第7話

   第三章 神騎士ゼウスと呼ばれし者、なのかも?




 橋での戦闘の後。俺はアナスタシアやイリスが執務室として利用している部屋へと案内されていた。


「さ、どうぞおかけになって」


 アナスタシアに促され、アンティークの高そうなソファに腰を下ろすと――、


「どうぞ、タイヨウ様」


 室内にはなにやら冷蔵庫らしき装置があるらしく、イリスはそこから氷の入ったお茶を出してくれた。


「……ありがとう、イリス。戦って喉が渇いていたんだ。……っはあ、美味い!」


 俺は冷蔵庫らしき装置の存在に少し驚きつつも、金属製のグラスに口をつけた。冷たくてすごく美味い。


「ふふ、おかわりを入れますね」


 イリスはにこにこと嬉しそうに、給仕してくれる。


「……私がいない間に、ずいぶんと打ち解けたみたいね。ただでさえ人見知りなイリスが、これほど早く、しかも殿方と……」


 アナスタシアは珍しいものでも見たように目をみはった。


「ん、そうか? ああ、でも、戦闘中からイリスのことを呼び捨てにしちゃってたな。ごめん、イリスさん。やっぱり少し馴れ馴れしかったか」


 俺はイリスのことをさん付けで呼び直して謝罪する。


「い、いえ、呼び捨てのままで大丈夫ですので、どうぞ私のことはイリスと呼んでください。タイヨウ様」


 イリスは勢いよく首を左右に振って、力強く訴えた。控えめな第一印象とはかけ離れた積極的な眼差しだ。その表情に、俺はついドキッとしてしまう。


「わかった……。けど、俺の方こそ様付けはこそばゆいんだ。せめてさん付けにしてくれないか?」


 ああ、駄目だ。気恥ずかしさを誤魔化そうとしたけど、照れ笑いを抑えられない。


「……は、はい。では、その、タイヨウ、さん」


 イリスは俺以上に照れくさそうに、はにかんでさん付けで呼んでくれた。


(うわあー、すげー可愛い)


 思わずイリスに見惚れてしまいそうになる。

 丁寧語口調の可愛い女の子って最高だと思うんだ。絶対に無理だろうが、叶うことならぜひイリスみたいな子を彼女にしたい。


「では、そろそろ本題に移らせていただいても構わないかしら?」


 アナスタシアは俺とイリスの間に漂うこそばゆい空気を払拭するように、話を切り出した。照れるイリスの顔はもっと見ていたいけど、時間は無駄にできないだろうからな。


「もちろんだ。俺が契約したっていう神話聖装アポカリプシスについてだよな」


 俺はこくりと頷いて、これから話すであろう話題を確認した。


「ええ。聖騎士団の活動目的は覚えているかしら?」

魔物キメラを倒して、世界を救う……だったか」

「その通りよ。少し話は逸れるけど前提となることだから最初に触れておくと、そもそも魔物キメラとは怪物の魔王テュポーンと破滅の魔女エキドナと呼ばれる二柱の邪神達が今から五千年以上前に創造した怪物の総称なの」


 と、アナスタシアはまず魔物キメラについて語り、そこからさらに話を続ける。


「当時、邪神達は地上に存在した大半の神々を殺害し、人類に戦争を仕掛けた。歴史上は神が人類を救済した聖魔大戦デウス・エクス・マキナと呼ばれている大戦争なのだけど、今は結論だけ言うと、人類はエロース様と呼ばれる生き残った最後の女神様から神話聖装アポカリプシスを授かり、見事に邪神達を封印することに成功した。結果、魔物キメラも一緒に地上から姿を消したわ」


 俺が契約したっていう神話聖装アポカリプシスの話かと思えば、世界を滅ぼそうとした邪神が登場したり、世界を救う女神が登場したりと、内容が一気に壮大になった。

 しかし、女神エロースとは……。これまたずいぶんとインパクトの強い名前だな。というのは、さておき――、


「五千年以上前に封印されたのに今になって魔物キメラが活動しているのは、邪神達の封印が解けたから?」


 俺は今の話から真っ先に思いついた疑問を口にする。


「それを調査するのも聖騎士団の設立目的ね」


 悩ましそうに答えるアナスタシア。つまり、わからないってことか。すると――、


「邪神の力はとても強力だと言われていました。唯一にして最強の神話聖装アポカリプシスである裁光の神剣ケラウノスと、その契約者である神騎士ゼウスがいなければ、封印を成し遂げることはできなかったと」


