竜神探闘⑪
「シュレイ、やるわよ」
「ああ」
エスティルの言葉にシュレイは簡潔に答える。
「エルナは下がっておけ。こいつらはアリスの仲間だ。相当な腕前というのはわかるだろう」
「……はい」
「心配しないでこの方達は確かに強いけど私達も後れを取るつもりはないわ」
「わかりました」
レナンジェスとルーティアの言葉を受けてエルナは下がる。エルナが下がったのを見てレナンジェスはエスティル達に向け口を開いた。
「お願いがあるんだが聞いてもらえるかな?」
「どうぞ」
レナンジェスの言葉にエスティルが簡潔に答える。エスティルの返答にレナンジェスは言葉を続けた。
「エルナは見ての通り非戦闘員だ。勝敗の結果がどうなろうと見逃してやってくれないか?」
「いいわよ」
「俺もそれで構わない」
エスティルとシュレイはほぼ同時にレナンジェスの頼みに対して返答する。即座に了承があった事にレナンジェスは意外そうな表情を浮かべた。
「そんなに意外かしら? 私達の目的はアリスが両親の敵を取れるようにサポートする事よ。別にあなた達を殺す事が目的じゃないわ。さっきのアリスとの話から考えればアリスもあなた達の命を取るつもりはないみたいだし、個人的にはあなた達と戦いをする必要すら無いわ」
エスティルの言葉にシュレイも頷く。
「そうか、それなら俺達を通してくれないか?」
レナンジェスがややおどけた調子で二人に言う。
(今、重心が変わった……)
(やる気だな……)
エスティルとシュレイは互いにレナンジェスとルーティアが重心を変えた事に気づいた。それを見て二人は出来るだけ気配を消しつつレナンジェス達の動きを注視する。
「それは出来ないな。俺達はあんた達をアリスの元に向かわせるわけにはいかない」
シュレイがそう言うと同時にレナンジェスとルーティアが動いた。レナンジェスはエスティルへ、ルーティアはシュレイへとそれぞれ斬りかかった。速度、斬撃の鋭さは間違いなく超一流と称してよい動きである。
だが、エスティルもシュレイも相手が攻撃に移ることを予期していたために慌てることなく対処した。
それを皮切りに四人の間に無数の火花と金属同士のぶつかる澄んだ音が響き渡った。
(やるわね……斬撃の速度はアリス並み、重さはアリス以上……でも技はアリスと同系統ね)
エスティルはレナンジェスと剣戟を展開しながら分析を始める。速度、重さはアリスと遜色ない。技の連携は
レナンジェスの剣術はアリスがかつて使っていた剣術そのものである。
(いける!!)
エスティルはそう判断するとレナンジェスの上段斬りを横に躱した。しかし、レナンジェスは振り下ろした剣を止める事無くそのまま撥ね上げてきた。
キィィィィン!!
エスティルは二度目の斬撃を受け止めると右足でレナンジェスの腰の辺りを
「な……」
自分が意図することなく座り込まされた事にレナンジェスは呆然とした表情を浮かべた。
シュン!!
座り込んだレナンジェスにエスティルは魔剣ヴォルディスを容赦なく振り下ろした。必殺と呼ぶに相応しい斬撃である。
キィィィィン!!
レナンジェスはエスティルの斬撃を受け止める事に成功するが、エスティルはそのままレナンジェスを上から押しつぶすために圧力を加えていく。
「降参しない? あなたもこの状況なら勝ち目……え?」
エスティルがレナンジェスに降参を促している途中でレナンジェスの姿が煙の様にかき消えたのだ。その出来事はエスティルにとって意外すぎるものであった。そして次の瞬間にエスティルの背中にゾワリとした悪寒が走るとエスティルは確かめるまでもなく前方に跳んだ。
エスティルは跳びつつチラリと背後に視線を移すとそこにはレナンジェスが剣を構えている姿が目に入った。
(転移魔術? でもそんな予兆まったく感じなかった)
エスティルが突然レナンジェスが消えたのは転移魔術の可能性が高いと思ったのだが、同時に違和感を感じていたのだ。すなわち転移魔術したとして拠点を
レナンジェスが転移した場所に前もってレナンジェスはいなかったのだ。かといってアディル達のように式神に拠点を作らせた形跡もない。
(あの魔剣の能力……?)
