竜神探闘㉒

 地を蹴ったアリスはまるで時間を凄まじい速度でイルジードへと迫った。


(速い!!)


 イルジードは内心アリスの動きに舌を巻きつつ長剣を振るう。いかにアリスの踏み込みが速いとはいっても捉えきれないほどではない。


(死ね!!)


 イルジードの刃がアリスの首元に触れる瞬間にアリスの姿がかき消えるとイルジードの剣は空を切った。


「何!?」


 イルジードが驚きの声を上げた瞬間にイルジードの背中に衝撃が走った。


「が!!」


 イルジードは数歩の距離を飛ぶと即座に後ろを見る。そこにはアリスが余裕の笑みを浮かべているのが目に入った。片足を上げているところをみるとどうやらアリスは蹴りつけたらしい。


「貴様!!」


 イルジードが咆哮するとアリスは両手を掲げると十個の魔法陣が同時に浮かび上がった。浮かび上がった魔法陣から構成された魔術が放たれる。


 放たれた魔術は魔矢マジックアロー炎矢フレイムアロー凍矢フロストアロー雷矢ライトニングアロー毒矢ポイズンアロー火球ファイヤーボール魔衝マジックインパクト雷球ライトニングボール雷撃ライトニング魔槍マジックランスの十個である。

 

「ば、バカな!!」


 イルジードは咄嗟に防御陣を張り巡らすとアリスの放った魔術を防除する。アリスの放った魔術がイルジードの放った防御陣に衝突し爆発を起こしたがイルジードの防御陣を破る事は出来なかった。


 ゴガァァァ!!


 しかし、アリスはイルジードへの攻撃の手を緩めるような事はしなかった。アリスは防御陣に魔術をぶつけることでイルジードの視界を妨害すると懐に跳び込んで魔力を込めた右拳をイルジードに叩きつけたのだ。


 アリスの右拳はイルジードの防御陣を貫通するとそのままイルジードの体に到達すると凄まじい音を発しイルジードは吹っ飛んだ。


「随分と軽いわね。私のようなか弱い・・・娘の細腕で殴り飛ばされるなんて情けないんじゃないの?」


 アリスはイルジードを挑発する。アリスの分かりやすい挑発にイルジードは激高するような事はなかったがその表情には驚愕と称するに相応しい表情が浮かんでいる。


「十個もの魔術を同時に放つ……ヴェルレムとヴィグレムの能力か?」

「当たり前でしょ。同時に十の魔術をはなてるような者がいるわけないじゃない」


 イルジードの言葉にアリスは呆れたかのような声で返答する。いや実際に呆れているのだろう。


「まぁ、そろそろ終わらせましょう。あんまり時間をかけるとみんなに悪いわ」


 アリスの周囲に再び十個の魔法陣が展開され、再び十の魔術が放たれた。


「く!!」


 イルジードは忌々しげな表情を浮かべると防御陣を形成すると放たれた魔術を防ぎきった。


(十の魔術を同時に放つのは確かに厄介だが一つ一つの魔術の威力は大した事はない。初級、よくて中級というところ……ならば、アリスの直接攻撃にのみ気をつければ良い)


 イルジードは放たれるアリスの魔術ではなくアリス本人に意識を集中するとアリスが再び動くのを察知する。


「はぁ!!」


 イルジードは間合いに入ったアリスに向かって斬撃を見舞う。


 キィィィン!!


 アリスはイルジードの斬撃を左手で受け止めた。左手に装着されたヴィグレムに魔力が流し込まれていたためにイルジードの長剣は斬り落とすことは出来なかったのだ。


「せぇい!!」


 アリスは気合いを込めた一撃をイルジードに向け放つ。凄まじい速度と膂力による素晴らしい一撃である事は容易に想像できる。


 ドガァァァァァ!!


 そのアリスの一撃をイルジードは腕で受ける。備えていたイルジードはアリスの拳を防ぎきったのだ。

 渾身の一撃を防がれたアリスに今度は大きな隙が出来た。イルジードはそれを逃すような事はしない。


(終わりだアリスティア!!)


 イルジードは心の中でニヤリと嗤うと長剣を振りかぶりアリスの首を刎ね飛ばす必殺の斬撃を放とうとする。


(かかったわね)


 アリスは心の中でイルジードが勝負を決めるために剣を振りかぶった段階で自分の策にイルジードが嵌まった事を察した。

 アリスの背後に巨大な魔法陣が展開されるとそこから巨大な戦槌を持った巨人が現れるとそのまま戦槌をイルジードに振り下ろした。

 

 キィィィィィン!!


「ば、バカな!! 巨神の剛槌ミレストゼイルだと!!」


 イルジードの口から驚愕に満ちた声が発せられた。その声は上ずっておりそれがイルジードが動揺しているのは明らかである。

 巨神の剛槌ミレストゼイルは超高等魔術であり、使用には複雑な魔法陣と強大な魔力が必要となる。当然ながら凄まじい集中力を必要とするのだ。

 あれほどの動きを見せていたアリスが巨神の剛槌ミレストゼイルを展開出来るはずはない。

 アリスが巨神の剛槌ミレストゼイルを展開出来たのはヴェルレムとヴィグレムの力である。籠手状態のヴェルレムとヴィグレムは最大同時に十の魔術を構成することが出来る。ヴェルレムとヴィグレムの力とは術式の演算を自動で行う事である。

 アリスはその力を使い九個・・の魔術を同時に発動し、十個目はアリス本人・・・・・が発動していたのだ。そして最後の一つの術式の展開で巨神の剛槌ミレストゼイルを構成していたのだ。

 

「お父様の仇討たせてもらうわよ!!」


 アリスの両手にはいつの間にか二本の剣が握られている。そしてそれは一瞬前までは籠手の形をしていたヴェルレムとヴィグレムである事をイルジードは理解した。

 巨神の剛槌ミレストゼイルの一撃をかろうじて受け止めたイルジードは当然、このアリスの斬撃に対応することは出来なかった。


 アリスの両手にあるヴェルレムとヴィグレムの二本の剣が十字の軌跡を描くとイルジードの両肩から両脇腹にかけて十字に斬り裂かれたイルジードの体から血が舞った。


「こ、こんな……」


 イルジードは呆然としたままそのまま地面に倒れ込んだ。


「叔父様、さようならあの世でお父様、お母様にきちんと謝罪してね。まぁあんたの謝罪に何の意味があるかわからないけどね」


 アリスの声には血縁者に向ける暖かさは一切無い。アリスは別に聖人でも何でもない以上ある意味不思議な事ではない。

 アリスはそう言うとくるりと振り返ると歩き始めようとした。そこに息も絶え絶えのイルジードから声が発せられた。


「ま、まて……」 


 イルジードの言葉を受けてアリスはピタリと足を止めた。

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