第8話
「では、剣を実体化してくれるかしら?」
アナスタシアも期待しているのか、そわそわとお願いしてくる。けど――、
「え? どうやって?」
剣は消えちゃったぞ?
「どうやってって、さっきは剣を出して戦っていたじゃない?」
アナスタシアはきょとんと目を丸くする。
「いや、あの時は夢中だったというか。どうすれば出るんだ?」
「それは、契約すればそのうち感覚でわかるというか、
「なるほど……。あの時は無我夢中だったし、さっぱりだな。お手上げだ」
見栄を張っても仕方がないので、俺はきっぱりと断言した。
「…………」
室内にむなしい沈黙が下りる。
「ま、まあ、いいわ。じゃあ、刀身は光っていたかしら? 裁光の神剣と言われるだけあって、ケラウノスの刀身は常に光り輝いていたらしいの」
アナスタシアは気を取り直して確認してきた。
「敵の砲撃を防ぐときに光ってはいた、かな。それ以外は輝いていなかったけど」
「しょ、しょせんは伝承ですから、食い違っている可能性もあるわ。肝心なのは、ここから先よ。ケラウノスは
アナスタシアはまだ期待を捨てていないのか、俺の顔をじっと見つめて頼んだ。しかし剣に語りかけろと言われても、こっ恥ずかしいな。
「こ、こうか? もしもし、神剣さん?」
「………………」
またしても、室内には空しい沈黙が下りる。
「神剣ケラウノスさん?」
俺はめげずに今一度、声を出して自分の
(おいおい、ケラウノスさんよ? 聞こえているなら返事くらいしてくれよ? このままだと俺がアホみたいじゃん)
俺は心の中でも自分の
「駄目、だね」
「駄目でしたか」
アナスタシアは落胆したように溜息をつく。別に攻められているわけではないのだろうが、申し訳ないというか、なんかいたたまれない気持ちになる。
「他に
「残念ながら。
魔王と魔女と戦う前に大陸の各地を巡ったのは戦力を整えたかったからだとしても、よくある美談の類だろうか? でもまあ、いずれにせよ――、
「確かにそれだけだと、なにもわからないな……」
俺が契約した剣が謎に包まれていることに変わりはない、か。
「で、でも、仮に神位のケラウノスじゃないとしても、聖位でもかなり強力な
微妙な空気が漂うと、イリスは一生懸命に俺のことを持ち上げてくれた。アナスタシアもすぐに「ええ、そうね」と同意する。
「はは、ありがとう、イリス、アナスタシアも。期待には沿えなかったのかもしれないけど、色々と説明してくれて助かったよ。ありがとう」
俺は心の底から、二人に礼を言った。
「ま、まあ、意図せずとはいえ、貴方のことを巻き込んでしまったことになるので、当然の説明責任を果たしたまでのことです。他に聞きたいことがあるのなら、わかる範囲で説明して差し上げるから聞いて頂戴」
アナスタシアは礼を言われて照れたのか、ツンとそっぽを向く。
「うーん、そうだな。じゃあ、一応、訊いておきたいんだけど、俺は元の世界に帰ることはできるのかな?」
これまでの話の流れから薄々と答えを予想しつつ、俺はそれでも訊いてみた。
「それは……、ごめんなさい。わかりません。
アナスタシアとイリスは申し訳なさそうに顔を曇らせる。
「……いや、どうだろう。元の世界に帰る理由があるとすれば、このままだと衣食住の確保すらままならないからってことかな。そこさえクリアできるのなら、今すぐに何が何でも帰りたいとは思っていない」
と、俺は自分の心情を打ち明ける。実際、変わり者と思われるのかもしれないが、今の俺は地球に帰る方法がわからないと聞いても絶望はしていなかった。
もちろん友人はいるが、親友と呼べるほどの相手はいないし、俺の家庭環境は既に述べた通りだ。未練というか、帰ってしたいことがあるのかと言われると……。ああ、好きな漫画やらライトノベルが読めないことは、未練といえるかもしれない。ただ、不覚だが非日常的な今の状況にワクワクしている自分もいた。
とはいえ、今の俺が最も気にしていることは、これからどうやって生きていけばいいのかということである。まだ完全に帰ることは諦めたわけではないが、帰る方法がわからないと判明した以上、当面の生活の当てを確保する必要がある。
(現状、頼れる相手はこの子達しかいないわけだけど……)
俺はいったいどういう扱いを受けるのだろうか? この都市に住まわせてもらえるとありがたいが、この都市では男が暮らすことを認められていないという。
「……貴方にはイリスや他の団員達を助けていただいたご恩があります。召喚の儀によって一方的に呼び出してしまった責任もあります。ただ、ここに暮らせるのは聖騎士団に所属する人間か、それを支援する関係者のみです。既にお話しした通り、その構成員は全員が女性で、男性は一人もいません」
アナスタシアはイリスと目配せをして、口を開いた。まあ、ルールはルールだもんな。やはり住むのを認めてもらうのは厳しいかな。だが――、
「それでも構わなければ、貴方も聖騎士団に臨時で所属してみませんか? 男性が
今の俺にはアナスタシアとイリスこそ女神に見えた。二人の眼差しはとても暖かくて、真摯で、眩しくて……。俺はすっかり呆けてしまった。
「……え、いいのか?」
「無論です。女だらけの園ですので、色々とご不便をおかけするかもしれませんが、団に所属していただけるのであれば、貴方の生活は我々が責任を持って面倒を見ることを誓います。ですので、当面の間、貴方のお力をお貸しいただけませんか?」