 イリスが説明に加わった。


「ゼウス……」


 ここでその名前が登場するわけか。


神話聖装アポカリプシスは唯一無二の神位であるケラウノスを頂点に、以下、天位、聖位、光位、無位と階級分けがされています。厳密には、無位は人類が複製した模造品なんですが、位が高いものほど強力な力を秘めていると思ってください」


 イリスは神話聖装アポカリプシスについて説明を補足してくれる。


「ただ、五千年という長い歴史を経ることで、所在や素性が不明になった神話聖装アポカリプシスも数多くあるの。ケラウノスもその一つで、私達はアトランティス――、この大陸をくまなく巡回することで、所在が不明になった強力な神話聖装アポカリプシスを捜索して、発見すれば召還の儀を行って、魔物キメラ討伐の戦力強化を図っているというわけ」


 と、アナスタシアは肩をすくめて聖騎士団の活動を教えてくれた。


「なるほど……。けど、アトランティスか」


 大分状況が飲み込めてきたが、この大陸の名前が引っかかる。


「どうかしたのかしら?」


 アナスタシアはイリスと視線を合わせ、不思議そうに小首を傾げた。


「いや、俺の世界の古い伝承に、そんな名前の失われた大陸があったなと思って……」


 確か古代ギリシアの神話だか伝承に登場する伝説の大陸の名前で、一夜にして沈んだ幻の大陸だったと思う。でも、そういった歴史的証拠は存在せず、単なる創作上の話にすぎないとかなんとか……。ただ、詳しいことはよくわからない。

 すると、アナスタシアが訊いてきた。


「……その大陸とこの大陸とが、何か関係があると?」

「いや、どうだろう? それはわからないけど……」


 単なる偶然なんだろうか? いや、でもゼウスだってギリシア神話に登場する神様だ。

 それに、名前のインパクトが強かったけど、エロースだって聞き覚えはある。もしかしたら、この名前もギリシア神話が関係しているんじゃ?

 となると、この世界はギリシア神話が関係しているのか? うーん……。


「ごめん。考えても答えが出る問題じゃないな。一応、訊いておくけど、二人ともギリシア神話って知っているか?」


 とりあえず、訊いてみる。知らなければ、後回しだ。


「ギリシア神話? いえ……」


 アナスタシアとイリスは不思議そうに視線を合わせた。この様子は嘘をついているようには見えない。本当に知らないみたいだ。


「そっか。ならいいんだ。話を先に進めよう」


 ギリシア神話との関係性については後回しだ。きっぱりと気持ちを入れ替える。


「では、本題を。タイヨウさんを召喚した神話聖装アポカリプシスが何なのか、ということです」

「アナスタシアさん達も知らないのか……」

「ええ、今はまだ。タイヨウさんを呼び出した剣は浮遊都市アルカディアの隠し宝物庫に長らく保管されていた品なのよ。最近になって発掘されて、位持ちの神話聖装アポカリプシスであることは間違いなさそうだったから、とりあえず召喚してみようという話になって、今に至るというわけ」

「……位持ちの神話聖装アポカリプシスってのは何なんだ?」

「女神エロース様が創造された神話聖装アポカリプシスのことよ」

「つまり、無位を除いた光位以上の神話聖装アポカリプシスのこと、だよな?」


 確か光位、聖位、天位、神位の順に階級が高くなっていくんだっけ。何が出るかは召喚するまではわからないみたいだし、なんかソシャゲのガチャみたいだ。


「その通りよ。大切に保管されていたみたいだし、いったいどんな神話聖装アポカリプシスなのか、かなり期待値は高かったんだけど……」


 そう語るアナスタシアの歯切れは微妙に悪い。


「えっと、期待外れというか、あんまり大した武器ではなかったとか?」

「いいえ、タイヨウさんが契約した神話聖装アポカリプシスは最低でも聖位以上の品よ。聖位の時点でかなりすごい武具だから、性能的には期待値を十分に満たしている。ただ、それだけの性能を秘めているだけに、状況が前代未聞すぎてどう評価すればいいのかわからないのよ。まさかこんなことになるなんて、思ってもいなかったし……」

「なるほど。まあ、素直には喜べないよな」

「も、もちろん喜ばしいことではあるのよ? でも、タイヨウさんのことを巻き込んでしまったわけだし、これから先どうすべきか、どうしても考えてしまうというか」


 アナスタシアは決して落胆しているわけではないと、俺にアピールしてくる。


「あはは、ありがとう。それはそうと、俺が契約した剣が聖位以上だって、どうしてわかるんだ?」

「それは簡単よ。空戦能力である大空の光翼イカロスが使用できる時点で光位、より高位の空戦能力である飛翔の聖靴タラリアが使用できる時点で聖位以上の神話聖装アポカリプシスだと確定するから」

