第二話
いよいよ文化祭準備も大詰め。1週間前になり、授業はなくなった。
雫のクラスは模擬店、珈琲BARの準備が本格的に進んでいる。
「にしても、珈琲BARってなんだよ」
「いいから手動かしてよ!男子は重い物担当だからあっち!」
ザワつく教室内は机や椅子を運び出すチーム、黒板前に集まって今日の計画を立てる女子チーム、事前に買い出しを済ませていた荷物を倉庫から運び込む男子チームに分かれて作業が始まった。
「柳瀬君ヒョロいからこっちくる〜?おいで〜」
「あっ!ずりーぞ柳瀬!お前も力仕事来いよ!」
「いや俺女子じゃないし、てか今机運んでんの見えないのか?」
クラスメイトと笑い合いながら賑やかに作業が進んでいく。机運びは女子も参加しているがそこそこ重い。 運ぶ事を考慮して机の中を空にしてる人が殆どだが、たまに大量の教科書が詰まっていて、空き教室に移動させるのもなかなかの重労働だ。
担任教師は決まった時間に何度か点呼しに来るだけで余計な口出しはしない。確認や注意指摘は生徒会や風紀委員の役割だ。
「珈琲BARってよく考えたよね。ちょっと面白いと思う」
「柳瀬君楽しそうだもんね」
「うん。去年は何が何だかわかんないままだったし、今年は楽しんでるよ」
一年の時の文化祭は、殆どエスカレーター組が指揮をとってあれよあれよという間に事が進んでいた。
その辺の公立校なんかとは規模や扱う額が違いすぎてついていくのが精一杯だった。篠塚さん曰く、外部入学の一年がオロオロするのは毎年の事らしい。
「うちの学校羽織いいもんな〜そりゃビビるわ!俺も中等部からで大分感覚鈍ってきたけど、最初は本当凄いとこ来ちゃったと思ったよ」
「まさか文化祭の諸費用全額学校負担とか思わないよね、普通…」
「えっそういうものなの…?」
聖堂の生徒の全員が良い家柄の子供ではないにしろ、聖堂から出た事のない生徒たちと外部生とでは金銭感覚がずれてる気がする。同じ外部生のクラスメイトと目を見合わせてから、恐らく同じような事を考えてたんだろう、と二人で笑った。
空っぽになった教室は前々から少しずつ手を加えていた準備のおかげで、壁一面にはがせるタイプの壁紙が貼られている。
男子達が運び込んできた組立式のカウンターや、ソファー類、本格的なガラス戸の組立式の棚なんかもダンボールのまま教室内に集まっていく。
「細かい装飾準備と、組立や配置とかでわかれよっか!」
クラス委員の女子の声に、それぞれ声をかけながら分かれていく。こういう所を見ていても、聖堂の生徒は自分から動くのが早いと思う。特に動きが早いのはエスカレーター組だが。
「あっ、待って田中。それやるなら俺も」
「ごめんね柳瀬くん!ちょっとこっちに付き合ってほしいの。田中くん、柳瀬くん貸してね」
「おう〜後で返せよ!」
ケラケラと笑う友人に笑い返してから、雫は女子の集まりの中に引っ張りこまれた。
□◾️
「今年も皆、活き活きしていていい動きだね!」
「会長様が一番活き活きしてらっしゃるようにお見受けしますけれど」
「篠塚くんも楽しそうで何よりだ!」
クスクスと優雅に微笑む古き友人であり、生徒会の仲間は昨年よりもずっと楽しそうにしている。
「二年目になりますと、私たちのクラスもそうですけれど友人のクラスも楽しそうな計画をしていますの。私、見回りがいつも楽しみなんですのよ」
「ああ、篠塚くんはCクラスに部活動のご友人が居るんだったね!ふむ、俺も今度ゆっくり回るとしようか...」
「会長様はお忙しいのですから、見回りは私達に任せて頂いてよろしいんですのよ?」
「いや!明日の見回りは俺が行こう。準備期間の見回りも楽しそうだし生徒達に何か差し入れようか...」
「もう...聞いてらっしゃらない」
楽しそうに笑う友人の声を聞きながら、明日の予定を考える。大丈夫だ、今日のうちに明日の分で手をつけられる業務をこなしておこう。生徒達から提出された進行表や使用品申請なんかの紙は今日のうちに全部チェックして、明日の夜は空けられるようにしておかなくては。
心躍る、とはきっと今のことを言うのだなと晴翔は思う。こんなにも胸が弾み、先のことに期待することもないかもしれん。いや、何事も楽しみに感じることは沢山あるが、でも今は文化祭に向け奮起する生徒達の空気感に自分も高揚しているのだ。
「よし、我がクラスも全力で準備しよう!」
「はい、会長!」
「任せて下さい!」
予定表片手に大きく声を上げると、共に準備していたクラスメイト達が元気よく返事を返してくれる。
「危険な作業は女の子を外そう。女の子達は皆、装飾や進行チェック、軽い物の買い出しをお願いするね。女子リーダーは篠塚くんだったね、頼むよ」
「ええ、任されましたわ」
女子の輪の中に入っていく篠塚を見送ってから、他の男子生徒をぐるりと見渡す。
呼びかけた訳では無いが、作業を進める手を止めて皆が晴翔の方を向いていた。
「では、我々男子で手分けしてメインを進めよう!設計図はこれだね、ふた手に分かれて男子はどんどん制作開始。ただし怪我はしないようにしよう」
