしく、朝食はバイキング形式で料理が提供されるらしい。

 今も大勢の女の子が押し寄せており、バイキングの列やら食堂内にいくつも設置された食卓に腰を下ろしているのだが、人口三万人の都市で唯一の男である俺はここでも注目を集める定めにあったらしく、食堂中の女の子達から視線を向けられていた。

 しかし、今の俺はここ最近で一番だと思うくらいに空腹である。なんてたって昨日は睡魔に負けて夕食抜きだったからな。だから、今だけは女の子達の視線にもまったく動じることはなく、目の前のご馳走に意識と視線を奪われていた。


「おお、これも美味そうだな。これも、あとこれもだ」


 俺はトングを操り、ひょいひょいと料理を皿に乗せる。すぐ傍ではアナスタシアとイリスが唖然とその様子を眺めていた。


「……貴方、そんなに食べられるの?」

「本当、男の人はたくさん食べるんですね……」


 などと、既に料理を乗せ終えて待機しているアナスタシアとイリス。周囲にいる女の子達も俺が盛り付けていく料理の量を見てざわざわとしている。


「ああ、食うぞ。昨日は夕食抜きだったしな。でも、とりあえずはこんなところか。足りなければまた後でおかわりにくるよ。行こうか、待たせてごめん」


 俺はトレイの皿に載ったご馳走を見下ろすと、既に食事を盛り終えて待機していた二人に語りかけた。


「おかわりまで……、まあ、いいわ。行きましょうか」


 アナスタシアはやや呆気にとられていたようだが、移動を促す。せっかくご馳走を盛り付けたのに、このまま立ち話をするわけにもいかないからな。異論はない。

 そうして、三人で空いている食卓へと向かうことになった。食堂に設置された食卓の数は多いので、すぐに空いている席を発見して腰を下ろす。


「じゃあ、いただきます!」


 と、俺は食事に手を付ける前に、両手を合わせて言った。すると――、


「いただきます?」


 アナスタシアとイリスが声を揃え、不思議そうに首を傾げる。


「んー、俺の世界でご飯を食べる前の挨拶かな? 食事を作ってくれた人とか、食材を作ってくれた人とかへの感謝みたいな。人から何かもらう時に『頂く』って言うだろ?」


 このくだりは異世界もののお約束ではあるけど、まさか自分が実際に体験することになるとは思わなかった。


「なるほど、食事の時にそんな言い回しをする人はいないけど、意味は通じるわね」

「女神エロース様に捧げる祈りの言葉と意味合いは似ているのかもね」


 などと、アナスタシアとイリスは興味深そうに言う。


「へえ。ちなみにどんな言葉なんだ?」


 俺はこの世界での「いただきます」が気になって二人に尋ねた。


「こうよ。エロース」「エロース」


 アナスタシアとイリスはそれぞれ祈るように両手を握りしめると、二人揃って「エロース」と口にした。


(これはまたなんつうパワーワードを……)


 俺は微妙に表情を引きつらせる。だって、想像してほしい。とんでもない美少女二人が実に真面目な顔で、粛々と祈りながら「エロース」と呟いているのだ。

 変な意味合いが込められていないことはわかっているのだが、健全な男子高校生としてはどうしても「エロ」という語感に反応してしまう。


「どうしたのですか、タイヨウさん。召し上がってくださいな」


 と、アナスタシアは俺に食事を勧める。


「ああ、いただきます。……もとい、エロース」


 俺は照れくさいとは思いながらも、この世界流の食事の挨拶を告げた。

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