「……俺は飛翔の聖靴タラリアが使用できたから、あの剣は聖位以上ってこと?」

「そういうことよ」

「ちなみに、アナスタシアさんとイリスが契約している神話聖装アポカリプシスの位は何なんだ?」

「こほん、私の神話聖装アポカリプシスは断魔の天剣ヘカトンケイル。別名を百の刀身を持つ剛剣カウントレス・グレートソードといって、現時点では世界で四つしか所在が判明していない天位に区分されるわ」


 と、アナスタシアは少し誇らしげに語る。


「おお、流石は総団長だな……」


 こんな若い子がどうして総団長をやっているんだと思ったが、現時点でたった四つしか存在しない強力な武器と契約しているからというのなら頷けるな。


「イリスが契約している神話聖装アポカリプシスも天位です。正式名称を難攻不落の天盾イリオス。別名を極鉄壁の城塞フォートレス・ガーディアンといって、守りに超特化した神話聖装アポカリプシスよ」


 と、アナスタシアはイリスの代わりに紹介する。


「おおー。あれ、でもその剣は神話聖装アポカリプシスじゃないのか?」


 俺はイリスの鞘に収められている剣を見つめた。スパルトイとの戦闘で彼女が使用していた武器だ。イリスは照れくさそうにしていたが、こう答える。


「この剣は浮遊都市アルカディアで量産されている品で、無位の神話聖装アポカリプシスです。盾のイリオスだけだと近接戦闘ができないから装備しているんですけど、イリオスと違って姿を消すことができないから、こうして携帯しているんです」

「へえ、無位の神話聖装アポカリプシスは出したり消したりはできないのか……」


 一つ勉強になった。


「話を戻しましょうか。タイヨウさんが契約した神話聖装アポカリプシスの正体が何なのか。飛翔の聖靴は汎用能力スキルだから、正式な武装名や二つ名を特定するためにはまだ情報が足りないわ。既存の神話聖装アポカリプシスと同じ品なら外観ですぐに特定は可能なのだけど、タイヨウさんの剣に見覚えはなかった。そこで神話聖装アポカリプシスの固有能力スキルを調べて、伝承が残っている武具と合致するかを検証する必要があるのだけど……」

「心当たりはないのか? けっこう悪目立ちしそうな能力だけど」


 なんてったって、視線が合った女の子を手当たり次第にエッチな気分にさせる非常にいかがわしい能力だからな。


「ええ、残念ながら。心当たりはないわ。文献を漁るか、神話聖装アポカリプシスを専門に研究している幹部の女性がいて、彼女なら何かわかるかもしれないのだけど、あいにくと外出中だし」

「じゃあ、他に能力らしい能力といえば……、身体能力が上がる。剣を握っている間はすっごく頭が冴える。あとは、俺は剣に関して素人なんだけど、あの剣を握っていると身体の動かし方というか、戦い方がわかるな」


 俺はあの剣を握っている間に感じた変化を語った。


「程度の差はあるけど、身体能力が上がるのも神話聖装アポカリプシスの標準的な汎用能力スキルよ。ただ、後ろの二つについては聞いたことがないわね。おそらくは固有能力スキル。橋での戦いぶりはすさまじいと思ったけど、そういう仕組みだったというわけ」


 アナスタシアは興味深そうに目を細める。


「結局のところ、研究をしている幹部の人が帰るまでは何もわからないってことでいいのか? あとは男が契約者になれる神話聖装アポカリプシスが存在したのかって線から探す手もあるけど」

「いい発想だとは思うけど、殿方が神話聖装アポカリプシスの契約者になるだなんて前代未聞だって言ったでしょう?」

「むっ、そうか……」

「でも、まだ可能性はあるわ。というより、明らかにしておきたいことがあるの。剣の神話聖装なら、裁光の神剣ケラウノスに該当する可能性があるのだから」


 裁光の神剣ケラウノス、唯一にして最強の神位に君臨する神話聖装アポカリプシスだ。


「ケラウノスの契約者はありとあらゆる聖騎士パルテノスの上に君臨する存在として、ただ一人だけ神騎士ゼウスの称号が与えられます。タイヨウさんなら、きっと……!」

 イリスがきらきらと期待のまなざしを向けてきた。なんだかこそばゆい。


「じゃあ、一応、確認してみるか」


 試しに、試しにな。こう言われてしまうと、ちょっと期待しちゃうじゃないか。


「では、剣を実体化してくれるかしら?」

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