第3章-6 医院長さんごっこ
くさい。昼飯が口から帰ってこなかっただけ奇跡だ。
姉に案内してもらった大部屋はボロ建物の1階、とてつもない異臭がした。カビの酸っぱい臭い。汗のむわっとした鼻にくる臭い。他にも、アンモニア臭や、膿んだ傷口のような臭いも混ざっている。ゴミ箱のがマシだ。
この世界に汚い、臭い場所は少ない。トイレの排水だろうと、ゴミ捨て場だろうと。浄化の魔法を唱えれば、臭いも汚れも防げるからだ。
臭いがきついという事は、浄化をかけてないということだ。
そんな異臭のする部屋に労働者が寝ていた。ざっと30人くらい。
「お前らは外で遊ばないのか」
「ユウさんかい。彼らは大怪我をしたんだよ。私はここに売られる前、医者をしてたから面倒をみてるんだよ」
60歳くらいのおばさんが教えてくれた。
「怪我をしてるようには見えないんだけど」
そう、寝てる人は出血をしているわけでない。
「回復魔法はかけてるから。表面の傷だけは隠れてるけど、中は、ね」
おばさんが少し下を向く。
そう聞いてから寝てる人を見ると、片手だけ細い人、四肢の一部が変色してる人がいる。骨折でもしてるのだろうか。
「少し前にね、落盤事故があったのよ。今寝てる人の殆どが、その事故に巻き込まれたんだよ」
姉にはこういうのを報告して欲しかったんだけど。他の鉱山もこんな感じだと報告する程じゃないと思うのかな。
まだ一人で仕事をさせるのは無理だな。俺たちの価値観をもっと知ってもらわないと。
「薬や包帯は足りてるの」
「包帯は余裕があるのよ。ただ薬は何もないからね」
包帯は浄化があるし、使い回せるからいいのか。薬が足りないのはいただけないな。
「唐突だけど、あなたにこの鉱山の専属医を任せたいんですが、どうでしょう」
けが人の宝庫、鉱山なんだから常駐の医者って絶対いるよね。
「今までと変わらずってことかい」
「今までをよく知らないから何とも言えないけど。鉱山内での仕事は無しで、治療に専念して欲しい」
おばさんは答えに迷っているようだ。もうひと押しだな。
「大変なら何人か奴隷に手伝って貰っていいよ」
まだ悩んでいる。そろそろ首を縦に振ってくれないかなぁ。
「何かほかに希望があったら教えて」
「清潔な部屋と薬が欲しいね」
すごい食い気味で答えた。最初からこれを狙ってたな。自分のことじゃなくてけが人の環境の希望を言ってくるあたりとてもいい人だと思う。
「けが人と病人、患者用の部屋を1つ作るよ。そこを清潔に保つかどうかはあなたに次第。あとあなたにある程度のお金を渡すよ、そのお金で薬なり包帯なり療養食なり自由に買ってくれ」
細かいことはわからん。お金あげるからなんとかしてくれ。
部屋と言うか建物は全面的に建て直しの方向で。臭いし。狭いし。部屋少ないし。
「それなら前向きに考えさせてください」
即イエスとは言わないのか。めんどくさいな。
「ところで質問してもいいかね」
「どうぞ」
「なんで命令しないんだい」
あーこれね、なんて答えようか。ただ人に命令するのに慣れてないと言うか、苦手と言うか。しかも相手は婆さんだし。
「鉱山での労働は義務だけど、それ以外の仕事は義務じゃないし」
おばさんはそれなりに納得してくれた。無難な解答ができたかな。
その後、少し雑談して帰った。
今回の反省は価値観の違う姉に、一人での仕事をさせると思い通りいにいかないと言うこと。たまたま興味がわいて見に来たから良かったが、わかなければこのひどい環境は長続きしただろう。
あと、名前がわからんから名札作らせよ。
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