竜神探闘⑫

(まだ……これじゃない)


 エスティルは全周囲に無秩序に現れるレナンジェスの攻撃を躱しつつ理想の攻撃を待っていた。

 レナンジェスの攻撃はパターンを読ませず最もエスティルが躱しづらいポイントを的確に攻めてきていた。かと思えば躱しやすい攻撃も混ぜてきておりエスティルとすればやりづらいことこの上ない。


 レナンジェスはまったく乱されることなく淡々とエスティルに攻撃を加えていく。だがエスティルは紙一重で致命傷を避け続けていた。


(これで殺すつもりがないなんて……凄いわね。というよりも殺すつもりがないと言う事自体が読み違え立ったかしら?)


 エスティルはレナンジェスの厳しい攻撃に読み違えをしたのではないかと不安になってきていたが、それでもレナンジェスに勝つにはこのまま続けるしかなかったのだ。


(これだ!!)


 そして、とうとうエスティルの待っていた攻撃が来た。今までレナンジェスはエスティルの死角・・に転移して攻撃をしてきていたが、初めてエスティルの真っ正面に転移してきたのだ。

 レナンジェスとすれば何十回も死角に転移して攻撃をくり返してきていたのだから、今度も死角からくると考えるのは当然の事だ。エスティル自身も死角を気にしているよう・・に装っていた。

 完全に演技ではなかったがそれが逆にレナンジェスにエスティルが死角を気にしているという風に意識を向けさせたのだ。


(う~我慢、我慢!!)


 エスティルは心の中で決意を固めた。そしてその決意が無駄にならないようにレナンジェスの魔剣グレーゼルがエスティルの腹部を刺し貫いた。


「すまない……命まで……な!!」


 レナンジェスからエスティルへの謝罪の言葉が発せらる。しかし次の瞬間にはレナンジェスの口から驚愕に満ちた声が発せられた。

 エスティルは自分の腹部を刺し貫いている魔剣グレーゼルを左手で掴んで固定すると斬撃を放った。その斬撃は大振りでありレナンジェスの実力ならば容易に躱すことも可能であろう。

 しかし、魔剣ヴォルディスはエスティルの手から離れあらぬ方向へと飛んでいった。レナンジェスの視線は魔剣ヴォルディスに集中していたためについそちらに向かった。

 それは一瞬にも満たない短時間のものであったが、エスティスにはそれで十分であった。エスティルはそのままレナンジェスの腹部に右掌を添えた。


(これでいけるはず!!)


 エスティルの脳裏にはかつてアディルがジルド相手に放った技が思い浮かんでいる。そしてイメージ通りにレナンジェスに向かってそれ・・を放った。


 ドン!!


「が……」


 レナンジェスの口から苦痛の声が漏れる。いや、苦痛だけではなくその声には驚きの感情が含まれていたのは間違いない。


(な、なんだ……この衝撃は……)


 レナンジェスは体の中が激しく揺さぶられるような感覚を味わうと膝が折れそのまま倒れ込んだ。


「私の勝ちね」


 エスティルは倒れ込むレナンジェスに向かって声をかけるとレナンジェスは小さく笑った。


「ああ、君の勝ちだ」

「よし♪」


 エスティスはレナンジェスの言葉を聞くと嬉しそうに微笑んでそのまま座り込んでしまった。

 エスティルもまたこれ以上の戦闘は不可能だったのだ。


「レナンジェス様!!」


 エルナがレナンジェスの元に駆け出した。その視線はレナンジェスのみに注がれている。


「すぐに治療を!!」


 エルナはレナンジェスの傍らに座ったところでレナンジェスが声をかけた。


「俺よりもそちらの方を先にやってくれ。流石に腹部を貫かれれば魔族であっても厳しいだろう」

「しかし……」


 エルナは食い下がろうとするが唇を噛みしめると小さく頷いた。レナンジェスが強い視線を向けたためである。


「それではこちらに」


 エルナの言葉にエスティルは小さく頷く。不思議な事にエスティルはエルナが自分に危害を加えるつもりはない事をほぼ無条件で確信していたのだ。


「ありがとう」


 エスティルはそう言うと纏っていた全身鎧フルプレートが黒い粒子となって消滅するの見てエルナはすこしばかり驚くがすぐに表情を引き締めた。


「つぅ……」


 エスティルは自分の腹部を貫いた剣を自ら引き抜く。その苦痛は相当なものでありエスティルの口から苦痛を知らせる声が漏れる。


 カラン……


 エスティルは自分の腹を貫いていた剣を地面に落とすと傷口から血が溢れてきた。その傷口にエルナが手を触れると痛みがかなり和らいだ。


「少し傷が残るかも知れません」


 エルナの申し訳なさそうな言葉にエスティルは微笑みながら言う。


「気にしないでください。命が助かるだけでも儲けものです。それにここに傷があるのを見る事を出来るのは私の旦那様になる人だけですからね」

「ふふふ、そうですね」


 エスティルの言葉にエルナは小さく微笑んだ。エスティルの言葉は自分を気遣ってのものである事を察したのだ。


(アディルなら絶対に大丈夫よね)


 エスティルはアディルの顔を思い浮かべ少し顔を赤くした。それから顔をぶんぶんと横に激しく振るとシュレイの戦いの結果が気になるとそちらに視線を移すとそこには驚愕の光景が広がっていた。


「え? どういうこと?」


 エスティルの口から戦いの場に相応しくない声が発せられていた。 


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