竜神探闘⑬
(こいつ……見かけは可憐な美少女という感じなのにとんでもないな)
シュレイはルーティアと数合斬り結んだ時に心の中でその力量に舌を巻いていた。ルーティアの武器は自分の身長ほどもある大剣であり、それをまるで棒きれのように振り回している。
単純な膂力による攻撃ではなく、斬撃は超一流と称するしかないほどの鋭さだ。シュレイは自らの剣に魔力を通して強化してルーティアの大剣を受けている。魔力を込めないとおそらく只一合斬り結んだだけでシュレイの剣は折れ飛んでいたことだろう。
キィィィン!!
シュレイの剣とルーティアの大剣が斬り結ぶたびに澄んだ音と火花が発せられる。それは幻想的で美しい光景であった。
(剣の腕前はあちらの方が上回るな……となると搦め手を使うしかないな)
シュレイは心の中でそう判断する。ルーティアの剣術の腕前は自分を上回るものである事をシュレイは察していた。
両者は現段階では互角の戦いを展開しているがこちらは全力を出しているのに対してルーティアの方は余力を残している。シュレイとすれば自分よりも格上の相手にただがむしゃらに向かう事は得策出ないことは知っている。
シュレイは一旦、間合いをとるために後ろに跳んだ。もちろん、その際にただ跳んだところでルーティアに即座に間合いを詰められる事は間違いない。いや、それどころか一気に流れを持っていかれる可能性すらある。
そこでシュレイは下がりつつ懐から二枚の符を取り出すと宙に放った。宙に舞った符からモコモコとした黒い靄が発生し液体のようなドロリとした物体に変化するとボトリと地面に落ちた。
その光景にルーティアはシュレイへの追撃を中止すると発生した物体の方に注意を向ける。
(この術は一体何?)
ルーティアはシュレイの力量を決して過小評価していない。身体能力はルーティアよりも劣るのは間違いないと確信を持って言えるがそれだけで戦いの勝敗が決するわけではないと言う事をルーティアは知っていたのだ。
身体能力で圧倒的に勝る竜族に人間が知恵を使って勝利を収める例などそれこそ無数にあるのだ。
地面に落ちた物体はそのまま増殖を続けると直径1メートルほどの水たまりのようになった。
ルーティアはチラリとシュレイに視線を向けると呼吸を整えているのが目に入った。
(単なる時間稼ぎ? でも違った場合が困るわね)
ルーティアは迷っていた。視線をレナンジェスの方に向けるとレナンジェスはエスティルと激しい攻防を行っているのが目に入り、こちらに意識を向ける余裕は無さそうであった。
(あの
ルーティアはレナンジェスが魔剣の力を使用しているのを見て心の中で呟いた。レナンジェスの魔剣グレーゼルは所有者から半径10メートルの範囲の任意の場所に手にすることが出来るのだ。しかも術式などを所有者が展開する必要はないという優れものである。
魔剣グレーゼルの能力はどちらかというと地味な能力に分類される。そのため竜族の間では、魔剣と言えば炎や雷を纏うタイプが好まれる傾向にあったが、レナンジェスが選択したのは魔剣グレーゼルであったのだ。
レナンジェスが数ある魔剣の中から選んだ魔剣グレーゼルを選んだことに対して他の竜族達は嘲笑したものである。
そしてそれは
前線で大剣を振るうという豪快な戦い方をするルーティアであるが、それは駆け引きを否定するものではないのだ。
呼吸を整えたシュレイは左腕を振るとそこから魔力の
高速で飛来する礫をルーティアは苦も無く躱した。ルーティアの動体視力と身体能力であれば問題無く躱せるものである。大剣で打ち払うのではなく回避を選択したのは、シュレイの技に得体の知れないものを感じていたからである。そのためにルーティアの体勢が僅かばかり乱れたのは至極当然である。
ルーティアは体勢を一瞬で立て直したのだが、それでも一瞬という時間をシュレイに与えた事実は変わらない。
シュレイは再び礫を放った。その礫もルーティアは回避を選択する。
(よし!!)
シュレイは心の中でそう叫ぶとルーティアに向けて走り出した。シュレイは水たまりのような物体に躊躇無く足を突っ込むとそのままルーティアに駆けていく。
(あの物体は別に危険が少ないのかしら。いえ、ただ単に術者本人には何の影響も及ばさないだけかも知れないわね)
ルーティアはシュレイが物体に足を踏み入れても何も変化がないことからいくつかの考えがよぎる。戦いにおいて思考を縛るのは確定された危険よりも未知の方なのかも知れない。
間合いに踏み込んだシュレイはルーティアに向かって剣を一気に振り下ろした。その斬撃は素晴らしいの一言でありシュレイの力量の確かさが現れている。
キィィィィン!!
そのシュレイの斬撃をルーティアは自らの大剣で受け止める。シュレイは鍔迫り合いに持ち込もうとするがルーティアの膂力が勝った。
「うぉ!!」
ルーティアに弾き飛ばされたシュレイの口から驚きの声が発せられた。シュレイは一メートル程の距離を飛んで地面に着地する。
その僅かな時間がシュレイとルーティアの戦いの流れを決定付けたと言って良いだろう。ルーティアが下がったシュレイに向け大剣を振るった。
シュレイはその一撃を何とか受け止める事に成功するがとても反撃の余力はない。ルーティアは反撃が来ない事を察するとそのまま立て続けに斬撃を繰り出した。
「くっ!!」
ルーティアの連撃をシュレイは剣で何とか捌いているがルーティアの連撃は止まることなく繰り出されていた。ルーティアの連撃の圧に押されて少しずつシュレイは下がり始める。
(いける!!)
