竜神探闘⑮

 白の弓神フィンアルテス……


 それがジルドが作成しベアトリスに与えた傀儡の名前である。名の由来はヴァトラス王国の神話において魔獣を弓で射殺した神の名である。アルテスは常に白装束で戦いに望んでいたため白の弓神フィンアルテスと呼ばれているのだ。


 ベアトリスの操る白の弓神フィンアルテスは空に舞うとそのまま矢を番えてラウゼルに放った。


「ち……」


 ラウゼルは放たれた矢を躱す事に成功する。だが一矢だけでは終わらない。白の弓神フィンアルテスは立て続けに矢を放ってくる。放たれた矢は煉獄の騎士ガルーシャスに命中しようがお構いなく放ってくるためにラウゼルとすればどうしても矢に意識を向けざるを得ない。


「このコンボは使えるわね」

「うん、煉獄の騎士ガルーシャスは生物じゃないからね。いくらやっても心が痛まなくてすむのは有り難いわ」

「そういう事ね」


 エリスとアンジェリナの会話にヴェルとベアトリスも顔を綻ばせる。


「よし、このまま押していくわよ」


 エリスの言葉に三人は頷くと一気に攻勢を強めていった。煉獄の騎士ガルーシャスがラウゼルを足止めし、アンジェリナが魔術を、ベアトリスが矢を射かけ、ヴェルが薙刀の柄を伸ばした斬撃を繰り出すという絶え間ない攻撃を繰り出していく。そのため、本来のラウゼルの実力ならばとうに煉獄の騎士ガルーシャスを斃す事が出来ているはずなのにそれを成し遂げることが出来ていないのだ。


「ち……これなら……」


 ラウゼルは忌々しげな声を発するとラウゼルの魔力が一段階上がったようにヴェル達には思われた。

 ラウゼルは戦槌を振り回すと白の弓神フィンアルテスの放つ矢、アンジェリナの魔術、ヴェルの斬撃を無視して煉獄の騎士ガルーシャスにのみ意識を向けた。

 ラウゼルから発せられる魔力はラウゼルの体を覆うとそれがまるで鎧のような効果を及ぼしたのである。


「く……ラウゼルの魔力が体を覆って攻撃が通らないわ」

「まずいわね。これじゃあ煉獄の騎士ガルーシャスだけに意識を向けても戦えるわ」

「何とかしないとアンジェリナ。もっと威力のある魔術はないの!?」

「残りの魔力量では放てないわ」


 ヴェル達の口から焦りの声が発せられた。その声は小さくラウゼルに聞かれないように細心の注意を払っての事である。ただ焦ってはいるが絶望に打ち拉がれているわけではなくであった。ヴェル達は素早くアイコンタクトを交わした。


(ふん、聞こえてないとでも思っているのか?)


 ラウゼルはヴェル達の会話を耳にしてニヤリと嗤う。魔力で自身の体を覆ったことで防御力が向上しヴェル達の支援が用を為さなかくなった事で、ラウゼルはやや余裕が生じていたのだ。その余裕は煉獄の騎士ガルーシャスとの戦いを有利に展開し始めただけでなく、他の事に気を配る状況も生んでいたのだ。


「てぇぇい!!」


 ヴェルが薙刀の柄を伸ばして斬撃を繰り出すが魔力で覆われたラウゼルの体を傷つける事は出来なかった。

 その状況にヴェルは悔しそう・・・・な表情を浮かべる。


「みんなわかってるわね」


 ヴェルの言葉に全員が頷いた。その声には並々ならぬ決意が満ちており、頷いた三人も負けず劣らない決意をその目に宿している。


「はぁ!!」


 ラウゼルの戦槌の一撃が煉獄の騎士ガルーシャスの右腕を打ち砕くと、煉獄の騎士ガルーシャスの右腕が大剣と共にちぎれ飛んだ。


「手こずらせおって」


 忌々しげにラウゼルは吐き捨てると煉獄の騎士ガルーシャスの頭部に戦槌を振り下ろした。


 グシャァァァァァァ!!