「お願いします、タイヨウさん」
アナスタシアとイリスはぺこりと頭を下げてきた。
「いや、それはこちらからお願いしたいというか……、お願いします」
俺は深々と頭を下げ返した。ああ、嬉しいな。
「では、決まりですね。貴方を歓迎します、タイヨウさん」
アナスタシアはフッと笑みを浮かべ、俺を聖騎士団に迎え入れる。
「はい。ようこそ、我らが聖騎士団へ」
イリスも嬉しそうに笑って、俺のことを歓迎してくれた。二人にとって俺は今日あったばかりの見知らぬ相手なのに、こんなふうに、優しく……。
「ああ、こちらこそ」
なんだか泣きそうだった。嬉しくって。
「早速、団員を集めて歓迎会……といきたいところだけど、今日の一件の後処理もあるから、また今度でいいかしら? しばらくは警戒態勢になるけど、それが解けた後にでも」
と、アナスタシア。なんと、歓迎会まで開いてくれるつもりなのか。
「もちろん。開いてもらえるだけで嬉しいよ。ありがとう」
たぶん俺の声は弾んでいるはずだ。
「いえ。喜んでいただけて嬉しいわ。それで、私達はこの後、事後処理で各地を回らないといけないのだけれど……」
「ああ、どうぞ行ってきてくれ。俺はどこか適当に……ふあ、できれば寝かせてくれると嬉しかったり。向こうじゃ夜で、家に帰って寝るところだったからさ」
つい、大きくあくびをしてしまった。こっちの世界じゃまだ夕方にもなっていないけど、バイト終わりからこっちの世界に来て、思った以上に疲れているらしい。
「なるほど。では、これからタイヨウさんが暮らす部屋を用意するとしますか」
アナスタシアとイリスはくすりと笑う。そうして、俺は自分の部屋を用意してもらえることになった。
◇ ◇ ◇
その後、俺達は三人で執務室を出ると、そのまま城内の一室を訪れる。移動した理由はもちろん俺が宿泊する部屋に案内してもらうためだ。
「すげえ……」
俺は部屋の扉を入ったところでぽつりと立ち尽くす。どこの高級ホテルのスイートルームなんだろうか? いや、泊まったことはないけどさ。
目の前に広がるこのリビングダイニングだけでも、俺が叔母の家で暮らしていた納戸の十倍は広いんじゃないだろうか。おお、部屋に窓もある!
もしかして、これが俺の部屋? 一人で使えるのか? いくつ部屋があるんだ?
「部屋はこのリビングダイニングと、キッチン、浴室、あとはベッドルームが二つ。食事は基本的に食堂で採るから、キッチンを使用する機会はあまりないかもしれないわね。他には、大浴場は女性用に開放されていて殿方の利用が想定されていないから、お風呂はこの部屋にあるものを使っていただくことになるわね」
と、アナスタシアは部屋の解説を行う。
「……ここに俺が住んでいいのか?」
「それ以外の誰が住むと?」
「だってこんな良い部屋だぞ? 別に倉庫とかでもいいんだけど」
俺は根が小市民なので、恐る恐る確認した。
「恩人を倉庫に住まわせるほど、我々は恩知らずではありません。遠慮なさらず、お使いください。とりあえず、各施設の案内を簡単にいたしましょうか」
アナスタシアは呆れ気味に語る。
その後、俺は二人から部屋に備え付けられた道具一式の使い方を簡単に教わった。あとは、明日からの着替えの服を用意する必要があるからと、イリスに採寸をしてもらうことになる。女の子に採寸してもらうのって、なんかドキドキする。
イリスは俺のウエストを図るためにしゃがむと、こんなことを言った。
「あの、私のお部屋も近いので、しばらくは私がタイヨウさんの身の回りのお世話をしますね。わからないことがあったら、何でも言ってください!」
こんな可愛い女の子にお世話してもらえるなんて、想像するだけで最高すぎる。でも、イリスの優しさに甘えて頼りすぎるのは悪い。
「ありがとう。でも、イリスはアナスタシアさんの補佐で忙しいだろうし、無理しないでいいから。とりあえず暮らしてみて、わからないことがあれば訊くよ」
「はい! 時間があれば、こまめに伺いますので」
俺は控えめに遠慮したが、イリスはそれでも積極的に申し出てくれた。初めて会う男性におびえていた時の表情や、
いずれも彼女の一面なのだろう。そのいずれも見ることができた俺はとてもラッキーなんじゃないないだろうか。それだけでも異世界に来て本当に良かった。
アナスタシアはそんなイリスの顔を興味深そうに見つめていたが、あまり時間もないのか、ここでいったん別れの挨拶を告げる。
「では、我々はこれで」
「ああ。とりあえず今日のところはぐっすり眠るだろうし、また明日の朝にでも」
俺はアナスタシアとイリスを見送ると、早速、ベッドルームへと向かう。いよいよ緊張感が切れてきたのか、どんどん眠くなってきた。
「よっし、寝るぞ!」
俺は両手を挙げて大きく伸びをすると、ベッドルームの扉を開ける。さっき軽く案内してもらった時にキングサイズ顔負けの特大ベッドが置いてあったし、アレに寝るのが楽しみだったんだ。
ベッドルームに入ると、手早く着替える。鞄の中にジャージがあってよかった。それから、光を発する不思議な道具(無位の
(すげえ、ふかふか。気持ちいい……)
俺はその快楽に身を委ね、意識を睡魔へと委ねた。そのまま十数秒と経たず、眠りに就きだしてしまう。すると、しばらくして――、
「ねえ」
と、女の子の声が響いた気がした。
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