ルーティアはシュレイが下がり始めた事を勝機と捉えるとそのまま連撃を続けていく。ルーティアの連撃は隙がほとんどなくシュレイは持ちこたえる事は出来ないようであった。
(なんとか
シュレイはルーティアの連撃を何とか捌きつつ目的の場所に下がっていく。シュレイが少しずつ後退しているのは半分は演技である。
「でぇやぁぁぁぁ!!」
ルーティアは体勢の崩れたシュレイに向かって横薙ぎの一閃を裂帛の気合いと共に繰り出した。その威力は凄まじくシュレイは演技ではなく本当に剣を弾かれてしまった。
(やられる!!)
シュレイの全身に戦慄が走る。それは死というイメージをシュレイの本能が察した事に他ならない。
しかし、ルーティアは返す刀でシュレイの首を刎ね飛ばすことはせずにシュレイの剣を持つ手首を叩いた。その一撃にシュレイは剣を取り落としてしまった。
ルーティアは剣を取り落とした一撃をはなった手でそのままシュレイの顔面に裏拳を放ってきた。
ルーティアの裏拳の一撃をシュレイは肘を上げていなすが次の瞬間にルーティアは大剣の柄でシュレイの右腹の位置を強かに打ち付けた。
「ぐ……」
柄で撃たれたシュレイは苦痛の声を発するがそのまま裏拳をいなした腕をそのまま振り下ろした。振り下ろした先にはルーティアの大剣を握った手があった。
「つぅ!!」
手を打たれたルーティアの口から苦痛の声が発せられ手にしていた大剣を取り落とした。
ドガァ!!
しかし、次の瞬間にルーティアが裏拳を放った手を今度はシュレイの左肩を打った。あまりの衝撃にシュレイは膝から崩れ落ちそうになった。
(よし!!)
ルーティアは勝利を確信しとどめの一撃を放とうとしていた。しかし、その瞬間にガシリと自分の足を掴まれた感触を感じるとついそちらに意識が向かってしまった。
ルーティアの足元に先程シュレイが生み出したあのどろりとした物体が手の形となりルーティアの足首を掴んでいたのだ。
「へ?」
そして次の瞬間にはルーティアは呆けた声を上げるとそのまま足を掬われ転んでしまったのだ。あまりの展開に混乱するルーティアをそのままシュレイは押さえ込んだ。
「くっ……」
シュレイに押さえ込まれたルーティアは暴れるがシュレイは巧みにルーティアの力を逃しており拘束を解くことは出来なかった。アディルに教わった
「降参しろ。君を殺すつもりはないし、これ以上酷い事をするつもりはない。さっきも言ったとおりアリスの一騎打ちの邪魔さえしなければ良いんだ」
シュレイの言葉にルーティアは暴れるのを止めた。だが、それでもシュレイは拘束を緩めるつもりはないようである。油断させて反撃するなどと言うのは常套手段であり、シュレイは暴れるのを止めたからといって油断するようなマヌケではない。
「でも、このままじゃあ……お姉様が死んでしまう。そんなのは嫌よ!!」
ルーティアの言葉にシュレイは優しく言う。
「大丈夫だと思うぞ。俺はアディル達ほどアリスと付き合いが長いわけじゃないが、あいつは勝算無しに行動しないだろ」
「でも、お父様とウルグ相手に一人で挑んで勝てるわけ無いわ」
「それでも勝算があるんだろ」
シュレイの言葉にルーティアは困惑した視線を向けた。シュレイはそれを見てルーティアにさらに続ける。
「アリスは自分の立場を良く理解している。自分が死ねば俺達全員が殺される事を知っているだろうから勝算がなければ一人で行かないだろ」
「あ……」
シュレイの言葉にルーティアも気づいたような表情を浮かべた。
(確かにこの人の言う通りお姉様は仲間を大切にする。そんなお姉様が勝算も無しに動くわけない)
ルーティアはそう判断するとゆっくりと目を閉じ、そして静かに言う。
「私の負けよ」
「そうか」
シュレイはルーティアの言葉に拘束を解いた。シュレイの行動は迂闊であると言えたかもしれない。口八丁でこの場を逃れるための方便かも知れないからだ。しかし、この時シュレイはルーティアが口八丁により不意をつくことはないと確信していたのだ。
この少女は決して自分の言葉を裏切るような事はしないという奇妙な信頼感があったのである。
「……私の言葉を信じてくれるのね」
あっさりと拘束を解いたシュレイに向かってルーティアはやや頬を染めて言う。
「ああ、何となく君は自分の言葉を裏切らない性格のような気がした」
「ふふ、ありがとう」
ルーティアはそう言うと両手でシュレイの頭部を掴むとそのまま自分の方に引き寄せた。
(な……しまった)
シュレイはルーティアに欺されたと思い覚悟を決める。自分の甘さが招いた事であり甘んじて受ける覚悟をもったのであった。
しかし、覚悟を決めたシュレイに痛覚を刺激するものは一切無かった。感じたのはシュレイの唇になにか柔らかいものが押しつけられる感触であったのだ。
シュレイの視界いっぱいにルーティアの美しい顔と紅く染まった頬が見えた。
「え? どういうこと?」
エスティルの困惑した声がシュレイの耳に入った。
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