 ラウゼルの一撃は煉獄の騎士ガルーシャスの頭部を打ち砕くとそのまま胸まで一気に押しつぶした。

 頭部どころか胸部まで押しつぶされた煉獄の騎士ガルーシャスは膝から崩れ落ちるとそのまま倒れ込みピクリとも動かなかった。

 煉獄の騎士ガルーシャスを斃したラウゼルは肉食獣めいた嗤いをヴェル達に向けた。


「く……」


 ベアトリスが緊張を孕んだ声と共に白の弓神フィンアルテスから数十本の矢を立て続けに放った。


「無駄な事を……」


 ラウゼルはもはや避けることもしない。覆われた魔力により白の弓神フィンアルテスの矢は刺さることなく弾かれた。


(よし、準備完了)


 ベアトリスはそう心の中で呟くと怯えたような・・・表情を浮かべ三人を見る。その表情を見て三人もまた怯えた表情を浮かべた。


「足掻くなよ……ここまで俺を手こずらせたお前達に敬意を表して一撃で楽にしてやるからな」


 ラウゼルの言葉にヴェル達はゴクリと喉をならした。ヴェル達は喉をならした程度であったが生き残っている駒達は顔面蒼白で失禁している者すらいた。


「ここまでのようね」


 ベアトリスの言葉にヴェルが首を横に振る。


「冗談じゃないわ。まだよ!!」


 ヴェルはそう言うと薙刀を構えてベアトリス達の前に立った。その行為にラウゼルは嘲弄ではなく感心したような表情を浮かべた。


「ほう、まだ勝負を捨てていないか」


 ラウゼルの言葉にヴェルはギュと唇を噛んだ。


「当たり前よ!!」


 ヴェルはそう言うと薙刀の刃の部分を後ろにして構える。“孤影の構え”かつてアディルが剣術で見せた構えである。その構えからの斬撃は出所が分からないため相手からすれば斬撃が読み辛い。


「同じ事だ!!」


 ラウゼルは総意格の声を上げると一歩進み出た。


「な……」


 ところがそこでラウゼルは転倒する。ラウゼルは後ろを見ると自分の足首に煉獄の騎士ガルーシャスの死体が足を引っかているのが目に入った。


「よし!!」


 ベアトリスが叫ぶと白の弓神フィンアルテスが一本の矢を放った。放たれた矢はラウゼルに命中することなくすぐ脇の地面に突き刺さった。突き刺さった矢は地面に魔法陣を描き出すとそのまま魔術が起動した。

 同時にラウゼルを中心に正四角形の結界が形成されたのをラウゼルは察した。


 ボフン!!


 地面からどす黒い煙が発生するとラウゼルを覆った。


「な、なんだ!?」


 ラウゼルの口から驚きの声が発せられる。先程まで勝利を確信していたというのに余りの落差にさすがのラウゼルも動揺を隠せなかったのだ。


(これは……毒?)


 ラウゼルは動揺のあまりに迂闊にも煙を吸い込んでしまったのだ。ラウゼルが煙を吸い込んだ瞬間にラウゼルの手足はいきなり痺れだし、口と喉、肺が焼けただれるような苦痛が発したのである。毒の煙は結界のために外に舞い散る様子はない。


「ゴホッゴホッ!! まさか……こんな手が」


 ラウゼルが動揺している所に黒い煙が突然かき消えた。見るとエリスが両腕を掲げて掌の前に魔法陣が展開していた事から何かしらの術をエリスが行った事は間違いない。

 そこにヴェルの薙刀の刃が自分の目前に迫っているのをラウゼルは察したが、吸い込んだ毒のために魔力で防御することは出来なかった。

 ヴェルの薙刀の刃はラウゼルの左腕を斬り飛ばし、そのまま喉半分を斬り裂いた。


「が……」


 ラウゼルは自分が敗れた事をこの時察した。ヴェルの薙刀の柄が元の長さに戻った時に開いた傷口から鮮血が舞う。


(奴等が……無駄な攻撃をしていたのは俺に勝利を確信させるためか……)


 ラウゼルは自分の敗因を察するとそのまま崩れ落ちた。流れ出す血は命そのものでありラウゼルは程なく命を終えたのであった。

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