「はい、会長!」
「なれない作業だが、こういった作業に詳しい方々からのアドバイスをこちらにまとめてある。疑問点等は各々相談して進めよう」
「電気関係は僕にお任せ下さい。慣れておりますし、不明点はいつでも、とお爺様から伺ってます!」
晴翔のいるクラスはSクラス。学年の中でも上層部の生徒しかいないクラスだ。
なのでクラスメイトに生徒会メンバーが揃っており、他のクラスメイトも御曹司や御令嬢ばかりだ。
「しかし王子、素晴らしいアイデアですよ」
「あはは、褒めすぎだよ両善寺くん」
「いいえ!室内テーマパークを教室内で再現だなんて...自分はテーマパーク等に明るくないので思いつきませんでしたよ!」
「そうですよ!下調べにと皆さんとテーマパークに行ったのが初めてで...あのような場所があると存じ上げませんでした...!」
二年のSクラスは今年、室内テーマパークを企画している。
事の発端は晴翔がたまたま他クラス前を通った時に生徒達が話していたテーマパークの話を聞いたところからだった。
勿論有名なテーマパークの事は晴翔も知っていたが、出向いたことは一度もなく、何となしに関心を持ち調べてからはその虜となった。
作るのであれば元を知らねばならないと奮起し、両親や学校側に相談し先日クラスメイトと共にテーマパークを訪れた。
行ったことのある者は居らず、現地の案内人の手を借りながら踏み入れた世界は素晴らしかった。
ただ、晴翔やクラスメイト達の知らぬ所で、その日のテーマパークは何やら凄い一行が来ていると噂になっていた。生徒達から数メートル間隔で、周りには必ずそれぞれの家からのガードマンが派遣されており異様な空気を醸し出していたのだ。勿論、それが普通の彼らは何とも思ってはいなかったが。
「では、先程分けたチーム毎に作業開始しよう!」
はい、と取り囲む生徒たちの元気な返事を聞きながら晴翔は再び設計図へと目を落とした。
□■
秋の風が鼻先をかすめて、小さくくしゃみが出た。
日中はそこまで感じないのだが、日が落ちるとやはり肌寒い季節になってきた。
はあ、とため息をついてから伸びをする。背骨があげた悲鳴に、疲れを感じずにはいられない。
「雫、毎日ごめんね」
「今更何いってんの、手伝うって言ったのは俺だし、ちゃんとやるから」
しっしっ、と笑顔でマナを追い出すと、申し訳なさそうにしながら演劇部の部室の扉に手を掛けた。
「僕達講堂練習で、ちょっと離れたとこにいるからいつでも電話して!」
「はいはい。楽しみだった講堂の練習権利取れたんだから早く行ってきな、魔法使いさん」
「寂しかったら、電話していいから!」
「あーはいはい、分かったから急ぎなよ」
いつにも増して大声で言い残すと、バタバタと慌ただしく行ってしまった。
確かにしんと静まり返った室内で一人なのは少し寂しいが、それを理由に電話する程じゃない。
本当は講堂練習ができるのが嬉しくて堪らないだろうに、俺一人部室に置いていくのに引け目を感じてるんだろう。マナはそういう良い奴だ。
「にしても凄いな、講堂の使用権って倍率高いんだよな...」
講堂とは、体育館やホールとは別にある、学内の中でもかなり大きな建物だ。
演劇部を始め、吹奏楽部、軽音楽部、バレエ部、更には個人でライブやダンスなどを予定している生徒達がこぞって練習の使用権を求める。
文化祭当日は体育館や、小ホール中ホール、講堂をグルグルとタイムスケジュールに合わせて回るらしいが、講堂は規模と設備が大幅にでかく、練習無しで挑むのは無理だと皆がいう。
(まあ、あのだだっ広い中に一般客や学園の生徒達が集まると思うと、緊張するし勝手も違うよな)
演劇部には衣装担当の子が二名ほどいる。どちらもとても裁縫技術が高い。
講堂練習だから、衣装作りは部室でと言われ雫は部室で一人布と戦っているが、専属の衣装担当はヘアメイクなども兼任しており、早着替えの手伝いも仕事のうちだ。
打ち合わせや練習の為に二人とも講堂に行ってしまい、雫はまだあと少し残っている衣装と、最後まで部長さんがデザインを悩んでいるという主人公のドレスの仕上げをしていた。
シンデレラをする、と言っていた通り講堂に持っていかれたのは淡いブルーのドレス。シンデレラと言えば、これだと思うようなデザインの美しいものだ。
部長さんが迷っているというのは、雫の手元にあるグリーンのドレス。所々刺繍の入ったレースが使われており、美しくも愛らしいデザインだ。
「でも、シンデレラのお話通りならちょっと普通っぽいというか...」
魔法の力で手にするドレス、と言うよりは誰かが作ってくれたような、何処か素朴さを感じるドレスだ。緑という色のせいもあるのだろうか。
ドレスは細々とした装飾品を残すのみとなった。
また一つ伸びをしてから、ドレスを一度置いて気分転換にと別の衣装を手に取った。
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