エスティルはレナンジェスの手にある魔剣グレーゼルに視線を移した。
「どうした?」
レナンジェスがエスティルに問いかける。その声には一切の嘲弄は含まれていない。まるで探るような問いかけにエスティルは心の中で舌打ちする。
相手の能力が分からないほど戦闘において不安を掻き立てるものはないだろう。
ふ……と先程同様にレナンジェスの姿が消える。レナンジェスは先程同様にエスティルの背後に現れると斬撃を放ってきた。
キィィィィィンン!!
エスティルはレナンジェスから意識を外すことなく全周囲を警戒していたので辛うじて受け止める事に成功するがとても反撃まで手が回らない。そして次の瞬間にはまたレナンジェスは背後に現れるとまたもや斬撃を放った。
「く……」
エスティルは今度は受け止めるのではなく横に跳躍し斬撃を躱すが今度は跳んだ先にレナンジェスが現れた。
レナンジェスの斬撃をエスティルは剣で受けようと掲げた。
そして、次の瞬間にまたもレナンジェスの姿が消える。
「が!!」
エスティルの背面に強烈な衝撃が発するとエスティルは前につんのめった。エスティルは即座に体勢を立て直すと背後のレナンジェスに横薙ぎの剣閃を放った。レナンジェスはそのまま姿を消すとエスティルの傍らに現れ正拳突きをエスティルの左脇腹に入れた。
ドゴォォォォ!!
ビキィ……
レナンジェスの拳の威力はエスティスが魔力で形成していた
(どうやら肋骨が折られたわね……)
エスティルは自分が深手を負った事を認めざるを得ない。だあ、同時にレナンジェスの隙も見つけたのだ。
「さて、続けるか? ここで終わりにするか?」
レナンジェスがエスティルに問いかける。
「それはこちらのセリフよ」
エスティルの言葉にレナンジェスが訝しがるような視線を向けた。その視線を受けてエスティルは小さく笑う。
「理解できないというような表情ね。あなたの能力に私は未だに対処できていない。常に後手に回っている。それどころか今のあなたの一撃で私の肋骨が折れたことはわかっているのにね」
「ああ、その通りだ。戦いの流れは完全に俺が握っている」
(時間稼ぎで治癒しているというわけではないな)
レナンジェスは会話を交わしながらエスティルが治癒魔術を施していない事を察した。
「そこを踏まえて聞きたいのだが、俺の能力を見切ったと言うつもりかな?」
レナンジェスの言葉にエスティルは静かに首を横に振った。
「ううん、あなたの能力は見切っていないわ。見切ったのは別の事よ」
「別?」
「ええ、あなたの弱点よ」
「俺の弱点だと?」
エスティルの言葉にレナンジェスは訝しがった。
「簡単よ。あなたは私を殺すつもりはないというのがあなたの弱点よ」
エスティルはそう言うとレナンジェスに向かって斬りかかった。レナンジェスはエスティルの剣が自分に振れる瞬間にふ……煙のように消えた。
エスティルは現れたレナンジェスに即座に対応する。今回レナンジェスが現れたのはエスティルの背後である。
背後に現れたレナンジェスはエスティルに斬撃を繰り出した。エスティルはそれを防ぐとそのまま反撃する。エスティルの剣がレナンジェスに届く前にまたも消えた。するとまた現れたレナンジェスが攻撃を繰り出す。
エスティルとレナンジェスは十数度このやり取りを続けた。しかし、レナンジェスの方が常に先手を取れるためにエスティルは少しずつダメージを負っていく。
(嫌なんだけど……これしか手がないのよね)
エスティルは心の中で覚悟を決めた。
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